渡る世間はガキばかり
「今日も角は立派なガキだな。ボトルキープ残ってるか?」
「あるよ。死ぬ度に減ってるが、まだある。今回はなんで死んだんだ?」
「女神に殺された。あの女神執念深すぎだろ」
「ああ、エクシアか。奴は神の忠犬だ。真面目が過ぎて同僚から嫌われてる。人生楽しんだかなんだか。ああ、天使に人生もクソもないか。はっは」
ガキは俺のキープした酒を注ぐと、小鉢と一緒にカウンターに置いた。お言葉に甘えて、席に座って箸をとる。梅水晶か。また器用なもの作ったなおい。
「今日は早く帰らなくていいんだな」
「ああ。ちょっと考える。幼女女神の機械に俺のスキルが反応しなかった。歴戦演舞があればあのロボットアーム位避けれそうなもんなんだけどな」
「スキルチャフだな。あいつの周囲4メートルの間でスキルは上手いこと使えない。その気になればスキルを無力化できるスキルを無力化する事さえできる。アームはあったか?」
「三本爪の奴が」
「エリュシオンアーム。あれはお前らの世界基準で宇宙で一硬い鉱石で作られている。まず壊せない。後浮遊能力もある」
けらけら笑うが笑い事じゃない。
恐らく、見えない斬撃も防がれること間違いない。というか、持っているスキルを含めてあいつと対抗できるものがあるかを、考えないと。
「うんま。腕上げた?」
「甘じょっぱく下げて見た。こっちでは味の再現度が現実を超えるんだよ」
「あんたが倒してくれれば世界は平和だけどな」
「俺はこの店があるから無理だ。そのために、お前を選んだんだがな……これ以上、俺を落胆させるなよ。今のところ、お前は面白い程俺を楽しいませてくれている」
ガキはだし巻き卵を器用に作りながら上へくるっと放った。
フライパンに落ちると同時に、ちょっと首を擡げないと見れないような場所にあるテレビが付いた。便利だな、魔法って。
映し出されたのは、俺がここへ来てからの道のりだった。
†
「あーやべ、たっけ。これ死ぬ? マジかよふざけんなってそういや確かに降りる時のことなんて一切考えてなかった。あー神様を出し抜こうなんて考えるんじゃなかった。やっちまったな――」
独白の最中、俺は地面にしたたか体をぶつけて一瞬で絶命した。
死んだ世界は真っ暗で、またあのクソ不遜眼鏡のいる場所に連れていかれるのかと思ったが……違った。見えたのは、天へ上るような白い階段。多くの光が、吸い寄せられるように階段を上っていく。
体感でしかなかった。俺は体感と直感で、あの階段を昇れば楽になれるって、思った。
一歩、踏み出した。極楽への道を、踏み出した。
同時に、違和感も踏み抜いていた。肌がひりつくような、どこか胸が速くなるような焦りに似た、違和感。
俺は立ち止った。ここを登ったら、楽にはなれるが、楽しくもなんともねえって、気がした。
暫くすると、地面から黒い手が伸びて、俺の体を地面にそのまま引き込んでいく。
ああ、墜ちていく。絶対上ってった方がよかったもんな、なんでこんなに間違った方を選んじまうんだろうな。
案外、ゆったりと落下した俺は最後の最後で掴まれた腕に投げ飛ばされて、小さな小料理屋を見つけた。
おあつらえ向きの行灯。こんな漆黒の世界で、行くしかない、頼るしかない灯があったら、夏の虫でなくとも吸い寄せられちまうよな。
どうせ一度や二度死んだ身だ。これ以上何があったって悪くなることはないはずだ。
迷ったら、面白そうな方向に行けばいいって……おじいちゃんは公務員だからそんなこと言わないか。
「ちっす」
「らっしゃい」
二本の角。銀髪に忠誠的な顔立ち。顔にはタトゥーなのか模様なのか分からない物が入った……ガキだ。ああやだ、さっき出し抜いて来た幼女女神を思い出しちまう。
店内は奥にボックス席。後は大半、カウンターが占めていた。雰囲気あるな。雰囲気だけ。
「ここは?」
「どこだと思う」
「……場末の居酒屋?」
店主のガキは空からと豪快に笑った。ああ、この笑い出来るのはもう、たぶん見た目で判断できない。相当、年とってる。デトックスか。
「ここは時間の流れが外の世界とは違う僻地だからな。俺が何歳かは関係ない」
「心を読まないでください」
「まあ座れ。飲むか? 全部ノンアルコールにしておいたぞ未成年」
「しといたって……俺が来ることが分かってたみたいな」
「分かってたってか、俺が連れて来た」
グルグルと記憶を辿ると、確かにそう言えば、この世界に来るのと、この居酒屋に来る時と、同じような雰囲気で来た気がしないでもない。
だとしたら、このガキはあの女神の仲間、か?
