ご令嬢との謁見
マスクでくぐもっているが良い声してるじゃないか。
ゆらっと立ち上がったかと思うと俊敏な足運びで間合いを詰めてくる。
しなやかな加速と確かな剣閃が俺の咽喉を狙う。鋭くも重々しい、強い剣だ。
こいつ、戦場で剣を振るってきたタイプの剣筋だな。今まで戦って来た奴らとは違う。命の奪い合いで磨かれた戦の剣。
それでも、俺の見えない斬撃は見えないだろう?
黒剣士にぶち当てたはずの斬撃を、あろうことか、奴は叩き切った。
おい、見えねえはずなのに、叩き切るってなんだよ。
赤々と燃えるようなオーラを放つ黒剣士と剣。これはスキルじゃない、魔力を極限までブーストに使った、脳筋ごり押し魔法。
しかもオーラが動きの起こりを見づらくさせてやがる。ゆらゆらと掴みどころがない。
こいつ、その辺の雑魚とは格が違う。
「貴様、何者だ」
「ダンジョンマスターです」
べっ。
「死ね」
「ストレートなの、好きよ」
落としていた剣士の剣を拝借。
歴戦演舞、スキル深化――
蓄積された戦術データを降ろす。副産物で、魔力による身体強化もプラスされる。
対峙する、好敵手同士。ずりずりと地面を削りながら、黒剣士の姿勢が低くなる。
本気で俺の命を取る気でいるのが満ち満ちて分かる。なんなら、喜んでいるようにすら見える。
動きひとつとっても、判断ひとつとっても、こいつは手強い相手だとすぐに理解できた。
それでも俺の契約スキルは、あいつが汗水流して作り上げたもの、訓練の成果物、全てをスキルひとつで模倣する。
……おもんねえな、俺の契約スキル。
思い立ってしまった事実に、俺は急かされるように歴戦演武を解いた。
「何のつもりだ」
怪しむというより、困惑に近い様子で構えたままの黒剣士。問いかけてくる言葉には、どこか残念そうな様子も見て取れた。
思えば俺は、人の力を借りるだけで、自分で想像したことなんて、無いんだよな。
よし、じゃあ、やってみようか。
歴戦演舞なしの状況、可能な限り、低い姿勢まで落として足を広げる。
くしくも、くしくも、構えは鏡写しのように、同じだった。
固唾を飲んで見守る兵士たちは、誰一人として俺たちの戦いに割って入ることは出来ない。
まさに、次元が違うんだ。
風が、俺たちの間を唯一抜ける。開戦の時を、あまりにも容易に知らせた。
一閃――
互いに位置が交錯し、入れ替わる。
この戦いに入ってこれるものなら入ってくればいい。命の保証は最初から、ない。
かなり久しぶりに、俺は右頬から流れた血を指ですくって地面に払う。
四度だ。
一瞬斬り結んだだけで、俺は四度攻撃を避け、奴は二度俺の攻撃を捌いた。
「ゼロネ様が、決めきれないだと」
兵士たちの間にどよめきが広がった。この勝負を固唾を飲んで見守る覚悟はある。
しかし万一にも、この黒剣士が破れることがあれば命を賭して強襲する心づもりか。
はっ、おもしれえ。スキルなんて使わない方が、純粋に楽しめる。
俺は冒険者にならなかった理由は、ダンジョンの攻略が楽しくなかったからだ。
咄嗟に作ったスキルが強すぎただけ。俺が本来面白いって感じる瞬間は、逆境。
借金も消えて、俺からしたら暇でしかないんだ、今の世界は。
「そこまで」
良く通る、透き通ったような声。
全ての兵士が跪き、黒剣士も剣を引いた。
振り返ると、水色のショートカット。雪の結晶の髪飾りがキラッとかわいい。
白いファー付きのマントは暖かそうなのに足は出ているし肩も出ていてちぐはぐだ。
ちぐはぐだが、全部含めて、綺麗な人だなって、思う。
彼女はゆっくり俺の前に来ると、首を少しだけ傾げた。
「ゼロネ。まさか負けたん?」
「……お嬢様、ご冗談はおやめください。これからです」
「あなたが瞬殺できん時点で、相当強いんやろ? この人。初めまして、私はエトナ。帝国第五皇女。こっちはゼロネ、私の騎士で、帝国最強の騎士」
「ダンジョンマスターのアスヤです。お初にお目にかかり光栄です、皇女殿下」
跪いて心臓に手を添えた。これで手にキスでもすれば完璧なのかな。いやもうわからない。
