最適解
「久しぶりね、ドラゴン族の、面汚し。あんたの噂、後から調べたけど酷いものね。誰彼構わず皆殺しの辻斬り。これ以上、ドラゴン族の評判を下げてくれないでくれる?」
水色の長い髪。スタイル抜群で美しいドラゴン族の女、ヴィアン。
余裕をもって、鬱陶しそうに侮蔑の瞳を向ける彼女の前で、ドラーゼは笑った。
「なーにが評判だ、トカゲ女。ドラゴン族どうし、仲良く同窓会でもしようや!」
地面を蹴り上げ、一瞬でヴィアンへの距離を詰めるドラーゼ。
拒絶するように水の壁がせり上がり、ドラーゼの足を絡めとって衝撃を封殺。
分かってると言わんばかりにドラーゼはさらに回転して壁を吹き飛ばし、抜け出す。
距離が僅かに縮まったところで、ヴィアンの水槍がサイドから飛ぶ。
「はあ!」
二連撃。それも、左右に飛ばす人間離れした攻撃を繰り出し、ヴィアンに向かう。
しかし、攻撃は透過され、床板をぶち抜いて終わった。
「本当に、品がないわね。分かってるの? あんたが悪役ぶる度に、私がせっかくやってきたことが無駄になるの」
「なーに言ってくれちゃってんの? お前」
ヴィアンが何を言っているのか、その実ドラーゼはよく分かっていた。
ヴィアンはS級冒険者として人気を博している。かつて参加した帝国との戦争で活躍し、今では色々な商品宣伝広告塔になっている。
彼女こそがドラゴン族で、それ以外は邪竜と呼ばれるほどに。
「私の夢を邪魔しないでって言ってんの」
「昔のことばかり気にして、ふけるぜ、おばさん」
「殺す!」
「ありがとよ!」
殴り合い。
驚くべきことに、ふたりの筋肉量にそこまでの差はなかった。
若干、ドラーゼが上回っているが、魔法とスキルを繊細に使う分、ヴィアンがやや有利だった。
水の壁を立てて距離を測りつつ、時折地面から水弾を撃ってドラーゼの最適解が出した攻撃をかわす。
最適解が出した攻撃に対して最速のカウンター。出てしまったものはもう変えることが出来ない。究極の最適解返し。
攻撃を受け流すんじゃなく、真っ向から喧嘩を買うスタイルのヴィアンを、ドラーゼは圧倒しきれない。
「魔王との戦いでドラゴンが悪役に立たされた。討伐され尽くして生き残りは僅か。私はね、あんたのことも、救いたい。私の夢は、ドラゴン族がまた一つになって、笑顔で居られる世界を作ること」
攻撃のバリエーションがさらに増える。水に光が反射して、簡易的な目晦まし。
直撃したところでドラーゼの背後に回り、背中を掴んで床に叩きつける。
床板事ぶち抜いた上、さらにヒールスタンプ。設計上存在しないはずの下層に叩きつけられた。
照明と灰色のコンクリ床に叩きつけられ、ドラーゼは頭を抑えながらゆっくり起き上がった。
水の階段を作り出し、ゆっくり上から降りてくるヴィアンは証明の光を背後に受け、輝いていた。
まるで、ドラゴン族の今後を背負っているかのような、風格。事実、実力も資格も十分にあった。覚悟すら、あった。
ヴィアンはドラーゼに手を差し伸べた。
「私と一緒に来なさい。あんたは強い。私と一緒に来れば、互いの夢が叶うわ」
差し伸べられた手。十分すぎる雰囲気を背負ったヴィアンの神々しさも重なった。
差し伸べられた手があまりに、ドラーゼにとって禍々しく見えた。
「きたねえもん、俺に見せてくんなよな、ドラゴンコンプレックス女が」
手を弾いた。
不思議なことに、最初に差し伸べられた手と、あまりに、重なることがなかった。
ただただ禍々しく、ただただ気味が悪かった。
「諦めないわよ、あんたのこと」
「だったら殺して思い出にもするんだな、俺の躍動は、俺の命は、俺が燃やせねえ!」
足元から炎が飛び出し、足に纏わせる。
反応して、ヴィアンの周りを水が浮かんで舞った。
攻撃が透過する謎のスキルと、攻守のバランスを引き締める水魔法。
魔力の利用が失われて久しい今、ふたりの魔力遣いはS級冒険者パーティーの魔法職を圧倒するレベルにまで仕上がっていた。