「仲間じゃない」
「会話が楽で助かります。じゃあ、敵?」
「明確に。介入は初めてじゃないが、喜ぶといい。お前は俺に選ばれた」
小鉢を出してきた。たこわさかな。これタコ? この世界にタコいるのか。うわやだな、死体沈んだ海に生息するねばねばついた変な奴だったら。
「養殖だ。それは和食だが」
「ばりおもろいやん」
「殺すぞ、食え」
味もしっかり美味しい。
さて、たこわさのピリッとしたからさのお陰で大分整理がついた。箸が進み過ぎて話が進まない二律背反を背負いながらも、会話を試みてみよう。
「俺があの幼女女神を出し抜いたから、気に入ってくれたのか?」
「エクシアは女神の中でも馬鹿が付くほどクソ真面目だ。今回は他者のミスで偶然お前があの場に行き、必然としてエクシアのミスを誘発させた。奇跡に近い噛み合わせがなければ、お前は奴を出し抜けなかった。200以上の連勤のせいかもしれないが」
「後者に清き一票」
「お前なら奴を倒してくれると俺は考えた。だからこそここに引き寄せたんだ。ここはエクシアの管轄外で、別の神の管理区域。エクシアは力を十割使えない上に、別の神はいない。アングラ異世界なんだよ」
「すっごい嫌な名前の世界だな」
ガキは「そうだろ?」と、ボトルのノンアルドリンクをグラスに注がれ、ロックで戴く。うん、リンゴジュースだ。しかもたぶん生絞り。ノンアルって言うかソフドリじゃねえか。
「飲みにケーションの文化がなくとも、奴らは堕落しない完璧な生き物だ。唯一の弱点は完璧すぎて殺せないところ」
「俺が相手取ろうとしている相手、強すぎないか?」
「そうだ。お前は俺の代わりに奴を殺せ。奴の命がこの世界に散る必要がある」
「だけど俺のスキルは、紙とペンを出せるくらいだぞ」
紙とペンをカウンターに出して置いて見せた。契約スキル。誰とも契約していない状況では、何にもならない雑魚スキル。本当に、我ながら刹那的な人生だなって思う。
もっと、口から火を出したり空を翼で飛んだり変身出来たりするスキルにすればよかった。ああもう、じゃあ、ドラゴンにしてください。生まれ変わったら。
「十分だろ。才能に満ちた未成年、俺がお前が死ぬ度に蘇生してやる。代わりにお前は俺のために働け。これは、魂で結ばれた契約だ。もし破ればお前は、消滅する」
「消滅したらどうなるんだ?」
「ボトルが増えるだけだ」
え、ちょっと何俺に魂戴かせちゃってんのこいつ? まさかこのタコも、元はなにかの魂……
「タコはタコだ。ソウルドリンクをお前に飲ませるかよ。これは極上の一品だ。契約を結んでやるのと、しばらくここで契約スキルをいくらか強化しろ」
「強化?」
「ああ、ゾンビアタックだ」
嫌な笑みを浮かべながら、ガキは名前をさらさらと書いた。
ルシ、エル……それが、このガキの名前か。すっげ、達筆だ。俺より全然うまい。
「これでも昔は優等生だった。この世界は痛みは外の世界の数万倍だ。もちろん、脳が知覚できる痛みに限界はない。何度死んでも生き返らせてやるから、耐えかねたらいっそ死ね。腹は減らないし、眠くもならない」
「一つ聞いてもいいか? あんたの目的は、なんだ」
「なに、少しばかり、神になりたいと思っただけだよ」