帝国最強の騎士に、帝国のお姫様。こーれは最初からテンション爆上げですね。
静まり返った雰囲気は畏怖の念よりは尊敬に近い。ただ、ここに来ただけの一瞬で、彼女がどれだけの尊敬を集め、慕われているのかがよく分かる。
だって、どいつもこいつもさっきと違って剣を降ろして跪いている。まるで、俺がどれだけ暴れても、彼女が安全だといわないばかりに。
相当な手練れの癖に、まだ本気を出していない最強の騎士を擁するとは笑えねえ冗談だ。
「こーら、ゼロネ、お客さんなら、きちんと通さんと」
「侵入者です」
「皇女殿下、私は誰も傷つけておりません。ちょっと質問に迷っていたらあれよあれよと囲まれて、挙句の果てに、その者に、死ねなどと、おぞましい言葉を」
「貴様――」
「あかんよ、ゼロネ。それはあかん。もっとあかんのは、戦いがたのしいからって、手加減して長引かせたこと」
反論をすることもなく、黒剣士、ゼロネはゆっくりと下がった。
「ごめんなぁ。強いは強いんやけど、茶目っ気があって。それで、アスヤさん。どこからおこしで?」
「王国の――」
「いいや、そうやのうね、前世は、地球のどこにいたのかって、話し」
空気が一変する。
ああまあ、そういう話もあるよなって言うか、そりゃそうだよなって感じだ。
異世界、つまり元の世界から来たのが俺だけとは、誰も言ってないんだから。
うっすらと冷笑を浮かべるお姫様の前に立った。身長差。見上げていた顔が少し下に来る。
「放課後カフェに寄って駄弁るJKが嫌いだった」
「色々分かったわぁ。そんな死語、久しぶりに聞いたわ。先輩には敬意を払わないとね」
「焼きそばパン買ってこい」
「望みはそれだけ?」
「財務大臣かそれに近い役職の人に併せてくれたら嬉しいです」
「ああ、お金が欲しいん? まあここで話すものなんやし、どうぞ」
第五皇女、エトナ。奥に聳える巨大な帝国の城へでも案内してくれると思ったら、その辺の詰所から持ってきた質素な椅子をご案内くださった。
ああ、ここでお話しするのね。緊張するなぁ、兵士いっぱいいるし、黒剣士の方は煽りすぎて今にも殺されそうだし、こいつ強いからやなんだよなぁ。ああでもこの椅子、管理室の椅子よりもいい椅子だ。
「それで? なんでまた、王国のダンジョンマスターさんが、帝国にまで来てお金を借りたいん? あなたのとこには、巨大な金庫があるやないの」
「アイアンバンクのエース営業マンと喧嘩したんで金を返済して縁を切ったもので」
「ふはっ、なにそれ、おもろいなあ。まあ、私もアイアンバンクは好きやないんよねぇ。知ってる? あいつら、ウチにも王国にも金を貸して武器を売って、挙句の果てには亜人を売って、火種を加速させてったの」
「その歴史は別に知らないけど、あいつらならやりそうだなとは思う。いつの時代もどこの世界も変わらないな。小さい戦争が頻発する位が儲かるのは」
「そうね。それでね、亜人を国民として迎え入れたのが帝国」
「奴隷として金を生み出したのが王国。まあそうはいっても、魔法を信仰して侵攻の手を緩めないあんたらの方が世界の敵だがな」
「道理が通らないことはしないってのが、帝国の国瀬なんよね。だからさ、敵国に金を貸す意味がないってわけ」
「なら最初からそう言えばいい。わざわざ俺とお話しした理由は何だ?」
「面白そうだから」
「……確かに。王国の中に帝国資本のダンジョンが建ったら、ちょっとおもしろいな。だけど、もっと面白いことがあるんだよ」
「へえ、私の想像、越えてくれるん? それはちょっとどころじゃなく、面白そう」
どうして異世界からくる人間ってのは、俺含めて面白そうなことに全てを捨てられる。
よっぽど前世が楽しくなかったか、死ぬときによし、来世は本気だそって意気込んだのか。
「ああ。とりあえず、ある程度は形になってるから案内させてくれ。俺のダンジョンを」
「そうやね。ええよ、騙されたる」
「皇女殿下。ご外遊されるのでしたら、お父上にお知らせするべきでは」
黒剣士、ゼロネの意見を完全に無視して、エトナは笑った。