(とは言っても、こいつの透過のからくりが分からなくちゃ、俺は死ぬ)
最適解が導き出した答えは、反応に追いつかないレベルで思考と反射を融合させた一撃を加えろ、というものだった。
しかし、攻撃の起こり、攻撃の着弾点を水の壁が確実に抑えてくる。
最速がそこそこの速さに沈められ、攻め手を限定される。
唯一、魔法もスキルも攻撃系ではないため、ドラーゼが押されることはない。
ただ、前回もそうだった。
攻撃を完封し、最後に見せた隙を狙って必殺の一撃が襲い掛かってくる。
「足元が留守よ!」
攻撃へのスイッチ。水槍と足元を薄く流れる水の塊が相まって、膝に一撃貰う。
水槍よりも、後からくるヴィアンの掌底打が厄介だ。衝撃が皮膚も筋肉も骨も透けて心臓を撃ち抜いてくる。
右腕を差し込んで一気に払い、胸を押して距離を取る。
いつの間にか攻めと守りがスイッチする妙な戦い方。常人ならば既に死んでいる。最適解が出す最適の回避が、必殺に近いヴィアンの攻めを僅かにいなしていた。
「なあ、あんたは笑ってんのか?」
「あんたよりはね」
「そうかい。俺の今の雇用主ってーの? ヘボマスターは、いつもいつも、腹が立つ程おもんねえことを言ったり、やったり、してくるんだよ」
立ち上がり、この合間にも最適解はヴィアンを出し抜く算段を思考し続ける。
水の壁の間合いは、距離を取ればヴィアンのアクションを隠し、近づけば水に動きを絡み取られる。別に強くもない魔法を自身の戦闘力ありきで強力な攻防一体の魔法へ進化させた。
単体での戦闘力も高い。引いて守り、崩れた相手へ致命的なカウンターを押し付ける。
油断と焦りが生む僅かな隙間で心臓が持っていかれる、笑えない不等価交換。
「人間とドラゴン族は違うわ。あんたがそうやって奴隷の主従関係を結ぶように、私たちは分かり合えないの」
「それは大いに同意だ。俺もあのヘボマスターをいつか殺して自由になる。あいつが俺を楽しませる限りは、生かしてやるがな」
「子供みたいなこと言ってるあんたを見ると反吐が出る」
「もう自分にはできないからか? 年増ドラゴン」
「ぶち殺すって決めたわ。今明確に、あんたはもう、いらない」
「そうやって捨てて行け。大事なもんは、面白いもんは、最後に残ったもんさ。あんたには何が残るんだ?」
「ほっと、ムカつく」
手刀と足が交錯し、衝撃波がコンクリに亀裂を生んだ。
ふたりの間に隔たる、決して分かり合えない頑固な思考。
見えているものがまるで違う。
どちらも自分が正しいと信じて行動し、殺し合う。分かり合う必要を、ドラーゼはヴィアンと違って感じていなかった。
ドラーゼにとって、ドラゴン一族の命運は、どうでも良い物ではなかった。
むしろ、誰よりも自分が考えていると自負していた。
そこだけが、ヴィアンが推し量れなかった唯一の、誤算。
最適解が唸りを上げる。頭の奥で、ドラーゼの意志に従って最高の回答を捻り出す。
「息切れしてきたか? お姉さん!」
「死ね、クソガキ!」
水を貫く足の速度が勢いを増していく。薄い水の壁程度では、熱い思いを滾らせたドラーゼを止めることが出来ない。
ヴィアン、水の壁の火力を上げる。地面から襲う水弾も数を増し、水のレーザーが辺りを行きかう。
自分を隠し、好きを狙って攻勢に出る。
繰り返された攻防の最中、ドラーゼは答えを見つけた。
答えは、宙。
水壁の、力がほとんど奪われない、その癖視界を遮る絶妙なポイント。
タイミング、場所、技選択、全てを賭けた一撃が撃たれる――
しかし――
ドラーゼが穿ったのは、水で象られた、あまりに精巧な身代わり(デコイ)。
「本当に、ガキ」
「後ろかよ」
思考が加速し、最適解が現実から意識を乖離させる。
グルグルと壊れてしまった最高の頭脳が、限界だと弱音を吐き出した。
隙のない防御、透過し、攻撃さえ透過させるスキル。
絡まり合った要素が、夢幻の計算式を弾き続け、エラーを吐き出した。
(くっだらねえ、俺は、こんなところで、終わっちまうのか?)
