最速の覚醒
『ソレドラス、ヴィアン、お客さんの相手をしてもらっていいですか?』
小さな子供の声が響くと同時に、ユイア、ドラーゼの前に圧倒的なプレッシャーを放つ人影が現れた。
逆に、今までどこに隠れていたのかと思う程の濃密なプレッシャーに、ユイアはたじろぎ、ドラーゼは笑った。
「馬鹿はや女、俺はやるぜ、悪いがお前を守るつもりはねえ」
「あーしの心配してる暇あんの? ボコボコトカゲ」
「死んだ方が、メルフィの店で昼奢り3回な」
「乗った」
互いに別れ、マッチメイク完了。
ユイアが相手取るのは、白髪でガタイの良い男だった。ワイシャツを肘まで捲り、サスペンダー付きのパンツのみ。おおよそ、ダンジョンでは見ない格好で、持っている物は細剣二刀流。
彼の名は、ソレドラス。細剣二刀流の使い手で、かつてユイアを圧倒した人間。
「お嬢さん、せっかく拾った命を、捨てに来たのか?」
「ううん。違うよ」
無表情を置き去りにした、真剣な表情に、煙草を口にしていたソレドラスはさらに上から高圧的なプレッシャーを放つ。
歴戦とは勝利でもなく時間でもなく、どれだけ生き抜いたか。戦いの勝敗問わず、どれだけの数、生き抜いて来たかだ。
その点、ソレドラスはあらゆる戦場、迷宮で生き抜いてきた。ダンジョン攻略を生業とする冒険者になる前は、前線で帝国に恐れられた真の騎士だった。
「俺はな、歳で一線を退いたんだ。王様が、俺が前で戦うより、俺と同じ腕前を増やせってさ。最初はイラついたが、徐々に育てるってことの、後世に伝えるってことの面白さに気付いたんだよ、俺は」
「お話、長くなる? あーし、速く超えなきゃいけないでっかい壁があるんだよね」
「すまんな。育てに育てた愛弟子を、お宅のダンジョンで失ったもんでね」
煙草を指ではじき、ソレドラスは地面を蹴った。
刺突二連撃。鋭い上に攻撃範囲が丁度人の脳天からつま先まであまりに広い。
受けながら攻めをいなし、守りを剥がして致命的な一撃を与えてくる。
重い一撃じゃなく、致命的な一撃を、まるで針の穴に糸を通すように、差し込む。
どれだけ速度を上げようと、どれだけ陰に潜もうと、ソレドラスは必ず反応してくる。
「お互い様じゃないの? 規約、読んでない?」
「いいや、別に怒っちゃいない。奴が弱かったって話だ。お嬢さん、君が俺に負けるのも、そういう話だ」
「別に、負けてねーし!」
連撃、加速、誰もついて来れない領域に、足を踏み入れる。
しかし――
弾かれる。
受けられる。
流される。
挙句の果てには足を引っかけられる。
高速のままブレーキが利かず、足を踏み外して壁にぶつかった。
強烈な痛み。加速力が自分にそのまま降りかかる。
膝も肩も足も、切り傷とすり傷だらけになる。仕事の合間、温泉で癒した訓練の傷の上から、新しい傷が増える。
「速いだけで芸のない。経験不足なお嬢さん。君の相手が俺じゃなく、あいつなら。メイドの相手が俺なら、未来は変わっていたのかもしれねえ」
「は? 何それ」
「君は、弱いって話だ」
刺突連撃。見えないはずの速度まで加速できる閃光撃の使い手が、太刀筋を一切絞ることが出来ない。
強烈なまでの連撃に、手足が文字通りでない。どれだけ速くとも、見切られる。
「はあ、はあ、あったま、痛いなあ」
「君は、前よりも生き生きしてるな。死んだような瞳と死にたがりな戦い方なのに、体は死にたくないと藻掻く、ちぐはぐな戦い。逆に良く生き延びて来た。そんな中途半端に」
「るさい!」
「これは自信だ。そんな中途半端な剣に、俺は万が一にもやられはしない」
加速の終わり、丁度見え始めるタイミングで、肩と太ももへの刺突。
最悪のカウンター。落下する際、受け身も取れず、体中を強打。カーペットがなければ皮ごと引っぺがされて死んでいた。
