冒険者たち
お前は正解を叩き出したよ、確かな答えを。
だがな、それは俺を巻き込まないって前提の上で成り立つ最適解だ。
あとな、お前ばっかり先に動いてずるいんだよ。俺の最適解は、俺を巻き込んだ自滅だ。
さあ、一緒に死のうぜ、最強さん。
ふたり同時に倒れる。
先に起きたのは……死んだことが死んでないことになっている、俺だ。
「おい、立てよ金髪褐色竜野郎。致命傷だが死んじゃいねえはずだ」
「……なあ、モブ顔、お前、今、俺に、何した?」
「普通に傷つくから止めろ。相打ちなんてこんのおもしろくもねえ結末しか描けなかったのは俺のミスだな」
「ミスだ? はっは、はっはっはっはっはっは」
仰向けになりながら、金髪角褐色男は大きく笑った。
胸元には今すぐに治療しないと死ぬことはまず間違いない致命傷。
赤い血をドバドバと流しながらも、笑っている。
ああそうか、こいつも……俺と一緒なんだ。
狂ってる。
「俺と一緒に来い、金髪角褐色野郎。お前の才能と力は、俺が上手く使ってやるよ」
「ああ? 何寝ぼけてんだ、手前。殺せよ、さっさとな」
「あんまり俺を失望させるなよ。こんな死にかけて笑ってるお前は俺と同じだ。連れ出してやる、今が無理でも、一生かけてな」
「……しゃらくせえ、死んじまうんだろう? 手前の仲間になんねえと」
「これにサインしろ。契約を成され、お前の治療も約束しよう」
ペンと契約書を渡すと、随分達筆な字でサインを書いた後、自分の腹に親指を押し当てて、血判を捺す。面倒なスキルだろう? 使えないだろう? 俺が一番そう思ってる。
「よろしくな、ドラーゼ。改めて、俺はアスヤ。ダンジョンマスターだ」
ドラーゼの腹に手をやると、暖かな光が灯った。
ご都合主義もびっくりなほど血が止まり、皮膚が修復され、傷が塞がっていく。まるでマジックだが、この治癒は万能じゃない。他の生命エネルギーを使って回復力を極限まで高めているだけだ。
本職の回復スキル持ちには到底及ばないし、及ばなかった。
「あー? 手前、俺を殺しに来た冒険者じゃなかったのか? 悪いことしちまったなぁ」
首に手をかけて来た馴れ馴れしい金髪褐色ドラーゼの腕をそのままにしながら、靴を元来た側に向けた。
「話す前に襲ってきたのはお前だろ? 今まで何人の冒険者を殺してきた」
「あ? さーな。来る奴片っ端から殺しまわってるんだ、数えちゃいねえよ。俺は、戦いてえんだ、一族の汚名が霞むほどに」
「一族? お前、人間じゃないのか?」
「ドラゴン族。いずれこの世界を恐怖の海に陥れる、真の支配種の名だ、覚えとけえ、迷宮管理人」
「ならちょうどいい、お前の仕事は、お前の目的にも合致してる。やってやりな、褐色トカゲ野郎」
俺たちは互いに悪態をつき合い、寝首をかき合いながらも、利用しあうという最高の雇用条件の元結ばれた歪で正常な関係。雇用主と従業員の関係とはこうでなくちゃいけない。
さあて、今日も元気にダンジョンでパワハラするぞ!
†
「上々だな。グロース上場プライム変更。ファルマ、収益は」
ダンジョンの内部に密かに作られた管理室。肌色で統一した調度品は部屋の照明を受けて温かく光った。巨大な円卓。中央に浮かばせたクリスタルには、監視カメラの映像が常に投影されていた。
実際にはカメラじゃなく監視用に配置した小型モンスターの見た物を投影しているだけだけども。
俺と共にモニタを見ながら飛び回るリス熊犬妖精はすぐに口を開いた。
「今のところ収益は参加費ですが、安定して維持費は賄える形になっていますね。初級者ダンジョンなのに敵が強すぎて詐欺と悪評が回っていますが、ドラーゼさんが負けないのと、殺さずに生かして返すお陰で噂に尾ひれがつきまくって彼はもう伝説のドラゴンになりました」
「ダンジョン運営にかかる費用として、土地や開発費が一番だ。まあ基本は金持ちやもともと持ってる土地を使う連中が多いから大したハードルじゃない。次が人件費。名家なら家に仕える騎士や、冒険者の傭兵、守護者用に育てた人材など、実はこれが一番金がかかるってとこもある。次は宣伝。ビラ刷ったりキャンペーン打ったり、商才がフルに使われる。大事なのはどう効率的にリーチさせるか」
「その点、ドラーゼさんは強いですし、生かして返すので帰った冒険者が勝手に広めてくれるわけですね。でも収益は参加費だけですが……」
「わかってる――」
『おいぼんくら管理人! 聞こえてんだろ! いつまで生かして返さなくちゃいけねえ! 雑魚どもばかり当てがいやがって、そろそろフラストレーションでイッちまいそうだぜ!』
カメラモンスターに向けて叫び散らかすストレスマックスの従業員、ドラーゼを横目に、俺はマイクのスイッチを入れた。
「我慢しろ、馬鹿ドラゴン。我慢して我慢して解放した時のエクスタシーを教えてやるよ」
『上司が良い女で幸せだよ。だがなあ、期待を裏切んなよ、お前の不意打ちがなきゃ――』
「待ってろ」
ダンジョンの入り口に現れた4人組を前に、俺は部下ドラゴンの言葉を途中で切った。
冒険者の4人組。冒険者と一口に言っても、役職は資格制。専門の研修を受けた物だけが役職を持てる。こいつらの場合、剣士が二人。ヒーラー一人。もう1人は迷宮探索に長けたシーフ。
完全に攻略を目指したパーティーだ。
剣士二人のうち一人は流行りの軽量で切れ味の高い剣に耐衝撃特化アーマーに防刃マント。後は呪い効果攻撃を防ぐお守り。ヒーラーの杖は魔力を効率よく循環させるバカ高い杖。シーフの纏う黒い外套は最高の隠密行動が可能な最高品質のもの。
今まで来た構成も分かってなけりゃ装備も終わってる冒険者集団とはわけが違う。
とうとう来たか、プロたち。遊びじゃなく、冒険者一本で生計を立てる迷宮荒らし。
ただひとつ気になるのは、赤髪の少女、剣士の装備が終わっている。数合わせか何かか。
まあ良い。ようやく強者が来たんだ、笑って、酔おうぜ。