撤退は不意に
こいつは馬鹿だ。勝ち負けの概念がない。メルフィに負けを理解させることが出来なきゃ勝てない。奇跡的に、最早神のいたずらとしか思えない程、噛み合っている。
巨大な戦斧を持ち上げ、小ジャンプと同時に前へ出る。
二刀流は軽く避けるが、戦斧が地面に突き刺さる前に急停止。刃がくるっと横を向いて二刀流を捉えた。
メイド姿に油断したか、この一撃を剣でもろに受け止めた二刀流。
剣はもちろん砕け、砕けた剣に押される形で二刀流の腕も嫌な音を上げた。
『先ほどまでの威勢はどこに行かれましたか? お客様。お帰りは後ろです』
『……俺も、こんなところで負けたとなっちゃ、今後飯が食っていけないんでね!』
自らの弱点を補う炎を捨て、むしろ氷で手をガチガチに固定。簡単な治療を済ませて、氷剣を上段に構える。
斧に対して唯一剣が勝る小回りの良さと若干のリーチ。
舐めた気持ちをかなぐり捨てて、メルフィの命を狙っていく。
しかし、メルフィは驚異的な速度で、何故か斧のリーチを全て捨てて二刀流の懐へもぐる。
まるで、速度もタイマンも負ける気がしないと言わんほどの馬鹿みたいな自信と本当に何やってるんだって立ち回り。
翻弄され放題な二刀流はバクステで躱そうとするが、手首の動きだけでグイっと斧を後方に回して、意味の分からない挙動で斧が脇腹に突き刺さる。
「ほう」
思わず声が出た。
二刀流は辛うじて手を差し込み、氷の盾で戦斧を受けた。
弾き飛ばされはしたが、逆に距離は取れたようで、すぐに立ちあがって足元に触れる。冷気が地面を伝い、メルフィのひざ元程まで一気に凍らせた。
これは簡易的な足止め。短時間だろうと、一瞬でも止まってくれればいい。
願いに満ちた攻撃はメルフィを確かに拘束し、僅かな隙間を縫って剣閃が輝いた。
確実にメルフィの首を捉えた一撃、だった。
それでも、メルフィの命を奪う、いいや、彼女に負けを自覚させる程ではなかった。
バキッと足の力だけで氷を砕き、カチャカチャと音を立てながら、居住まいだけは一丁前に二刀流へ向かう。
『ファンファーレです』
フィナーレの間違いだと思うが、これは見事というしかない。
メルフィを倒すためには彼女に負けたという自覚を持たせるほかないのに、二刀流は今、間違いなく自ら自覚した。
敗北だと――
『殺せ』
『かしこまりました」
斧を振りかぶり、首が飛ぶ。無謀な挑戦者は、沈められた。
なんでだろうな。仲間を倒されたのに、バカみたいに破壊されたのに、第3層までの侵入を許したってのに、俺は、笑っていた。
「何がおかしいのですか? 依然として、あなたの不利は変わらないのですよ?」
「ああ? 悪い悪い、そう言う性分何だ。ところで、勝ち誇っているところ悪いが、ちゃんと俺の部下は殺しきったのか?」
「さあ。現場に判断は任せていますので。僕は最後の最後、有り得る訳のない逆転劇を封じるためにこの管理室を制圧するだけ」
「はっ、俺と同じようだな。現場の指揮官なんてやってねえで、ウチで働かないか? 俺を含めて金勘定できる奴がいないんだよ」
「魅力的なお誘いですが、僕は別に、安定した職に就いて、バカを見下ろして、ほくそ笑んで、綺麗な人と結婚して、幸せな生活を送りたいわけじゃありません」
「俺がその生活できるなら喜んでするけどな」
「僕は、昔、怒られたことがあったんです。砂のお城、海に行ったりした時、作りませんでしたか?」
「ごめんけどウチ内陸県だったんだよね」
「すごくきれいなお城でした。立派な門、長く伸びた城郭。可愛らしく象られた窓。だから僕は、ぶち壊したくなったんです。その衝動が、抑えきれずに壊したら……スッとしました」
その目は深淵よりも深いどす黒さを孕んでいた。狂気に満ちた顔。見る人が見れば、狂気に侵されて恐怖を抱くであろう、まともじゃないぶっ壊れた瞳。
俺が別段驚かないのは、俺も変わらないからだろうな。
「……それで?」
「僕はやっと分かったんです。ああ、大切だから、壊したいんだって」
「ご両親はお前の教育を間違えたらしいな」
「いいえ、両親には愛してもらいました、ふたりを、僕も愛していました」
「……お悔やみを」
