ドラーゼの過去
メルフィのことが気になりはしたが、厨房は忙しさの中に沈んでいった。
全員、料理人。何かしらぶつかることがあっても、料理を作るという仕事においては純真なのだろう。
早速出て来た料理はオムライス。店の看板になったメニューだ。
同時に持ってきたのは、小皿に乗った色付きのキャンドル。ほわっとした明るさに良い香り。可愛らしいアロマキャンドルを、仕事で疲れたユイアに気を利かせて持ってきてくれたのだ。
癒しの香りに表情を崩したユイアの腕を、ニフィアがぎゅっと握った。
怯える姿にメルフィは困惑したように首を傾げた。
ユイアはニフィアの頭を優しく撫でて、安心させるように自分の体にくっつけた。小さな命の拍動。緊張が痛い程に伝わって来る。陣割と伝わる熱は、ユイアを求めるように陣割と広がっていった。
「この子の村、炎で焼かれちゃったんだって。だから、ごめんけど下げてもらえる? 今度ウチの部屋で使うから」
「そうでしたか……かしこまりました。では、お料理をどうぞお召し上がりくださいませ」
美味しい。
美味しいが、恐らくこの料理はメルフィが作ったものじゃない。思った通りの、美味しさ。
他のお客さんも、ニフィアも美味しそうに食べている。ニフィアはスプーンが重いのか、握りこむようにしてはすくって口に運んでいた。
「……まあ、ウチが言うようなことじゃないか」
「お姉ちゃん、どしたの?」
「なんでもないよ。美味しい?」
「うん!」
こういう時は、ぶつかったらいい。ぶつかって喧嘩したらいい。
喧嘩程度で仲たがいするなら、そんな覚悟も持てないなら、この先やっていけない。それに、ただの雇用関係だ。いなくなるなら、また他を探せばいい。
料理人と言う、料理において素直でいたいなら、喧嘩したらいい。正しい理屈かどうかはその後で考えたらいい。
ふと、今になって思う。
ユイアやドラーゼ、メルフィやファルマは雇用関係だ。もしもユイアやドラーゼが反対したり離反したら、アスヤは止めないし、喧嘩もしなかったのだろうか、と。
会いたいな――
ユイアの胸中に突然浮かんできた言葉を、首を振って払った。
今は良い。背負うべきものを、ちゃんとあるべき場所に運んであげなくては、いけない。
「よし、ちょっと見てまわろっか。ダンジョン」
「ダンジョン怖いって、アシュリーおねえちゃん、言ってた」
「そうだね。でも、ウチが絶対守るから大丈夫だよ。お姉ちゃんね、これでも強いから」
「アシュリーおねえちゃんよりも?」
「うーん、強いかは知らないけど、クソ速い」
アスヤのダンジョンは三階層で作られた階層系のダンジョン。
大広間と通路だけで構成され、トラップの類は一切ない。二層、三層を閉鎖している今、実質的に一層さえクリアすればクリアと言う、とんでもイージー仕様だ。
第一層はちょうど終わったようで、ボロボロの冒険者が横に作られた温泉へ向かっているようだった。
大広間にいたドラーゼは、随分と……静かで、詰まらなそうだった。
「やっほ。トカゲさん」
「なあんだぁ、ヘボマス代理。いつの間に子供出来たんだ?」
「あ、馬鹿みたいにセクハラ。殺すよ? この子はニフィアちゃん。無罪の罪で処刑されかけたところを助けたの」
「はっ、ヘボマスみたいに後先考えずに人助け、か。お前分かってんのかぁ。俺はまだ、見てねえぞ、クソ楽しい世界ってのを」
「分かってる。こっから楽しくなるから準備してな。ていうか、勝てるの? 相手強いよ」
「誰に物言っていやがる……なんだ、ちっこいの」
ドラーゼは意外にも死線をニフィアの前まで下げて、穏やかな笑みを浮かべた。
子どもが好きなのかとユイアが意外な一面に驚いていたところ、ニフィアは両手を広げた。
まるで、抱っこしてほしいとばかりの態度に、ドラーゼはしかし、ひょいッと軽々持ち上げて肩に乗せた。
「ドラーゼってやっぱ大きいねえ。竜人族ってみんなそうなの?」
「いや。妹はちっこかったぞ」
「いも……え!? 妹さんいたの? 言ってよ。全然人材足りないのに」
「死んだ」
「え……」
ドラーゼは別に悲しい顔をするわけでもも、戦闘中の狂気に満ちた顔でもない。
ただただ、へらへらとした表情。いつもと変わらない、ドラーゼの顔。
思えばユイアはドラーゼを知らない。何なら、アスヤも知っているかどうかすら怪しい。
「ねえ、ドラーゼ。ここに来る前、何があったの。どうやって、アスヤと出会ったの?」
「下らねえ話だぁ。本当に、下らねえなあ」
アスヤと出会う前――――
「ドラーゼ。食料は持ってこれたか?」
「ああ、十分だぁ」
暗がりの森。月明かりも少なく、焚火の火だけで互いの存在を確認できる程度に暗かった。
ドラーゼが持ってきた数匹の魚を焚火の周りでいぶす準備を始める。
「兄さん」
ドラーゼの元へやってきたのは、金髪ぱっつん前髪の少女だった。
「ティアン。まーたお前は、着いて来たのか。みんなに迷惑かけてねえだろうなぁ」
「兄さんは心配性だなぁ。かけてないよ。村までそんなに遠くないからお手伝い。ただでさえ人手が少ないのに」
兄妹そろって目元がそっくりだが、ティアンが笑うと何故か上品に見える。
ドラーゼたち竜人族は、最早伝説となった程の過去に苦しめられ続けていた。魔竜も魔王も負け、勇者たちが勝った後の世界。竜人族は常に肩身の狭い思いで生活する外なかった。
なんなら、出会った瞬間から討伐されかねない程のせいで数を減らしていた。
村から離れた場所で必要なものを採取して自給自足。それがドラーゼの人生だった。
「こんな生活、いつまで続けりゃいいってんだ」




