守護者の矜持
「ご主人様、関係者入口の方にお客様です」
「ベリーハードな時に誰だ。ブブ漬けだしてお引き取り願え」
「ゼラールさんのようですけど」
「ちっ。客間に通せ。こっちは任せるぞ、ファルマ」
「はいです」
犬リス熊妖精さんに何かあったら連絡させるとして、俺は俺で相手取らないといけない。
やれやれ、事業が軌道に乗る前に悠長な奴らなことだ。
客間に来たゼラールは、随分機嫌が悪そうだった。私兵の数も今日は4人。この間の倍。
紅茶を淹れて、机の上に置くと、バカみたいに熱くしたのに味わって飲みやがった。
「取り立ての時間はもう少し先のはずだが?」
奴は葉巻に火をつけ、なんどかすぱすぱさせると、煙を吐き出す。
「禁煙だ馬鹿」
「アイアンバンクは、貴様への融資をしない」
「何だと? 見せたはずだぞ、未来は。現に今も噂が噂を呼んで、俺の故郷の言葉で言えばバズってる」
「今は、な」
奴はゆっくりと葉巻を吸い、煙を吐き出した。どうやら禁煙って言葉はまるで無視だ。
これだから現実は甘くないし上手くいかない、か。だからこそ、面白い。
壁や逆境は避けるべき障害じゃない。どう出し抜いて駆け上がるかの目標だ。
「アスヤ。お前の事業はいずれ破たんする。物珍しさ、新しさ、賞味期限のある事業は長続きはしない。さっさと捨てて次に行く使い捨てならいざ知らず、ダンジョンは残る。お前の才能じゃ、今が関の山。ならば、既にノウハウのある腕利きダンジョンマスターに事業譲渡する方が効率がいいというのがアイアンバンクの考えだ。アスヤ、今日は取り立てに来たわけじゃない。終わりを告げに来た、俺様はな、死神だよ、アスヤ」
能書きをぺらぺらと垂れるゼラールの言葉を俺は1割とて聞いちゃいない。
言ってることは正当性の塊で、言い訳を考える方が余程非効率的だ。ただいいことを言ってるって分かってるなら、もうこれ以上聞くつもりはない。
「最後通告だ。金を期日までに返せなければ、このダンジョンはアイアンバンクが譲り受け、健全に運営させる。お前は終わりなんだよ、泣いても、笑っても、な」
まるでアメリカンジョーク並みに芝居がかった様子で腹が立つ。
身振り手振りは冗談でも、言っていることは冗談じゃないだろうし、こいつは無駄なことはしない。わざわざこんな無駄なことを言いに来るようなことは、しない。
「用件は」
「特等席で眺めさせてもらうよ。お前のダンジョンが攻略される様子を。クリアしてしまえば、お前のクリアされない伝説とやらは一瞬で水泡に帰すだろうからな」
「……そうか、連中はお前の差し金か。敏腕営業マンもここまで来たら筋金入りだな」
「強いよ、彼らは。何せ、揃えた。金のかかる、Sランク冒険者を3人。ひとりは数合わせだが問題はない」
「金のかかることを。Sって言えば単独でもダンジョンクリアが目指せるレベルだろ? パーティー組むならAでも十分だろうが」
「それだけ期待はしているということさ。今日、止めを刺させてもらうよ、ダンジョンマスター」
俺は肩をすくめて小型の水晶を卓の上に流した。大画面で見られないのは残念だが、見させてもらおうとしようか、褐色ドラゴン、お前の勇士を。
それとも、殺すかな? お前自身が持つ、エゴイスティックな優しさが、お前自身を。
†
ドラゴン族。
空を手中に収めようとした人を越えた種族はその数を激減させた。
理由は簡単だった。強すぎたのだ、彼らは。一方的に畏れられ、討伐対象となったドラゴン族を討つことは冒険者にとっての目的、目標にすらなった。
数を減らし、挙句の果てには歴史に邪竜とまで呼ばれたドラゴン族の未来を、ドラーゼは金の双眼で覗き込んでいた。
「どいつもこいつも、面白くもねえ。なんで、もっとカラッと生きねえのかね」
頭をクシャっと掻いた。
ドラゴン族に生まれ、一族からも離れたはぐれドラゴン。分かりやすく暴れては挑戦者を待ち、ついこの間には最強と噂されたS級も葬った。
忘れ去られかけたドラゴン族は、再び人の記憶に蘇る……はずだった。
