圧倒的女帝
迷宮遊戯までの予選二日が僅か一日で終わり、ユイアたちには一日だけ休みがあった。
誰からも別に会話が無く、朝日が憎たらしかった。昼も会話はない。メルフィが作ってくれたご飯を食べた。ふとするとニフィアのことを思い出しそうで、ユイアは何も話さなかった。
ドラーゼも、ご飯を食べるか体を鍛えるかだけで気が気ではない様子だった。飛び出して妹を助けに行かないのは恐らく、ドラーゼの最適解が全力で止めているからだろう。
夜。眠れないと思ったが、ユイアたちは思っている以上に疲労をため込んでいたらしく、誰もがぐっすりと眠り、戦いの日を迎えるに至った。
朝が来て、準備の一応を済ませたユイアたちに、アシュリーがある連絡を持ち込んだ。
「もう一人が来ない? なんで」
「僕も会いに行ったんだけど、留守だったみたい。オブジェクトもなかった」
「ええええ、じゃあウチら人数不利ってこと?」
「いや。確認したけど、向こうも三人で固定らしい。ユイアちゃんの想定通りだよ。逆に向こうが人数不利を背負う腹積もりだったようだ。余裕だね」
「まだ繋がりが?」
「裏切り者繋がりでね。フェルデスはぴんぴんしていたよ。相当イイヒーラーがいるらしい。あながち、嘘じゃないかもしれないね。蘇生できる魔術師がいても」
アシュリーの瞳が少し陰りを見せた。
フェルデスが持ちかけて来た提案は、全く信じられない眉唾物だったが、相手は帝国だ。
魔王と魔竜を倒すためだけに存在する魔術師たちが知っていてもおかしくない。
おかしくないが、まあそれはないとユイアは心根で理解していた。
だったら、魔竜を封じた英雄たちを生き返らせているはずなのだから。
「まあ、それじゃあ行きますか。全員、準備オッケー?」
「誰に言ってる、ヘボマス代理」
「武者震いに悪寒が走っております、ユイア様」
「行けるよ、ユイアちゃん」
「はいじゃあ、行きましょう」
合計四人で向かうは、王都改め、帝都の郊外を更地にして作られた闘技場。
見上げる程に大きな建物の中からは、絶叫に近い沸き立ちが聞こえて来た。
ユイアたちお抱えの職人による見事なコロッセオは、円形状で全観衆型だ。砂地の広場をぐるっと加工客席には、既に多くの観衆が詰めかけているようだった。
さすがにユイアも気分が上がる。今までにない高揚感だった。
控室はない。ただ、戦士たち専用の入り口があり、客席へ向かう道から隔絶されていた。
肌色の煉瓦で作られた背の低い通路を渡る。そこそこ長いストレート。継ぎ目に違和感がなく、さすがの作りだ。
間もなく、あまりにも白い扉……いや、入口が見えた。
暗いところから急に明るい場所へ出て目がやられてしまう。
強い日差しと、観衆の熱気が渦巻くまさにそこは、祭りの会場そのものだった。
先に戦場に来ていたイレギュラーズ二人、そして久しぶりに見た仮面の騎士は堂々たる佇まいだった。
「待たせちゃった? ごめんね、女は準備がいるの」
「いいえっ、ただまあっ、あなたを殺す時を楽しみにしていましたっ」
「兄さん……まだ、来るんだね」
「黙れ、下らん児戯だ。さっさと終わらせる」
ゼロネの号令にふたりはぴしゃりと黙った。
面白い位に、この場の誰よりも強い仮面の騎士の命令には誰も逆らえないようだった。
「あらぁ、ゼロネ。そんなことを言うもんじゃあらへんよ。みんな、偉い苦労してここに来たようやからねぇ」
威風堂々にして、凛とした佇まいを持つ圧倒的プレッシャーが、その場を飲み込んだ。
まるで化物。今までにない常軌を逸した強大な圧力を前に、ユイアは生唾を飲み込んだ。
前より、全然強いと、心底恐怖してしまった。
これが、女帝エトナ。立ったふたりで王国の中心を飲み込んだ、怪物。