ユイアのスキルは使い方を間違えれば簡単に死ぬ。高速でおろし金の上を走るようなものだ。
ちぐはぐで使いこなせないスキルと中途半端な戦い方が生み出した事故。大した攻撃は受けていない。自らのスキルと未熟さに、ユイナは殺されかけていた。
「がっは、あ、く……つ……」
「警告はこの間済ませたよ」
「ああ!? ああ、あの、これを最後にしろ、君はこのレベルについて来れない、ってありがたい説教のこと? 悪いけど、あーしは、馬鹿なの!」
気合いと気力で立ち上がる。大声を上げて誤魔化して、立ったはいいが倒れそうだった。
ただの一つも攻撃が入らず、無傷のソレドラス。
大して、自己含めて満身創痍のユイア。
対照的なふたりの戦闘は、誰が見ても、ユイアが不利。
近くの照明に手をかける。正面の広いスペース。どこから跳ぼうと、敵わない。
地の力が違いすぎる。背中を狙っても、脇を突いても、ソレドラスは必ず追いついてくる。
逃げても負けても、恐らくドラーゼやアスヤはソレドラスをどうにかできるだろう。
自分がやらなくても、誰かがきっと決めてくれる。
希望のように見えて、不貞腐れて僻んでいる。
(クソ、みたいよね、本当に)
理解は出来ていた。ただ、アスヤが自分を、ドラーゼをここに連れてきた理由が何かを考えれば、逃げも死ぬことも、選択肢に入るわけがなかった。
アスヤは一人でもやれる。連れてきた理由はただひとつ、剪定と、選択だ。
(あーしが弱いから、そんなクソみたいな選択肢が入る)
アスヤは自分を救ってくれた。
生きる希望もなく、死のうとしても勝手に死にたくないって言い張る体に、意志のない心が突き動かされて生きて来た。
そんな自分を、アスヤは笑顔にしてくれた。
だが、アスヤの笑顔は、ずっと前から消え去っていた。
アスヤを笑顔にさせたい。そのためには、目の前で笑わせてやるには、自分が――
(アスヤのでっかい背中を越えて、あーしが、笑わせる!)
ユイアはバクステ、加速、バクステを繰り返して、ダンジョンの通路に退いた。
完全な、ストレート。直線での、初対峙。逃げ場を残した加速ではない。
これは、挑戦に見えてあまりに見え透いた、挑発だった。
「なんだ、それは。俺相手に、直線で挑もうって言うのか? 悪いが俺は、そこまで軽くないぜ」
「笑って、酔おうぜ」
べっ。
直進加速、閃光撃――
ユイアが積まなければいけないのは戦闘経験ではなかった。
目指すべき目的の背中を追うことでもなかった。
恐怖を払拭して、向かうだけ。
閃光撃は一歩間違えればおろし金で擦られるか、壁にぶつかって潰れるか。
だからユイアの体は無意識の内に、死なない減速を加速中に繰り返していた。
ソレドラスはユイアの体が無意識に欠けていたブレーキ中に攻撃を読み、防ぎ、そして反撃していた。
ここはストレート、一直線一本道の通路。
失敗すれば死ぬ、最高にイカれて、最高にご機嫌な、ストレートだ。
「こい、お嬢――」
ソレドラスの言葉を待たず、ユイアは……閃光になった。
加速開始から加速修了までの時間は、一瞬を何分割もしたあまりにも短い時間だった。
剣を納めて、府っと息を吐いた先は、壁のギリギリ……を越えた場所。
止まり切れなかった。顔面を壁にぶつけ、流れた鼻血を舐めとりながら、笑った。
対照的に、煙草に火をつけ、ニヤリと笑ったソレドラスは、血を吐く。
床に沈んだ。斬られたことを思い出した体が、首と胴を、遅れて地面に沈めた。
「ありがとう、アスヤ。あんたのお陰で、酔えたよ」
どんな状況でも笑って、馬鹿みたいと笑われることを平気で、酔ったように遂行する。
アスヤの言葉は、ユイアを力強く、笑わせた。