「ありがとうございます。だから僕は、確かめに来ました。このダンジョンをぶっ壊すに足りる、愛される場所なのか」
「確かめに来ただけなら帰ってくれないか? 俺が帰って来た時点で、お前の電撃作戦はある程度失敗しているわけだし」
「……それはそうですね。分かりました、今日のところは帰ります」
紫ウニみたいなガキは思いの数倍素直にくるっと踵を返した。
俺が返ってくるのが遅ければ、本気で落としていたっていう話ではあったのか。
あるいは、メルフィと言う不確定要素を見て、即座に攻略が出来ないと考えたのか。
「お前みたいなもんが、ゼラールに使われてるなんてな」
「依頼は受けましたが従っているわけじゃありません。王国は金払いが良い」
「アイアンバンク、だろ」
「何の違いが?」
「そりゃそうだ……お前、名前は」
「ルダウ。あなたの大切なものを、また壊しに来ますよ、アスヤさん」
最後まで興味のなさそうな表情を見せたルダウは、本当に冒険者パーティーを全員退きあげて撤退していった。
脅威が去り、いつも通りのダンジョンが訪れたところで、奴もやってきた。
どこかに隠れていたらしいリス熊犬が、恐る恐ると言った体で現れたので、その頭を掴んでやった
「ひげ! ご主人様!」
「ファルマ。俺は別にお前にダンジョンを守れとか、留守を守れとか、奴らを指揮しろとか大それたことは言っていない。ここの戸締り位できなかったか?」
「無理ですよ! あの紫色の人、鍵ぶち壊して入って来たんですよ!?」
「破壊衝動の怪物だな。まあ良い。奴らを回収しに行くぞ」
壊れたせいで半自動扉になったっていうか、ほぼ襖の管理室扉を開いて第一層へ。
あとでモニタを通して保管された戦闘データは見るとして、あまり戦闘経験を積まない状態で第一層を任せたのは間違いだったかな。
冒険者はパーティーで来るのに対して、守護者一人ってのは実は俺側が舐めた設定をしている。集団で攻め入れられれば、こうなるか。
「おい、生きてるか?」
脈はある。だったら俺の治癒増強で回復できる。見た感じボロボロで瀕死。数日は起きないかもしれない。
「……マス……ター、ごめん、なさい……」
「馬鹿が。こうなる前に部屋を明け渡して置け。後ろには現状一番強いバカがいる」
「……あーしの、始めてもらった、自分で守りたいと思った、場所、だから……」
「手前が死んだらそこまでだろうが、バカが。ファルマ、寝所へ運んでやれ」
満身創痍のユイアをファルマに預けて、俺は第二層へ向かった。もうちょっと仕掛けを作るべきだったな。第二層へはほぼストレートに向かえる。何が迷宮だか。
「おーい、馬鹿ドラゴン……ちっ、馬鹿が」
馬鹿ドラゴンは心臓を貫かれ、立ったまま、完全に意識を失っていた。
撃ち抜かれたらしい心臓は後ろの壁で血を吐き出して潰れていた。これだけの大事をしでかされたにもかかわらず、馬鹿ドラゴンは笑ったままだった。
死ぬほど楽しいってったって、死ぬ必要はねえだろうが、馬鹿が。
心臓を拾い直して、無理やり体にくっつると同時に、俺は自分の手首を嚙み切った。
「お前の血液型はO型か? ちなみに俺はA型だ」
どくどくと流れる血を押し付けると、緑の光と共に、植物の蔦がシュルシュルと馬鹿ドラゴンの体を包んだ。
植物は根を張り、人一人を飲み込む樹がすぐに這えると赤々と丸い果実を実らせた。
治癒増強深化発動――
見えない斬撃と同じように、巨大樹の精霊が現れてドラゴンを包んだ。
無限治癒回復。巨大樹の精霊が直接魔力を使って治癒するため、どれだけ傷ついていようと関係ない。死んでさえいなければ傷がすぐに治る。
ちなみにこの巨大樹は元々王国の城が立っていた場所に生えていたらしい。かつてはドラゴンが丹精込めて育て、生活を共にしていたらしい。
ドラゴンが討たれた日、魔力を媒介する悪しき植物だと言うことで焼かれた。
今では魔法なんて冒険者以外使ってない。俺は便利なので可能な限り使いますけども。
「……おい、なーに、余計なことしてくれちゃってんの、ヘボマスター」
「黙れ雑魚。手前は第一層守護に降格だ」
「雑魚? ひっひひ、聞き捨て、ならねえなあおい!」
「強かったのか。俺よりも」




