土下座を上から踏みつけて
待ったをかけたのは、まさかのユイアであった。
この一触即発の状況。ユイアは誰よりも現実的で、公私を完全に分けていた。
水を差されたような形の一行。その瞳は全てユイアに注がれた。
こういう時、アスヤならどうするか。最近のユイアの行動原理は酷く短絡的だった。
ユイアはアスヤを信頼し、応援していた。だからこそ、アスヤの考え方を以って行動するのは心地いい。意思決定が、あまりに簡単だった。
絶望的、分かりにくい状況になればなるほど、簡単だった。
笑って、酔おうぜ。
「あんたらイレギュラーずって何人いんの?」
「……私を含めて、6人ですっ」
「そ。んじゃ、やりましょうか。名前はええと……何にしようかな。迷宮遊戯とかにしようかな」
「ユイアちゃん? 何を言って、るんだい?」
「ん? 思いついた。あんたらと殺し合うの、ここで片づけちゃったらもったいない。あんたらは、公の場で殺す」
「ほうっ、詳しく聞けますかっ」
「ダンジョンマスターVS、あんたらイレギュラーズでタイマンする。合計6回戦。さっきの子と同じように、あんたらに恨みを持つ人はいっぱいいるだろうし、帝国を倒したいって人もいるでしょ。その鬱憤を、金にする」
「わたくしたちとの戦いをっ、ショーにするというのですかっ? あああああ、あなたは本当に、人の命を何だとっ?」
「万物平等に持つ物。だからウチは、せめて自分の周りの命だけは、死んでも守る。でも、あんたホント、分かってんの? ウチのダンマスは、本気で回りどころか、全部巻き込んで守るほんまもんの馬鹿。敵に回せば、死ぬよ」「
「ふはははっ、おひさしぶりですっ! このような、不遜な方っ、ああ、おもしろいっ、面白い! しかしねっ、ダンジョンマスターアスヤ、エトナ様を手引きし、王国崩壊の立役者。エトナ様はアスヤやその仲間を厚く遇すると提案しましたっ」
まさか、こんなところで、アスヤの動向の一端を知ることになるとは、思っていなかった。
ユイアにとってあまりにも僥倖。ずっと、知りたかった。知りたかったが、追うのを辞めた。
ユイアはアスヤになろうとしていた。アスヤにでもならないと、ダンジョンを守れない。
心を殺した。自分を殺した。ダンジョンを守るため。アスヤ、否、皆で作った街を守るため。奔走する忙しさ、前に進む充実感だけで、進んだ。
それでも本心は、ずっと、探したかった。会いたかった。
「アスヤの最後を、見たって言うの?」
「はいっ。彼は愚かにも、エトナ様の提案を断りましたっ。エトナ様と戦い、彼は敗れたっ。エトナ様のスキルは、帝国でも五指に入る最強の技っ。どうせあとでわかることっ。エトナ様のスキル、我流空間は、防御不可っ。しかし、さすがはアスヤ。最終的に、空間の断裂の間に敢えて突っ込んで、消えましたっ。まあ、そういう意味では死んでないとも言えますがっ、アレは通常、死んでますっ」
語られた言葉に、ユイアだけでなく、アシュリーも何かを察したように、笑った。
両者の笑いの意味が、同じ笑いでも一切違っているのが面白い話だった。
喜びと、喜び。同じ言葉でも意味が全く違うとユイアは悟っていた。だが、どうでもいい。
アスヤの居場所が、よく分かった。
「な―るほど。アスヤ、なんで帰ってこないのかと思ったけど、そう言う事か」
「何をおっしゃってるのですかっ」
「勉強不足だね、イレギュラーズ。彼女のダンマスには、一つのあまりに恐ろしいスキルがあるって言うのはもっぱらの噂だよ」
「噂? ああ、浅学で申し訳ないっ、教えて下さいますかっ」
「ウチのダンマスは、黄泉還る。つまり死にはしないのよ。にしても、女帝エトナ、中々やるわね。死なないからって言って、まさかどっかに吹き飛ばすなんて。笑える。ウチのダンマスってホント、笑わせてくれる、大馬鹿もんよ」
「確かに。馬鹿でしかない。死ねば楽だったろうに、まさか飛ばされるなんてね」
