質の高い守護者
ダンジョンの守護者は誰でも良いわけじゃない。
その名の通り、ダンジョンのフロアを挑戦者から守る仕事が課せられるからだ。
例えば強力なモンスターを使役、もしくはモンスターブリーダーから買い取り、ダンジョンを守らせることが一つ。
もしくは、冒険者や暇をしている腕利きを呼び込んで守護をさせる。ここで必要なのが、防衛に適したスキルだ。ダンジョンの守護者の役目は基本的に挑戦者を削ること。殺すことじゃない。
殺さず装備を奪うサイドビジネスがしっかりまかり通っている。
まあでも中々いないし、いても金がかかる。
そう、ダンジョンマスターなんて、家業を継ぐか大成功者のサイドビジネス。新参がパッと手が出るものじゃない。
だから、面白い。無理だから、出来ねえから、俺は笑っていられる。
俺は俺の中の笑いに従う。誰かを笑わせたい人間が、笑いから逃げられるわけがねえ。
べっ。
俺とファルマは王国中を探し回った。誰にも依存せず、完結した唯一無二の強者を。
俺の理想のダンジョンを作り出すために必要なのは、凡庸な才能であってはならない。
「Sランク冒険者に、最も価値のある紙切れと呼ばれる血統書を持つモンスター。元奴隷の決闘者に、最強の血筋を継ぐ者。いねえよ! そんな奴に並ぶ奴!」
王国の外れ。冒険者も寄り付かない森の奥、丘を登りながら俺は叫んだ。
同業他社が揃える守護者はそんなものばっかで、とてもじゃないがマネできない。
道のりは長く、険しく、未来すら見えない。膝がガタつく程度に急だな本当に。
「ご主人様、誰に言ってるんですか?」
「気にするな、絶望的な対比に対するノリツッコミだ。このままじゃお前の餌代も賄えねえ」
「それは、ご主人様が酒場で全奢りして情報を集めるのがいけないんですよ」
俺の眼鏡にかかる人材はなかなか見つからないが、眉唾物の情報は酒屋で手に入れた。
嘘か真かで言うと多分嘘だ。
「先行投資だ。お陰でこの森に冒険者殺しの怪物がいるって噂聞けたべ」
「そうですけど……速く、形だけでも運営しないと、お金貸してもらえません。そうしたら、ファルマたちは首をくくらないといけないんですよ! 保険とかかけられて!」
「畜生に保険はかけねえ。それよりも――」
言葉を切った。
無駄話が全て一気に虚無になる。
脅迫じみた威圧感。恐怖を覚える存在感。認めざるを得ない、この場の支配者の風格。
長身。かなり背が高く、体格がいい褐色の男。ふたつの曲がった角を持ち、トカゲの様な双眼の片方には傷がある。金髪の随分癖がある髪型。ジーンズにジャケット姿。丈の長いシャツを着て手には皮手袋。少し焦げた地面に立つ姿は随分様になっている。
俺は察した。ああ、今自分は、死んだんだと。
「ったく、ここは騒がしくて溜まんねえなあ、お前も冒険者か? ぼっちゃん」
視界が回る。
不意打ちとは言え、まさか俺の首を一撃でもぎ取る程の力を持っている、か。
おもしろい。おもしろいやつを見つけたよ。いい、力だ、
「強いんだな、俺はアスヤ。お前は?」
「……おいおい、俺の知らない間に、殺したはずの奴が生き返る飛んでもねえ世界になっちまったのか? それとも、ここは地獄か?」
「こんな地獄は嫌だな、どんな地獄?」
「何言ってやがる!」
「ネタだよ」
有無を言わさず踵を上げて蹴り込んでくる。
こいつ、良く動きを見てるな。
こっちが集中しても避けきれないタイミングと場所を狙った攻撃。頭の回転が速いってレベルじゃない。
見えてるのに奇襲をかけられている気分だ。
だが、別に防ぐだけなら、俺の反応速度で申し分ない。
「面白い回答だ」
腕を横に倒して受けき――
「はっ!」
ピンク赤色に足が燃え盛り、打ち付けられると同時に俺の立つ地面がめり込んだ。
一撃、ただの一撃で腕をへし折られた。体を支える足、足を支える大地が同時に悲鳴を上げて大きく凹む。
なんて、重い攻撃……まるで超巨体を人型に無理やり押し込んだような筋力量。
その上で何だこの、炎は……意志を持ったように燃え盛る……どれだ、どれがこいつのスキルだ。
「俺の武器は超熟考。一瞬の間にいくつもの選択肢を作り出して最適解を必ず選ぶ。力と炎は、俺由来だ!」
空中弱跳躍。頭上で半回転して足を叩き落としてくる。
受けたら死ぬが、俺がここでシンプルに思考すると、奴の超熟考が勝る。
俺にとっての最適解が死ぬ。迷う時間は作っちゃダメなんだ。こっちには考える時間を与えず、自分は存分に思考して避けきれない場所を狙ってくる。
厄介だな。シンプルに後出しじゃんけんで負け続ける、か。
「でもそれじゃあ、面白くないよな」
「な……に……!」
馬鹿みたいな反応で身をよじって俺を蹴る前に地面に回転と同時に着地。あんな重そうな肉体してやがるのに、俊敏性と柔軟性は猫みたいとは、びっくり人間だな。
「手前、今、何しやがった? 何を隠していやがる」
「隠しちゃいない。お前にスキルがあるように、俺もあるだけだ」
お披露目といこう。異世界へこんにちはしたところで、俺のスキルは大したもんじゃなかった。ぶっちゃけ、あの幼女女神を出し抜くためだけに作り出した「契約」スキル。
自分でも思ってみなかった方法で、まさかの悪用が出来たとは、僥倖だよなあ。
見えない斬撃が、森の木々と奴に向けて破壊を披露する。
使えないスキルのはず。子供だましのはず、だが今、契約スキルは物理的攻撃力を得た。
「……なるほど、辿り着いた!」
地面を超脚力で低空跳躍。途中で回転しながら、炎を纏わした足が来る。
「竜の炎脚!」
「必殺技か、かっけえじゃん」
余裕というブラフをばら撒く。だが実質まずい。
こいつ本当に面倒くさい。短時間である程度の仮説を立てた上で一番の正解に辿り着きやがった。
正解だ。そんな速さで接近されたら、俺の斬撃は、無力になる。
唯一の突破方法は、危険を承知で恐怖をかなぐり捨てて、前に出る。
やりやがったな英傑野郎……さすがは酒場で噂の最強と噂の存在。異世界歴数か月程度の俺じゃ、ここまでか……
「十分、ピンチは楽しめたな?」
「あ? お前――」
「笑って、酔おうぜ」