どうしようもなく、ボロボロに
そんな顔がどんな顔かは分からない。
ユイアはもう、迷っていなかった。ニフィアを人質に取られたところで、焦ってもいなかった。勝つ自信の、何とかなるという楽観。
絶体絶命の状況でこそ、笑える強さ――
(そっか、ウチって今……笑ってるんだ)
気づいた事実に上書きするように、笑いが込み上げてきた。
「その顔が、無性に腹が立つよ」
「そう? ウチらの至上命題なんだよね。笑って、酔おうぜ」
「そんな……そんなことを言っても!」
剣がニフィアに突きつけられる。
逆にユイアは、剣を捨てて、地面を押して、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がる。
「大丈夫? 剣先が、震えてるよ」
「僕は……」
アシュリーが親友を失った原因になったのは、アスヤだ。
しかし、同時にアシュリーは、関係のない少女を殺せる程の冷酷さは全くない。
全てを理解したからこその余裕。これが、アスヤが見ていた世界なのかと、ユイアは苦しいはずの体を奮い立たせた。
「殺せないでしょ。あなたは、ニフィアとずっと少なからず一緒にいた。ウチの髪も切ってくれたし、あの会議で語ってくれた理想は話しも、嘘とは思えない」
「……僕は、殺せない……けど!」
「それにね、アシュリーさん。あんた間違えてるよ。ルダウを殺したのは、アスヤじゃない」
「え……」
「アスヤはルダウを仲間しようとしたんだよ。アシュリーさん、あんたの言う通り、ルダウはすごい奴だったてこと」
「そんな……じゃあ、僕は、なんで、こんなことを……」
「話さずに抱え込むからでしょ。ウチもそうだったから分からないでもないけど。でも、アシュリーさん、あなたは選択を間違えてない。ニフィアを殺さなかったあなたは」
「……僕はまだ、君たちと一緒に笑えるのかな」
「もちろんですよ。そんなの、当たり前じゃないですか。ウチら、もう友達でしょ」
手を差し出した。
ボロボロと、アシュリーが流した涙がニフィアのおでこに落ちた。何故泣いているのか分からないニフィアは不思議そうに審配しながら、一生懸命アシュリーの頬に手を伸ばした。
長い時間がかかったような気がしたのは、ユイアが高速の世界で生きているからだろうか。もしもアスヤが聞いたら、笑うだろうか。
アシュリーがユイアの手を取った。これで、残りはメルフィと戦うフェルデス一人だけだ。
「あーらら、完全にこれはっ、誤算ですっ」
いつの間にか回り込んでいたフェルデス。
完全に気を取られてしまったアシュリーの腕から、ニフィアがひったくられた。
意識外から無粋なことをしてくるフェルデスに、迷うことなくユイアは一閃攻撃を加える。
今のユイアに、人質は通用しない。
誰も見ることが叶わない程の超絶速度で、ようやく宿敵であるフェルデスを終わらせることができる。
この一刀が、ユイアの全てを変えるラストアタック。
「終われ、外道」
不可視の一撃が、フェルデスを斬り割く――
血を拭いたのは……ニフィアだった。
脳が、現状の把握の一切を拒んだ。確かにユイアはフェルデスを斬った。事実に間違いはない。間違うわけがない。
しかし、同時に間違いなく、ニフィアが何かに斬られていた。
「え……」
「くひっ、ふは、ははははははっ! これはっ、なんという、お話でしょうかっ!」
「面倒ごとっ、ばかりっ! 起こしてっ! そのせいで、何人も死んでしまいましたよっ、イレギュラーズがっ。はあ、はあ、面白いですねぇっ、どうですかっ、自分で殺した、感想はっ」
「殺した……ウチが……」
「まだです、ユイア様!」
「ああ。まだ、分からない」
メルフィが先陣を切り、アシュリーがフェルデスの動きを止める。
ふたりの攻勢を受けて、フェルデスはあっけなく引いた。まるで、もうやるべきことは終わったとでも言いたそうに。
「あー、良く割あましたっ。削りも上々でしょうっ。さて、お嬢さんっ、ここで一つ、提案がありますっ」
「聞くんじゃない、ユイアちゃん。そいつの言う事を耳に入れるな。僕を騙した時も、そうだった」
