過去ごと切り裂く
青い炎が地を這い、襲撃する。
ふたりのコンビネーションだけでも厄介なのにこのスキル。当たればダンジョンのように燃やされる。
ダンジョンを、燃やされた――
思考の間に挟まったノイズが、ユイアから正常な判断を失わせた。
炎を踏み抜いて、少年に一刀を叩きつける。
思っても見ないユイアの反撃に少年は一瞬、驚きの表情を浮かべる。
一瞬でも逡巡が戦場と言う限定状況下でどれ程のディスアドバンテージなのかユイアは理解していた。
逡巡を斬る――
少年、体を捻ってかわすと同時に掌に纏わせた炎をユイアの胸に当てる。
炎が広がる。胸の奥へ、じんわりと。
熱い、間違いなく、熱い炎。見たことはないが、地獄で燃え盛る炎は恐らく、こんな物。
目の奥で光がチラついた。地獄の炎を目の当たりにして、ユイアの中で何かが砕けた。
『ほう、至るか。蒔いた甲斐があった。お前に理を見せてやろう』
越え。知らない、男の声。
ただ、違和感がなかった。生まれる前に、母親が自分の子どもに語り掛けるように。あまりにもずっと身近だったような声が、ユイアの意識を研ぎ澄まさせた。
「スキルの、燃焼」
「ん――」
少年は初めて、奇襲ではなく真正面から狼狽え、ユイアから明確に距離を取った。
「らしくないですねっ、カインさんっ。あなた、今の決めきれたでしょっ」
「……なんで、僕のスキルが分かったんですか」
「……分からない。でも、わかったなら、もう、あなたの技は喰らわない。答えて、なんで、ニフィアの村を燃やしたの?」
ユイアの問いに帰ってきたのは、火炎の壁。ユイアの両脇を抜ける。髪を軽く撫でる熱風の中、ユイアはあまりに冷静だった。まるで、氷のように。
炎の壁の中を駆け抜け、縦回転斬りで少年が剣を叩き落とす。
勢いのついた強烈な一撃。地面を擦り上げてユイアは後方へ一気に下がった。
「燃やす理由? それを聞いて何になる」
「なんでそんなひどいことが出来んのって聞いてんの」
「仕事だからです。僕には燃やす以外の力が、ない」
悲しげな表情で蹴りを飛ばす少年に、ユイアは何故か自分を重ねていた。
自分だって、同じようなものだ。スキルに振り回されて、人の盾にもならないような、適当な仕事をしていた。
だが、関係のない、罪のない人を殺して回るイレギュラーズに何か思うこともなかった。
「あなたこそ、何故、ダンジョンマスターなんてものを。同じ穴の狢でしょうに」
「かもね! 人を殺してるって点で、ウチもあんたも変わらない。だけどあんたがやってんのは、ただの人殺し!」
「何が違うと!」
剣戟。剣と剣を打ち付け合い、一方的なスキルの押し付け合い。
ユイアはこの短い戦いですら、戦い中の中で成長を遂げていた。恐るべき進化速度に、前半かなり優勢だった少年は徐々に押されていく。
炎の壁で互いの逃げ場を無くしたせいで、フェルデスの援護もない。
一対一で、絶賛進化中のユイアと、あとが無くなり、開き直った少年のぶつかり合い。
剣の切っ先が、剣ではなく両者の肌を裂き始めた。
傷がつき、血が飛び交う。
拮抗――
どちらかが死ぬまで続くデスマッチ。炎を自在に操れる限り、少年が常に一歩リードしていた。
「終わらせる」
「こっちのセリフ!」
掌から吐き出された炎を躱す――
ユイア、振り返ると同時に、踏み込んだ。
炎で視界が悪い中、剣を打ち合って自分がどこにいるかもわからない中、ユイアは知覚していた。
解放された空間把握能力が、まるで天から全てを見定めるように、反応した。
スキル発動。燃やされたスキルの残りをかき集めて、最高速度で戻る。
炎が……ニフィアに当たるよりも前に、彼女を抱く。間もなく、背中を青い炎が焼いた。
「ぐうううう――」
熱かった。今まで食らったどんな攻撃よりも、肉を強烈に抉ってくる熱。
思わず泣き出しそうな涙をグッと堪えた。今、泣いてしまえば――
「お、ねえ、ちゃん……? 火が、お姉ちゃん!」
「大丈夫! だから!」
目を覚ましてしまったニフィアに、一生消えないトラウマを植え付けることになる。
自分が退けば、涙を流せば、また一つ、悲しみを刻むことになる。
そんなことは、させない。
「ウチを信じて、ニフィア。あんな炎、ウチが、片づける」
「ユイア様」
駆けつけたメルフィが斧で炎を叩きつけつつ、さっきから相手をしていたらしいフェルデスとの交戦に戻る。
お陰で着いていた炎の大部分は手で叩いて消えた。
背中の大半の感覚がない。大きく負った火傷動けない。動いたら間違いなく、他も破壊される。
確定された予感、最早予知を、砕けそうな歯ぎしりで咬み殺した。
「メルフィちゃん、ここ頼むわ」
「かしこまりました。が、このお方が手強く、お約束が難しい状況です」
「余所見ですかっ。まったく、私も舐められたものですねっ」
「出来る範囲で良い。ウチはこっちをやる」
「……かしこまりました、ユイア様」
「ニフィア。ちょっと待っててね。あの火を消してくるから」
ユイアは焼けた体を押して、少年と相対する。
ニフィアを命懸けで守ったユイアに何か思うところがあったのか、少年は剣を抜いたまま立ち尽くしていた。
「待ってくれるなんて、優しいじゃん」
「何があなたをそうさせる。人のために、なんで、そんなことができる」
「決まってるっしょ、そんなの」
体を動かしてみる。節々があまりに痛い。可能なら何もしたくない。しかし、ユイアが倒さなければ、またニフィアのような子が生まれてしまう。
だからユイアは、剣を振って軽く回した。
「ウチが昔、そうされたから」
走り出す。
アスヤに救ってもらったから。アスヤに居場所をもらったから、ユイアは道を踏み外さなかった。
本当に下らないギャグで笑わせてくる。何言ってるのか分からないのに、すごいことをしてる。夢を馬鹿にしない。最初は滅茶苦茶な奴だと思っていた。
だけど、一緒にいる内に、魅力に気付いて行った。
アスヤがいたから、走ってこれた。
既に満身創痍なはずなのに、さらにキレを増したユイアの動きに少年は翻弄された。
ユイアがこの短期間で編み出した技。スキルを小出しにする部分加速。
腕だけ加速させることで、もう、剣筋が見えない。静と動の有り得ないブラフ。
高速化を拘束されたユイアが編み出した苦肉の策だった。
「あなたは……幸せそうですね」
「あ? んなの、当たり前でしょ!」
横薙ぎ一閃。
何故かやる気を失ってしまった少年の胸を横一閃に斬り割いた。
「つ……」