認めなくてはいけない。ドラーゼはよくも分からない、敵意すらない少年に負けた。
見極める必要があった。本気の自分を最強にする力があるのかどうか。
「お? 今度は4人か。あるじゃん? 雰囲気。さあ、遊ぼうぜ――」
4人の内3人が前に出る。
(シーフと剣士二人。男の剣士がやや早い。女の剣士は男剣士の攻め手、バリエーションの一つに過ぎない使い方。シーフの方は俺の目をよく見てる。視界から消えて闇討ちが狙いか。そして、奥のヒーラー。俺をドラゴンと知ってか、炎耐性の魔法を味方に付与。どんな状況になっても立て直す保険。攻撃系の魔法を使えてもおかしくねえ)
全てが一瞬と言うにしても速すぎる逡巡。迷いが戦闘において死を生むというのなら、ドラーゼは全くその限りではない。
むしろ逆。
限りなく遅延のない思考と、思考に対し即座に反応する恵まれた肉体。
最適解を自動的に出して反応するセンスの化け物が導き出した答えは――
「俺がドラゴン族って言うのは、予習済みだな」
炎を纏わせた踵を地面にたたき込む。即座に、無慈悲に割れるグラウンドからは炎が溢れる。
圧縮した炎を無理やり地面下で爆発させることで出来た、炎の壁はぐるりと渦のように広がる。
咲く。
炎の華が咲き誇り、十分すぎる僅かな時間、彼らはドラーゼを見失った。
ドラゴン族の名を背負う男は炎の渦を越え、掴み取る。
迷いが死を生む戦場で、僅かでも考えを放棄し、悩み、迷った存在の腹に、腕を深々突き刺した。
「がっは……」
最初に落としたのは、ヒーラー。雇用主の手前、確殺はしない。殺す気なら首を落とせばそれで良い。
ドラーゼが欲したのは、新たな迷い。崩壊していく、戦略という牙城。
混沌は忌むべき存在ではなく、歓迎すべき最強の味方だった。
炎の壁が降りると同時に、既に男剣士とシーフが飛び込んできていた。
速い反応。思い切りの良さ。どれもこれも、ドラーゼを楽しませた。
軽く掌底をシーフの胸に打って吹き飛ばし、男剣士の肩を掴む。
剣士は肩を手で払いながら、宙を舞う。
風。圧倒的な暴風が瞬時に起きて剣士の姿を隠した。
強力故に味方を巻き込まないための判断。しかし最早二人倒された時点で出し惜しみが何を生むかよく分かっている。
しかし――相手が悪かった。
即座に最適解を出したドラーゼは背中から炎の翼を出し、嵐に相対する程の飛翔を見せる。
背がそこまで高くないダンジョンの天井に軽く手を触れてベクトル変更。嵐に向けて回転しながら炎を纏う。
暴風対炎風。混ざり合う暴力はやがて一つの巨大な炎の渦へと変貌を遂げた。
(自分で炎に包まれる中、お前はどこで、命の炎を燃やす?)
最悪な視界。炎が暴れる風の中、ドラーゼは男剣士が纏っていたマントを捉えた。
手刀で突き刺す。ここに、最善も最適解も存在しない。潰せる内に潰す。戦いは、ただの娯楽でも快楽でもない。存在証明そのものだ。
だが……手刀は、マントのみを捉えた。
「なに……」
刹那、背後の炎から現れた男剣士。炎を浴びて焦げながらも、脱いだ鎧を縦に切り込んできた。
さらに、呼応するシーフ。再考のタイミング。これ以上ないという闇討ちの瞬間。
命を刈り取る刹那の時間を、冒険者たちは逃さなかった。いわゆる詰み。
攻撃を一撃受けることは必至。たとえ死ななくとも、追撃が来ればひとたまりもない。
魔の悪いことに、赤髪の女剣士も良いところで構えている。
最適解が導き出した答えはよりダメージが低いと思われるシーフの攻撃を無視し、男剣士の攻撃を封じる。
しかし、ドラーゼは最適解を握って潰す。
あまりにも、詰まらない。当たり前な最適解を固辞。もっと心躍り、面白い方向へ、手を伸ばす。
そうでなくては、これまで通り以上の力を発揮しなければ、同じこと。
突破し、打開しなければ、いつまで経っても、無気力モブダンジョンマスター、アスヤに勝つことなんて出来はしない。
だからこその、無数の選択肢、夢幻の思考時間から、選び取る。センスの光る、最良解!
「はっ、あいつといれば、俺はまだまだ、上がれるんのかねぇ」