そんな顔をするから
全ては間違いのない純然たる事実。しかし、ティアルの中では全く大切なものがすっぽり抜け落ちていた。
ドラーゼは確かに破壊の限りを尽くしてきたが、そこには明確な理由があった。行いだけを見て、ドラーゼと言う人間を評価するのは些かお門違いだ。
ただ、ユイアは横の、ドラーゼを一切見なかった。
信じていた。ドラーゼなら、過去だろうと何だろうと、向き合って最適解を出す、と。
それよりも、大切なものが目の前に会ったのだ。
「メルフィちゃん。そっちのクソ男、頼んだよ」
「かしこまりました。しかし、攻撃が通らない物で、難儀している状態です」
「足止めしてくれればいい。ウチがやる。アシュリーさん、覚悟とか、どんな感じですか?」
「とっくに」
カタナを引き抜くアシュリーと対峙する。
さっきの少年との戦いで燃やされたスキルは大体感覚と一緒に戻ってきた。
今なら悠長に会話する時間が十分ある。血王、スキルそのものはバレているが、問題はない。
分かっていてもスキル次第でなくては対応できないのがユイアのスキルだ。
「あなたが、この迷宮遊戯を壊した張本人ですか?」
「そうだ」
「最初から、目的はウチらダンジョンマスターを殺す事、だったんですか」
「少し違う。僕の目標は端から、君たちだった。本当はアスヤを狙っていたんだが、君たちが匿っている可能性があったからね。しばらく様子を見させてもらった」
アスヤを狙っていた。
理由がいくつもありすぎて絞れない。アスヤはダンジョンマスターとして大きく大成した上に、国まで作ろうとした。あとは怪しげな金貸しから金を借りていた。誰に恨まれていても、今さら何もおかしくはなかった。
しかし、聞いたことのないダンジョンマスターから恨みを買うというのは考えにくい話だった。
「アスヤが何をしたって?」
「君に話をする気は毛頭ないよ。さあ、ここまで来たんだ、僕は、ダンジョンマスターアスヤの大切なものを壊して、同じ気持ちを味合わせるとしよう」
「同じ……気持ち? 何を言って……」
ユイアの頭の中に、過去の記憶があまりにも鮮明に映し出された。
まるで、図書館で目当ての本を司書に教えてもらって読書を楽しむように、情報が頭の中で整理されていく。
初めての感覚。少年の業火に燃やされてから、ユイアは自分の中に全く別の何かが蠢くような感覚に陥っていた。
情報が素早く完結していく。自分の力の使い方から、アシュリーが何者かまで、情報が全て、完結していく。
「あなたの親友を、アスヤが殺した?」
ユイアのつぶやきに驚愕の表情を浮かべたのはアシュリーだった。
ついさっきまで優位に立っていたはずのアシュリーは、表情から読み取れるほどに、一気に狼狽した。立場が、完全に逆転していた。
「何を……君のスキルは、ただ速いだけじゃなかったのか?」
「めっちゃ傷つくんですけど、ソレ。分かんないっすけど、これ、なんなんですかね。まあもう、何でもいいです。ウチはここ数か月、気付いちゃったんですよね」
剣をくるくると回して、ユイアは近づいていく。
「殺したとか、殺されたとか、そうやって恨むの、すっごい馬鹿らしいなって」
「そんな言葉、大切なものを失ったことのない幸せ者の言葉だな」
「不幸でも、人を許せる強い意志ってのを知ったから。ウチはアスヤをもう待たない。アスヤが作ろうとした世界とかどうでもいい。ウチはウチで、やれることをやるだけ」
「開き直ったところで、君のスキルは対策済みだ」
「そ。じゃあ、やろうか」
神速の世界に意を投じる。
初見でも対策しようにも、見られていなければ、意味がない。
アシュリーの正面から叩きつけるような挑戦的な攻撃はしかし、至らず。
強烈な何かが頭上からユイアを地面に叩きつけた。
高速世界ですら、叩きつけられるような重すぎる一撃に、思わず両手両ひざを地面に着けた。
「なに……これ……」
「僕のスキル。負荷だよ」
青く輝く瞳がさらに光を増すと、ユイアの体が砕けそうな勢いで何かが押し潰してくる。
「ぐああああ……」
「君とは語りたい話が多くあった」
「……誰を、恨んで……殺された、親友……アスヤが殺した……いない。違う、じゃあ、勘違い……わかった。ルダウだ」
動揺が目に現れ、一瞬の隙を突いてユイアは再び加速する。
見られているかどうかは関係ない。視界に入ればその全てに重さを負荷してくる能力。
であれば、背後を取って視界に入らないように――
そこまで考えて、ユイアは急ブレーキ。横に逃げて、剣を投げる。
しかし、剣はアシュリーの視界に入り、地面に叩き落ちた。
「どうして……分かった。ルダウが、僕の親友だったと」
「分んないって言ってるじゃん頭の中に思い浮かんだだけ。ルダウって、紫髪の髪の人だよね。元冒険者で戦場に行ってたって。アスヤと戦った、初めて、攻略しかけた人」
「そうだ。優秀だった。だからこそ……もっと、多くのダンジョンを……クリアして、幸せになる権利はあったんだ」
「そうかもね。でも、覚悟はしてたんじゃないかな? ウチもそう。覚悟出来ないのは、あんただけだよ、アシュリーさん」
「分かってる……! 分かってるが、許せない。親友を失えば、分かるさ」
アシュリー、前に大きく踏み込んだ。
視界に入れば、ユイアは捕まる。本来なら負けるはずのない高速移動である準神速。
ただ、最近はユイアのスキルを破壊してくる人があまりにも多すぎる。
視界に入らないように横へ逃げるが、アシュリーは追わない。むしろ、アシュリーが開けたスペースを横切って、真っすぐ向かった先は……ニフィアの場所だ。
ニフィアを抱き、急いで首を回してユイアを止めた。
完全に釣り出されたユイアは視界に入ってしまい、一気に膝を折る形になる。
しまったと奥歯を噛み締め、力強い瞳でアシュリーを見上げた。
「アシュリーさん!」
「君も、知ればいい。大切な人を失う哀しみを」
「あんた、自分が何やってんのか分かってんの! 戻れなくなる!」
「僕だってこんなことはしたくないさ! 君が……そんな顔をするから!」




