裸の付き合い
「ああ……あー」
思わず声が漏れる程、感じる幸福。筋肉の弛緩、肌を触る圧倒的癒しが、一気に俺の体を包み込んだ。最高というには言葉が足りない。
今ここで死んだら天国がかすむ程の幸福。犯罪だ、これを取り締まれない四方の限界をどうしたって感じてしまう。司法ないけど。
一番風呂を堪能し、顔にお湯をぶつけたところで、湯気の奥で影が揺らいだ。
「あ、れ、マスター?」
「……ユイアか」
あぶね。タオル持ってきておいてよかった。
あまりに落ち着いて、かなり紳士的にタオルを腰に巻いた。普段は許さないが緊急事態だし一番風呂だから許してください。
「ご、ごめんなさい、まさか入って来るなんて思わなくって! すぐ出る――」
湯気の奥からユイアの手を掴んでそのままお湯に引っ張った。
ばちゃんという音と共に、ユイアはお湯の中に沈んだ。浮力が強いから多分大丈夫。
「ぷは! 何!」
バリバリキレるユイアの細く、柔らかい腕を離した。無駄以上についていない筋肉、か。こいつ、多少は鍛えたらしい。
最初は一目でわかる程の、まさにモブだった。戦闘が、こいつを強くさせたのか。
「見えるぞ」
「ちょおおっと!」
両手で細い体を隠しつつ、湯気の奥へ逃げていく。さっさとどっかに行かないのは、一応俺を立ててくれてるのかな。
「この間の戦い、負けたようだな」
「……ごめん。強かった」
「知ってる。あいつはスキルなしでお前を圧倒した。敗因は何だ?」
「私が弱かったってだけでしょ」
「そうか、はっは、まあ、そりゃそうなんだろうな」
「何よ。小言言うために引き留めたわけ?」
「そこまで暇じゃない。これが何だかわかるか?」
湯に濡れても破れない、スキルで補強された紙切れ、契約書。馬鹿ドラゴンとユイア、あとはメルフィもサインした契約書。
雇用条件は命を懸けてダンジョンを守ること。代わりに俺はこいつらの生活と夢を保証する。誰も読んでないからこんな悪質極まる契約にほいほいサインしちまうんだよな。
「契約書か、濡れないスーパーペーパー」
「そう。これは濡れないスーパーペーパーだ。これを破り捨てれば、お前は自由だ」
「え?」
「お前たちはいつでも俺の寝首さえかければ自由だって話だ。チャンスをやる。俺から奪えば、お前は自由だ」
「別にいらないんだけど……」
「何?」
「いや、あーし、今の生活に満足してるし……ああいや、もちろん、もっと上に行きたいって気持ちはあるよ? だけど、今、マスターを放っておこうなんて思わないよ」
「……いや、死ぬぞ、普通に」
「相手が上ってだけなら、あーしは止めらんない。ようやく、楽しいって思えたんだから。これを奪うって言うなら、あーしはあーしの楽しいって気持ちを守るために、あんたと戦う。マスター」
湯気であんまり見えないけどまあ……良い顔してんだろうな、ユイアは。
ここから先は、俺も描ける自信がない状況だ。敵を多く作りすぎた。その上、ダンジョンって形態が良くない。
短期的に見ればダンジョンの運営側が有利だ。だが長期的に見れば、不利なのは俺だ。
前みたいなのが定期的かつ断続的に何度もくれば、守護者が疲弊する。そしてダンジョンの耐久度ももたない。
何がヤバいって、俺らみたいな弱小ダンジョンは大ダメージを受けて今みたいに営業停止状態に追い込まれ続けてもヤバい。
ルダウがどれだけのことを考えているのか分からないが、腰を据えて攻められるとまあキツイ。
「分ったよ。こっから先はかなりハードだぞ? ついて来れんのか? 小娘」
「あんたが何とかするんでしょ、ヘボマスター。あーしを使って、描き切って。あーしらは今、愉快な挑戦を受けてんの」
「知ってるよ」
指で水鉄砲を作ってユイアの顔面に直撃させる。
「わっぷちょ、ガキマスター! バーカバーカ!」
「お前には言われたくねーな」
バシャバシャと営業中にはできない水を掛け合った。
さって、本当にどうしようかな。何も、思いつかねえや。
バシャンとお湯を、天高くぶち上げた。




