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ダンジョンマスターはじめマスター  作者: 聖音ユニア
ダンジョンマスターいなくなりマスター

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55/68

兄妹の再会を決して邪魔してはいけない

 胸から滴る血を手で抑え、少年は深いため息を吐いた。寒いのか、息を吐く度に震えている。


「僕も、ここで生まれていたら、違う未来があったのかな」


 足を払ってバランスを崩させ、再度背中を斬りつける。

 膝を折り、力なく垂れ下がった手から剣が落ちた。誰が見ても明らかな程、戦意を喪失しているようだった。


「さあね。帝国がどんなところか知らないけど、選んだのは自分でしょ」

「……ああ、その通りです。生まれが、育ちがどうであれ、燃やし尽くすことを選んだのは、僕の選択だ。謝って許されることではありませんが、すみませんでした」


 ニフィアに悲し気な笑顔を向ける少年の首にユイアが剣を落とす――


「お姉ちゃん!」


 ピタリと、ユイアが落とした剣が止まった。

 振り向くと、炎を恐れていたはずのニフィアがゆっくりと、ユイアたちの元へ来ていた。

 まだ、少年が吐き出した炎の残滓が飛び散っている。ニフィアを守ろうと傍に寄ると、やはりまだ怖いようで、ユイアの腕をしっかりと掴んだ。

 力強さがあった。泣き出しそうな瞳に反して、少女はもう、何かをまっすぐ捉えていた。


「お姉ちゃん、待って。ダメ、だよ」

「……ニフィア、この人は、あなたの村を……」


 言いきろうとして辞めた。教えてどうなる。こんな小さな子に、復讐なんて概念があるはずない。

 ないからこそ、少年を仕留めようとしたユイアのことを止めたのだ。


「お姉ちゃん、この人、痛い。お姉ちゃん、ニフィアを、助けてくれた。この人も、助けて。痛い痛い、無くして」


 少女の健気な言葉に思わずユイアは狼狽えた。

 自分が傷ついているのに、怖いはずなのに、それでも他人を心配する。

 どうしてここまで優しくなれるのか、ユイアには理解できなかった。

 相手はイレギュラーズ。碌な噂を聞かないし、フェルデスのような碌な人間がいないことも事実だ。そして何より強い。

 実際に燃やし尽くす炎を扱っていながらスキルまで燃やす異質なスキル。ここで倒しておかなければ後に脅威になる。

 アスヤならどうする? もしかしたら笑って許すかもしれない。

 でもそれは、アスヤが人としても能力的にも強いからだ。魔反対の場所にいるユイアには、簡単に選択することが出来ない。


「お姉ちゃんが、痛い痛いでも、守ってくれたから、ニフィア、幸せだよ。皆、幸せが良い」

「……ニフィア……」


 ユイアが助けたから、今の自分がある。だから、自分も誰かを救いたい。

 まるで、ユイアがアスヤを思う気持ちと同じようだった。

 アスヤになろうとして、気付けば自分も、誰かに背中を見られていた。

 どうしようもなく、胸の中が熱くなった。


「……ニフィアに感謝しなさい。あんたの命は、置いといてあげるから」

「……僕は生きていてもいいんですか?」

「知らんって。それは自分のこれからの生き方で決めな」

「ありが――ごは……」


 不意に、少年が吐血した。

 見ると、少年の腹から、深々と刃が飛び出していた。


「まったく、ナンセンスっ、ですねっ、カイン」


 深々と刺さった剣を引き抜いて、倒れ込んだ少年にトドメとばかりに剣を差し込むフェルデス。何度も、執拗に、命の所在を調べるように、突き刺す。


「あなたのようなっ、弱いっ、人間はっ、イレギュラーズにっ、いらないっ」


 確実に絶命する姿を見せまいと、ユイアはニフィアの目を必死で隠した。

 こんな姿を、見せる訳にはいかない。


「やれやれっ、これで、イレギュラーズは三人……いや、別場所で死んだのでっ、ふたりっ。ああ、嘆かわしいっ。帝国最強の私兵団が、ダンジョンマスターなどというものに、こうも減らされるとはっ。まあ、わたくしも、ふたり殺したので良しとしましょうっ」


 本当に嘆かわしそうな表情で、フェルデスはハットのつばを軽く摘まんで下げた。

 ユイアがあずかり知らないダンジョンマスターは三人。内一人がイレギュラーズを倒した。

 単純に、フェルデスもユイアも、ダンジョンマスターの力を見誤っていた。

 さっきチラッと確認したが、現在オブジェクトはユイアが二つ。アシュリーが一つ。イレギュラーズが二つ。そして正体不明のダンマスが一つ。行方が知れないアシュリーもまだ生きている。

