初めての襲撃
「ふわーあ。ねみー、昨日寝てねー、勉強してねー」
重い体をゴキゴキ鳴らして、大金片手に俺は帰路に着いていた。
デカいダンジョンで試したいことは全て試せてホクホクだ。ああ、いつもは見向きもしない森の木々が喜んでいるようで俺も嬉しくなる。
高い空も青い。金を持ち帰れば秘書妖精ファルマも喜ぶだろうし、文句もないだろう。
温泉ももう少し凝れるし、せっかくユイアが指導して、新しい仲間のメルフィも作りたいものが作れるようになれば十分だ。
俺もいい勉強になった。モンスターの配置、財宝、各フロアやトラップなどの設備。全てが、俺の想定を大きく下回っていた。
あの程度で王国三大ダンジョンなんて言われてるんなら、もう適当にやっても構わないんじゃないかと思った。
それとも……ダンジョンマスターが新人だったのかな? まあ、何でもいい。
俺も留守にしている時点で人のことはあんまり言えない。
お土産選びすぎて少し時間がかかっちまったが、馬鹿ドラゴンも神速のユイアもいるし大丈夫だろう――
俺は大金と土産の入った袋を捨てて、自分のダンジョンの入り口へ走った。
おかしい……あのバカ妖精は俺が近づけばどれだけ遠くでも迎えに出てくる。何故なら馬鹿だからだ。
いつも以上に辺りが静か。食堂も締まってる上に温泉の行列もありゃしない。
これは、攻略が進んだ際に訪れる、静寂。守護者が少なすぎる故に発生する、全従業員戦闘モード。
仮に全従業員戦闘モードが発動しているというのならいよいよ問題だ。ウチのダンジョンは経費短縮のため特殊な状況にある。もっとわかりやすく言えば、2層しかないから二人倒されれば終わる。
まさか俺の居ぬ間に冒険者が攻めてきた? いや、いやいやいや、俺の調べではここを突破できる冒険者は国内にいない。
いるとすれば諸外国だが、そこまで名声は轟いてない。暫くはぬくぬくやってける予定だった。
「ファルマ!」
管理室へ殴りこむと、そこに秘書妖精の姿はなかった。代わりに、管理室に座っていたのは……小柄な、紫髪の少年。
癖っ毛のせいで片目が隠れ、足と指を組んでふんぞり返る様子は大物感だけ溢れていた。
まるで俺を待っていたかのように、ぼろい椅子をぎいぎい音立てて振り向いて来た。ごめんな、リクライニングとキャスター付きだったら良かったけど俺の物はあんまり金使ってないんだ。
「おい、坊ちゃん。迷子センターはここじゃないぜ?」
「あなたが、ヘボマスターさん、ですか? まったく、話しになならないというか、拍子抜けです。僕が出る幕もない」
イケスカねぇショタ野郎は慣れた手つきで勝手にモニタを俺の方へ向けて来た。
映っていたのは……この世界に来て初めての想定外だった。
倒れた馬鹿ドラゴンとユイア。砕け散ったフロアに、破壊の限りを尽くされた迷宮の通路。
それぞれのモニタにはこいつの仲間らしき連中も映っていて、どうやら一対一の戦闘で敗れたんだろうってことだけは分かった。
あともう一つ、想定外があって、俺は思わずニヤついちまったよ。
「何がおかしいんですか? この状況で」
「三層目の攻略はまだみたいだなって」
「三層? おや、まだいたみたいですね。データでは、ドラゴン族の生き残り、ドラーゼ。元奴隷の低級冒険者、ユイア。後は秘書妖精だったはずですが、まあよかった。パーティーメンバーで充分対処できるでしょう」
モニタを上目遣いで見つめる紫髪の言うように、もしも馬鹿ふたりが一人一殺されているなら、こいつの人員はまだ余ってるんだろう。
ウチのダンジョンのシステムはよくあるラストに最強格を置き、そこまでの道で削る形じゃない。
むしろ逆。竜頭蛇尾だ。最初と二番目が突破されれば、もう後に続く存在は、ない。クリアまで雪崩れ込むだけだ。