「姫様、このような場所に降り立つ必要はないと存じますが」
「ないけどぉ、おもろそうやん。私、おもろそうなの好きやの。知っとるやろ?」
「……この狼藉物共は私が排除します。お下がりになって下さい」
女帝エトナ、ネックだったのは、どこにいるのか今の今までわからなかったこと。
何かあれば精鋭の魔術師が鎮圧し、それでも手に余る存在はイレギュラーズが処理する。
エトナは常に国のどこかで政治的な支配を行っているのであろうというのが、多くの共通認識だった。
でなければ、いくらなんでもいつまでも無理やり作られた帝国領土を誰も奪いに来ないわけがない。
この迷宮遊戯、全くの思い付きだったが、偶然が都合のいい展開を生んでくれた。
女帝を、衆目に引きずり出す。
戦闘開始の合図を切ったのは、ユイアだ。
他の誰でもないエトナを、他の誰にも見られないユイアが、一気に獲る――
「ほんま、かあいらしい子やんなぁ。私に勝てる思うたん?」
ユイアしか見ることができないはずの高速世界で、エトナは目を動かし、体を動かし、ゆっくりとユイアに向き直った。
「なん、で――」
「さあ、なんでやろね」
ユイアの剣をヒールの高い靴で叩きつけ、下がった顔を両手で掴んで膝を叩きこむ。この間、僅か一秒に満たない時間。一瞬の内に最速の少女の翼はへし折られた。
膝は折ったが、倒れはしない。血が噴き出した鼻を強く抑えて無理やり止血した。
おかしい。見えているわけがないのに、いつの間にか見られている。
「ふふ、ほんまに愛らしいわぁ。自分のスキルが一番だって思っちゃ、あかんで?」
自分のスキルに自信なんて微塵も持っていなかった。
最初はスキルに振り回されて、役立たずだの盾役だの囮役だのと言われ、使い捨ての冒険者だった。
自由なはずの彼女を縛ったのは、何を隠そう、自分のスキルだった。
だけど、アスヤに出会って、自由を奪われて、何故か代わりに自分らしさを手に入れた。
スキルと向き合ったのは、勝ちたいという気持ちより先に、皆を守りたいという思い。
だから、ユイアは恐れない。
変わることを――
星の輝きを宿した瞳が、全てを見通す。戦いの内に覚醒したユイアが看破したのは、女帝エトナのスキルの本質。
「なるほど。空間を操るスキルだからこそ、ウチを知覚で来たわけだ」
「あらぁ、おかしいなぁ。スキル二個持ちなんて、どこかのお兄さんしかいないはずなんやけど」
「……こだ」
「んん?」
「アスヤはどこだ!」
加速と同時に剣を振るう。
最速ではなく、緩やかな加速で純粋な戦いに挑む。
「ここの世界にはもうおらんよ。吹き飛ばした。吹き飛ばさんかったら、私がやられとったわぁ。ていうか、私にもあれが出来るとは思わんかったんよ」
掌で、まるで子供をあやすようにユイアの斬撃を躱し続けるエトナ。
余裕の表情と口ぶりから、圧倒的に勝てる気がしなかった。ユイアに出来ることは速く動くことと、スキルを看破すること程度。
前者は封じられ、後者は分かったとて意味がない。現在、お互いにスキルを封じて戦ったとして、隔たりがあるのだ。
体術に関する、埋め難い隔たりが。
剣が素手ですかされる、剣士として有り得ない辱めを受けている。
「そこまでアスヤが怖かった?」
「そりゃ怖いでしょ。殺しても生き返る上に、色んなスキルを持ってたんだから」
「持ってた?」
「最後に会った時、たぶんやけど、彼はスキルを持ってなかった気がするんよねぇ。もってたらたぶん、あのちっこい子を身を挺して守る必要なかったもんなあ」
思わず笑うユイアに、エトナは不思議そうに首を傾けた。
「どしたん?」
「いや……あの人らしいなって。じゃあ、ウチも、カッコつけなきゃね」
「させるか、愚か者が」