ふたりの余裕。確実に負いこみ、鮮烈な登場を飾ったというのに、その実、フェルデスは最早眼中にない様子。
フェルデスにはこの状況が我慢できないようで、へらへらと笑う顔に、一気に無が差した。
「それでっ? わたくしたちを、どう殺すと?」
「女帝エトナに伝えなさい。あんたらイレギュラーズをウチらダンマスが全力で潰す。勝てば、ダンジョンのルールを元に戻してもらう。負ければ、ウチらアスヤのダンジョン守護者は、あんたらの命令に全て従う」
「へえ……まあいいでしょっ、エトナ様は、あなたたちに大変興味を持っておられるっ。さぞやお喜びになるでしょうっ。ただまあ、少し足りませんっ」
「何が」
「このままではっ、馬鹿にされたわたくしの溜飲が下がらぬというものっ。殺しますよっ、あなたたちを全員っ」
「おぬし、トーアを殺しておいて、何を言う」
「正当防衛ですっ。では、どなたでも良い、謝っていただきましょうっ。これで手打ちですっ」
アルヴェンの怒りを軽くいなしたフェルデスは長い手を広げた。
まあ、理屈は合っている。どちらかと言えば、フェルデスは帝国の公権力なのだから。
やむを得ないと、アシュリーが動こうとしたその瞬間、ユイアが膝を折って、あまたを下げた。
「ほうっ、お嬢さん、あなたは本当に、良い人だっ」
フェルデスはユイアの頭を踏みつけた。
そのまま、革靴を捩じって、ユイアの額を、床に擦り付ける。
「貴様!」
「その足を離さぬか、下郎!」
「お黙りなさいっ! これは彼女とわたくしとの、一種の儀式っ! 覚悟ない者がそれ以上喋るなら、殺しますっ! お嬢さん、あなたはなぜ、こんなことを」
「ウチのダンマスはね……必要なら、頭下げるし、靴も舐めんのよ。プライドでかえるもんあんなら、ウチは迷わない。それが、ダンマスの代理してる、ウチのけじめよ」
「……またお会いしましょう。今日合ったことは罪には問いませんっ。では、良い夜をっ」
堂々と扉から出て行ったフェルデスを見送って、ユイアはようやく頭を上げた。
すぐにアシュリーが駆け寄って、ユイアの頭を軽く撫でるが、ユイアはその手を払った。
「ユイアちゃん……」
「分かりやすくなった。アシュリーさん、ホントはウチじゃなくって、アスヤに用があったんですよね。ウチが、アスヤを隠してると思ってた。違います?」
「……そうだ」
「はあ……まあ、いっか。んじゃ、迷宮遊戯の続き。まず、各ダンジョンマスターから6人選出する。これは何もマスターである必要はないし、勝ち上がれば一つのダンジョンから数人出したって構わない」
「決める方法は」
既に状況を飲み込み、ユイアを一人の人間として認めたアルヴェン。もう、話しは動き出していた。
「まず、格マスターは枠を合計六つ配る。それの争奪とする。金で買っても力で奪っても、何でも構わない。中にはこんなものに参加したくない人もいるだろうから、金が入ってウィンウィンでしょう」
「最初の6枠はどう決める」
「ウチのダンジョンで三日の間枠を申請してもらう。合言葉はウチの店で特性ラブラブオムライスを注文。あとはマジ公平にくじ引きにする。皆は出来るだけ広めてほしい、です」
「おぬしだけでも1枠を確定したって誰も文句言わないだろう。女帝エトナは、仇なのだろう?」
「あはは、面白いこと言いますね。じゃあぶっちゃけ聞くけど、ウチらに勝てると思ってる? 皆」
ユイアのプレッシャーに、その場の誰もが、一瞬とは言えたじろいだ。
ユイアは戦って来た。冒険者になって、守護者になって。潜った修羅場の数と、狂気じみた友の空気に当てられて、成長を続けたユイアにとって、敵を敵とは思えないのだ。
この感覚は、アスヤに近くなった、狂気の沙汰に足を踏み入れた証拠だった。
「でもそれ、本当?」
トーアが死んでも、ユイアが頭を踏み抜かれても、沈黙を保っていた少女、ショナ。
彼女は不意に席を立ち、グッとユイアに近づいた。
「あなた、思ってる以上に、自分がない」