無限の思考が、地の底へ落ちていく。
攻撃を封殺され、受けることもままならない攻撃を受ける。
自分は一番強い存在じゃない。ドラゴン族を背負う、まるで勇者の様な存在を前に、気圧されてしまった。
(ここで死んだら、あのヘボにまた、助けられるのか?)
初めて会った時から、アスヤはどんな方向であれ、ドラーゼを笑わせて来た。
その実、自分は一切笑わず、仏頂面か、嘲わらうような表情ばかり。
逆に、笑っている時は大体、窮地に追い込まれているか、強敵と戦っている時。
自分では、アスヤを追い込むまでにも至らないのかと、無力さを噛み締めていた。
冒険者を倒し続け、アスヤの背中に追いついたと思った矢先に、ヴィアンが現れた。壁を前に聳えたつ壁に、うんざりした。
自分がそうであるように、アスヤもボコボコにすれば、笑うことがあるのかもしれない。
こんなところで倒れることは、ドラーゼのプライドも、最適解も、許さなかった。
(超えなきゃいけねえもんが、多すぎるぜ、本当に)
最適解をフルに稼働させる。
ヴィアンのスキルの詳細が分からない以上、最適解は既に最適解ではない。
が、ある程度の予測を立てて戦うことは出来る。
この土壇場でドラーゼが叩き出した答えは、勇気をもって最適解をかなぐり捨てて掴み取る、あてずっぽう――
「……ごっは……あんた、どうやって」
「あー? 勘だよ」
ドラーゼの炎を纏った手刀が、ヴィアンの右腹を貫いていた。
水の壁を焼き、ヴィアンの体をも焼き切った、まさに意趣返しの一手。
ただ、見ていなかったせいで、心臓は余裕で外してしまっている。
口から血を吐き、血の気が引いた様子のヴィアンが抵抗のため腕を上げるが、足を振るって腕をへし折った。
「お前のスキルを、俺の最適解はお前の意志で発動していると判断したが、俺は別だと思った。第三者が見ている部分が透過する。そうじゃないか?」
だからこそ、足裏など地面に面している部分は透過しなかった。
水の壁を割って死角を突いた攻撃には、透過ではなくデコイを使った。
思考を元に最適解すら選択肢の一つにしたドラーゼの選択が導き出した、勝利だった。
「お前さ、散々、自分がドラゴン族を背負うとか言ってたが、ありゃなんだ」
「なんだって、何……私は、あんたと違って、仲間の運命を――」
「考えちゃいないね、お前は、夢を見ているだけだ。お前の方法じゃ、精々強さを証明し、アイアンバンク辺りに買われてダンジョン攻略に使われるのがオチだろ」
ヴィアンは口を噤んだ。最早、何か答えを出せるほどの余裕はない上に、ドラーゼの言い分が尤もである事を理解していた。
「だからこそ、それでもって抗えば、いずれ――」
「いいや、分かり合えねえ。だから俺は決めた。俺は、魔王になる」
突拍子もない発想と口にするにもおぞましい言葉に、ヴィアンは思わず血と共に叫んだ。
「ありえ、ない!」
「いいや、俺は全ての恐怖も、憎悪も、全て好みで受けきるさ。一族を守りたいなら、口先だけでなく態度で示せ。俺は必ず、魔王になって他がかすむ程の圧倒的な邪竜、いいや、魔竜になってやるよ」
「馬鹿な、こと……出来るわけがない」
「恨み節は墓場で言ってな、弱者。お前はもう食い飽きた。これ以上、俺を深化させることは、ない」
背中を向ける。背後でどちゃりと倒れる音が聞こえて、ドラーゼは息を吐いた。
全身に広がる痛みを片手で抑える。
(あの最中だぞ、クソドラゴンが)
完全に虚を突いた一撃の中、ヴィアンは抵抗の一撃を加えていた。最早、これ以上の継戦能力はドラーゼになかった。
だが、ドラーゼは胸を力いっぱいに抑えて、痛みを上書きさせた。
行かなければ、ならなかった。馬鹿が、どんな馬鹿面をしているのかを、見るために。




