美しく散る
「意外に頑張りますね、マスターさん」
「お前の想定過小評価すぎて泣いた」
どっかへ消えちまったゼラールはさておいて、ルダウは意外と粘っていた。
トンボの精霊を呼び出して完璧夏―マンセルも、あいつに当たる寸前で避けられる。
それも、紙が風に凪いでふわっと浮かぶみたいな奇妙な軌道で避けられる。
厄介だな。俺の歴戦演舞とトンボ精霊を駆使しても何故か詰め切れない。
「あー、ちょっと休憩でもするか? 素手と鎌って怖すぎる」
「余裕ですね。本当に、あなたは楽しそうでもなんでもないのに、なぜ戦うんです?」
「世界を笑顔で溢れさせたいから」
「不快ですね。こんな世界を笑わせるなんて、業の深いことで」
「男はその位が丁度良いんだ」
「男尊女卑ですか? 汚らわしい」
「ハイそんなこと言ってません止めてくださーい。燃えたくないです」
「魔法を使わないのは、相性が悪いからですか?」
「その異世界天然ボケ止めてくれ」
「あなたの言葉は、一々分からない」
「分からないのはお前が俺を理解しようとしてないからだ。こい、抱いてやる」
「セクハラですね」
「ハイ止めてください、何でもかんでもハラスメントでじゃあこっちは精神的に不調を訴えます。産業医に殺されろ馬鹿が」
「口が悪いですね。本当に、頭はまあ、そこそこ良いのに。ああ、逆ですか、頭がいいからそんなバカみたいに悪口が出るんですね」
「馬鹿みたいは余計だ馬鹿」
「あなたと話していると、頭が痛く……悪くなりそうです」
「なんでわざわざよくない方で言い直す」
最悪な口撃の最中も、俺たちは管理室をボロボロにしつつ、壊滅しないギリギリの攻防を続けていた。
ちなみに、奴のスキルを看破しようとしたところで失敗した。こいつにスキルはなぜか通用しない。面倒くさいこった。
他の連中がどうなったのかも気になるし、さっさと終わらせるか。
「お前、元々は帝国で戦争してたって?」
「どこでそれを?」
「天井に張り付いていた奴が落ちた時に吐いた」
「……そうです。僕たち三人は、元々帝国の前線で戦っていました」
「その頃から良いチームだったなら、生き残ってこれてたなら、気付けないのはどうい了見だ? ええ? ウニ頭」
「あなたとの力の差なら気付いていますし、他のふたりはあなたと戦っても大した成果を上げられないと思ったからです」
「自分なら勝てるって? ほんとお前は」
見えない斬撃を俺の後ろから放つ。
同時にしゃがみ、低弾道の俺と斬撃の二段攻撃。
これにはスキルを殺し、致命傷にはならない俺の拳は受けることを選択。
だが、俺のスキル、弱点破壊は生きている――
腹を思い切り殴った一撃は、奴の意外とある腹筋に防がれた。
「うぐ……昼ごはんが、出るところです」
受けきり、鎌が来る。
トンボの精霊を間に挟んで、俺は後方へ下がる。床を滑り切ったところで止まり、再度アタック。
なるほど、ある程度は理解できた。問題は、間合いか。
小ジャンプ。
大きく振りかぶった右手をあえて空かせ、グイっと腰を大きく曲げて側頭部を狙う。
器用に鎌の柄、一点で防ぎ、逆に蹴られた反動で刃が下からぐるっと回る。
厄介だな。生きてて鎌と戦ったことがない。
歴戦演舞で刃の腹を肘で弾き飛ばす。さすがにバランスは崩れ、それ以上の追撃は叶わない。
両者、再び対峙する格好に。
「あー、疲れた。休憩しよう」
「もしかして、見た目よりお年を召していますか? 優先座席をご案内します」
「はい殺す」
膝蹴りかますが、小さい掌で受け止められる。はい、俺の勝ち。
武器も振れない近接距離で、拳を肩と首の間にぶち込む。
「死ね、三半規管」
「つ、く……」
よろめき、顔面をデスクの角にぶつける。鼻から血を出しながらも、鎌の刃を地面に刺して身を預けた。
辛うじて、立っている状態で俺に対峙した。
「質問に、答えます。僕らは別に、同じ思いで、帝国と戦争していたわけじゃない」
体を休めるためか、隙を伺っているのか、心が通じ合ったか、ルダウは話し始めた。
「ある者は、次代を担う若者のため。ある者は、自分が背負った多くの者のため。戦争を続けていました。僕は、そうですね、確かめたかったんです」
「確かめる?」
「はい。僕は、そこまで多くの者が愛する、帝国が本当にその価値があるのか見に行きました。案の定、彼らは命を捨てて戦っていて、僕は嬉しかった。ああ、本当に大きくて、美しいものをぶっ壊せるって」
瞳に宿る禍々しさ。これはもう、人が持っていていいものかどうかも怪しい。
高圧的で、触れることを体が拒否する程の、歪んだ何かがルダウの周りを渦巻いていた。
「でも、違いました」
ふと、ルダウの前から毒気が消えた。
「彼らが守りたかったものは帝国ではなく、そこに住まう大切な人のため。国のため、人のため、全てが守りたい、なんて簡単な言葉に希釈されていました。がっかりしました。ああ、この人たちも、僕の両親と同じなんだって」
「両親に愛されていた人間の言葉としてずっしりくるものがあるな」
「はい。愛されていました。僕のスキルは全てを拒絶します。それが嫌で、両親は僕を傷つけた。斬りつけて、殴りつけて、罵詈雑言をかけた。それでも僕は、両親が好きでした。だからずっと考えました、これが愛情なんだって。気づいた時、僕は両親を最大限の愛情表現で、殺しました」
ゆらり、とルダウは鎌を床から引き抜いた。
対峙する。
この日初めて、奴は能動的に俺を見た。その瞳が人の物だって、俺は自信を持って言えない。これまで出会ったモンスターたちは、基本人に従うデザインされた怪物だった。
こいつは本物の、怪物。この世界に来て初めて出会った恐怖に似た何かを持っていた。
「僕にとって壊したり殺すことは、最大の愛情表現なんですよ、ダンジョンマスターさん」
「キュン、とでも言うと思ったか、この異常性愛者がとは言いません。人には人の乳酸菌じゃボケ」
「本当に、口が悪い」
俺に馬鹿ドラゴンの力があれば、こいつを押し切れる。
どれだけぶん殴っても、こいつの手前でぐにゃっと曲がるような変な感覚が来るせいでやり切れねえ。
どのスキルも手前で曲がる。物理的に屈折するわけじゃなく、本来の力を発揮できないということが正しい……。
待てよ、じゃあ何でこいつ、斬撃は常に避けるんだ?
頭の中でピースが組み上がっていく。パズルのピースは揃ってるが、不器用な俺が揃える前に、鎌の切っ先が思考を切断した。
「あなたにとって、人の命を奪ってまで手に入れたいモノって、何なんですか? 皆を笑顔にするって、何ですか?」