「騙された方が悪いのですっ。しかし、お嬢さん、あなたなら、何が最適か分かるでしょうっ」
「……何よ」
ユイアは目を閉じるニフィアをゆっくりと抱き抱えた。まだ、温かい。
なのに、ニフィアは目を覚まさなかった。全てが、嘘だったらいいのにと、本気で願った。
震える手で力強く抱いたユイアの瞳は、まるで風前の灯火のように、弱弱しく揺らいでいた。
「わたくしたちなら、その可哀そうな少女を生き返らせることが出来ます」
「騙されないでくれ、ユイアちゃん。そんなスキルは存在しない」
「そうですかっ? お嬢さんなら知っているでしょう、ダンジョンマスターアスヤがどんなスキルを持っていたか」
アスヤの名を聞いて、ユイアの中で何かが渦巻いた。
瞳の輝きが、強くなる。自分でもわかる程、耳鳴りと共に全てをユイアにもたらした。
「いや、良い。今ここで、あんたを殺す」
「おやっ? よろしいのですかっ? ダンジョンマスターアスヤは姫様が殺し、戻ってこないのですよ?」
「大丈夫。戻って来るから。その前に、ウチはあんたを許せない」
地面を軽く蹴った。
抉れ上がった地面が森の奥へ消し飛んでいった。色も音も、何もかもが褪せるほどの高速。
純粋な速さを威力に変えて、ユイアの斬撃がフェルデスにいとも簡単に当たる。
減速――した瞬間、ユイアの真横が消し飛んだ。
「無駄ですよっ、わたくしの能力は――」
「受けたダメージを対象に擦り付ける力。分かってる。だけど、さすがにこの速さだと、ダメージを確実に飛ばせないみたいね。それが知りたかっただけ」
「ムカつきますねっ。何もかも分かったようなことをっ。ですが、わたくしは死にませんっ、どうぞ、殴り続けてください、次に死ぬのは、どなたなのでしょうねぇっ、あなたは、誰を殺すのでしょうかっ」
「あんたもう、うるさいよ」
ユイアは既に答えを見つけていた。
あの時から、アストの名を聞いて、目指すべき場所が見えてから、ゴールにただ進むだけだ。
ダメージ全てを別場所に反射させるという規格外の強さを持つフェルデスは余裕の表情を崩さない。
だから、ユイアはフェルデスの肩を持った。
「くっちゃべってたら、舌噛むよ。ウチは、速い」
消える。
ふたりが他の誰もの前から姿を消して、高速の世界に身を投じた。
恐るべき事態が起きたのは、僅か一秒も経たない一瞬の後だった。
ユイアに首根っこ掴まれたフェルデスは……ズタボロになっていた。
その場にいたメルフィ、アシュリーは唖然とした表情を浮かべるだけだった。
「メルフィと違って負けないとかじゃなく、取り敢えずダメージ食らうなら、勝ち目はある。高速空間で認識できないあんたに高速のダメージを与え続けたら、ダメージの逃がし場所が無くなって食らうしかないよね」
「あ、が……」
「でも、さすがさすが。まだ生きてるのすごいよ、普通に」
剣を引き抜いて、肩に思い切り突き立てる。
「あっがああああああああ」
「大げさだよ。ただ突き刺さっただけでさ」
ダメージは通った。ほんの一瞬で、ユイアはフェルデスの最強の守りを攻略して見せた。
「三半規管とか、指定先を決める大事な部分、さっきのでやられちゃったんでしょ。人体って本当に弱いよね」
太ももを突き刺した。
刺すたびに、フェルデスは良い声で鳴いた。別に面白くもなんともなかったが、ユイアはフェルデスの体を突き刺し続けた。
一度、もう一度、三度、何度も突き刺すユイアを、アシュリーが止めた。
「もう止めるんだ。何にもならない」
「……そうだね、マジで面白くない。死にな――」
止めを刺そうとしたユイアの横を、何かが抜けていく。
ローブをまとった金髪の竜少女、ティアルだった。
「兄貴どうしたよ。任せてたはずなんだけど」
「……殺した。行きますよ。私のスキルなら、逃げられる」
狼狽えるユイアの腹を蹴り飛ばし、フェルデスは声高に笑った。
地面に倒れたユイアは痛みよりも何よりも、現実を受け止めることが出来ない。
フェルデスはユイアの腹をさらに蹴り飛ばす。