 つまり、このフェルデスを倒してしまえば、イレギュラーズは残り一人。

 迷宮遊戯自体は絶望的だが、最終目的でもあったエトナに届く。

 もう、まっぴらだった。何もかもがグチャグチャで、他人に期待すればするほど、自分に期待すればするほど、物事が悪い方向へ向かっていく。

 いっそ、何もかも捨ててしまえたらと思う度に、敵わないと悟る。ユイアは魅せられていた。

 不可能を可能にする、化け物に。

 もう、辞めた。自分らしく生きてしまえば結果的に、誰もが納得する場所へ至るだろう。


「あんたを殺す」

「それは嬉しい限りですっ」

「なんだぁ、おめえ。まさか、この数でまだ余裕ぶっこいてんの?」

「愚かなお方ですね。ここにもう、ルールは存在しないというのに。ブレイクスルーのお時間です」


 駆けつけて来たドラーゼ。何を言っているか分からないメルフィ。

 くしくも、アスヤのダンジョン総戦力が、この場に会していた。微塵の隙もない、絶対的な力。本当に負ける気が一切しなかった。


「みんな、力、貸してもらうわよ」

「うるせえ、俺はこいつらをぶち殺してえんだ」

「お店を燃やされました。このご恩は忘れません。報恩感謝です」

「はっはっ、大白いことをおっしゃるっ。どうやら、あなたたちは勘違いしておられる様だっ。ではではっ、こちらもおひとつ。さあ、おいでなさい、ティアルっ」


 フェルデスが誰かを呼んだ瞬間、森の奥から、それは跳んできた。

 黒いローブに身を包んだ人影は、細く美しい白い腕でローブを脱いだ。

 金髪で前髪ぱっつんの美しい少女。

 どこかで、少女の名前を耳にしたことがあったユイアは一瞬の間の後に気付いて、思わず背後を振り返った。

 驚愕の表情を浮かべるドラーゼが、そこにはいた。

 ティアル。そう、確か……ドラーゼが守れなかったという、妹の名前だ。


「はっはっはっ、良い拾い物をしましたっ。彼女は今や立派な帝国の戦士ですっ。あともう一つ、とっておきのお客様が、こちらですっ」


 鷹揚な態度で、まるで芝居がかった様子で紹介したのは……ユイアがよく知る人物だった。


「アシュリーさん……何で……」


 アシュリー・アスラ。敵であるはずのイレギュラーズの横に立つ姿はまごうことなき、ユイアたちの敵だった。

 何も語らない。何も表情に表さず、アシュリーはただ真っ直ぐに、ユイアを見つめていた。


「いやぁっ、楽しいっ。ドラーゼさん。良いことをお伝えしましょう。あなたの村を壊滅させた冒険者は、アシュリーさんなんですよっ」

「ああ?」


 何が起きているのかさっぱりだった。感情も思考も何もかも追いつかない。

 状況が変わりすぎている。ドラーゼの妹が敵で、アシュリーも敵。

 何もかもが、悪い夢にしか思えなかったのだ。

 自分に自信を付けさせてくれた、楽しい時間をくれたアシュリーが、敵?

 胃の中がぐるぐるして吐き出してしまいそうだった。


「当時、アシュリーさんはっ、あなたの村で竜人族を狩るクエストを受けていましたっ。しかし、アシュリーさんはっ、村人全員を殺さず、何人か生かしましたっ。仕方がなく、イレギュラーズの前身だったわたくしが、全員殺しちゃいましたっ。ティアルはその生き残りですっ。まあ、多少力はあったようなので――」


 話を最後まで聞くことなく、ドラーゼはフェルデスに襲い掛かる。

 呼吸と瞬き、空気を良く察知した恐るべき奇襲。しかし……同類には効かない。

 人間離れした身体構造と反射的に動けるバネ、思考。全てを兼ね備えたティアルは、グローブをはめた拳で兄の手刀を難なく弾いた。


「ティアル!」

「兄さん……なんで、裏切ったの」

「ああ? 何言ってんだお前は! どこに隠れていた、どれだけ探しても、見つけられなかったんだぞ!」

「戦場。兄さんたちが、やりたかった戦いを、してたの」

「俺は戦いなんて求めてねぇだろうが!」

「じゃあなんで、ダンジョンの守護者なんて、やってるの! 全部聞いたよ、兄さんが、やってきたこと、全部!」


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