馬鹿赤字小料理屋の店主が第三層にいることが想定外なのは俺も同じだ。
同じだが、俺は、一度奴らを信じた。後は信じきるだけだ。
「何ですか?」
「どけ、クリアされてない以上、そこはまだ俺の席だ。経緯が足りねえな、紫ウニ」
理が俺にあると考えたのか、紫ウニガキは黙って管理室の席を明け渡した。
俺が取れる行動はそこまでない。モニタを見る限り、馬鹿ドラゴンとユイアは生死不明。
見えているのはこのガキ含めて四人。他の施設、例えば温泉や料理屋はダンジョンの外に作ってあるため無傷。
盤面と戦場はモニタに見えているだけ。
だったら、メルフィに加勢して、こいつらを正面から叩き潰すか、生還し、何をしでかすか分からないガキを釘付けにするか。
「大丈夫。三層が突破されるまで、僕はここに手を出しません。クリアされるまでは、ルールに従います」
「話の分かるガキで助かる」
「ですが本当に信じているのですか? 彼女がこの局面を打開できると」
「お前、ダンジョン攻略に来てどのくらいだ? 三日かそこらか?」
「5年です」
ムッとした表情で言い返すガキの表情ではなく、俺はモニタの方へ眼をやった。
さて、メルフィ、このクソみたいな食材を、どう調理する?
モニタの奥で、メルフィは馬鹿みたいにデカい斧を小さな両手で持っていた。自分の背丈を優に超える戦斧だが、ちゃんと持てている。
「相性が、悪いですね」
「ああ?」
「彼女の相手は歴戦の猛者、二刀流の使い手です。単純な属性系スキルと攻撃魔法を操るS級冒険者。手数に勝るこちらが有利です」
「黙ってみてろ馬鹿が」
かくいう俺も、メルフィの実力を知りはしない。どんな戦闘をしてくるのか一切知らない。
だからこそ、確認しよう、俺の防御用プリセット、見せてないふたつの内の一つ。看破の双眼を。
モニタは音性も拾っていて、二刀流で黒フードの男が逆手と順手で剣を構え、一言。
『君を殺す道理がない。大人しく降参してくれ』
『その後提案は論外でございます、お客様。我々はお客様を誠心誠意おもてなしすることで……おもてなしします』
『言っても無駄ってことかな?』
『無駄を出さないエコロジーなロジック、エコロジックをご提案いたします』
はっはっは、やばこいつ、相変わらず何言ってるか分からねえ。
口前で指を組んで必死に平静を装う。俺と違って初見メルフィであるらしい紫ガキは困惑の表情。当たり前だ、俺だって必死で混乱を抑えている。
話が通じない相手に恐怖を覚えたらしい二刀流は右に氷、左に炎を纏わせる。
勝負を一撃で終わらせたい雰囲気を纏いながら、一歩踏み出す。
「彼はS級の中でも対人戦に特化した猛者です。守護者が人か人型のモンスターならまず負けません」
「ああそうかい」
氷が自分のスキルで炎が攻撃系の魔法。スキルの弱さと攻撃魔法の弱みを消すための相互利用。踏み込みも力強く、相手の目をよく見た立ち回りも上手い。
手練れと言うのは本当なんだろう。
メルフィは動かない。
二刀流、メルフィが動かないため守りのスキル持ちと判断。炎を迸らせて軽く振る。
炎の刃が二つ、メルフィに向かって飛んでいった。
試し斬りに等しい技はメルフィに着弾し……グチャリと音を立てて倒れた。
あっさりと、何の抵抗も許されないまま、床に沈んだ。
「……勝負、アリですか?」
「これだから童貞は。最後まで楽しめよ」
俺の防御プリセットふたつの内1つ、看破の双眼の能力はめちゃめちゃシンプル。相手のスキルが分かる。
メルフィが隠し持って入社したスキルは、愚者の傲慢。負けと思うまで負けないという概念系スキル。
このスキル、普通の人間なら一瞬で負けを悟るような状況、諦める状況にあまりに弱い。弱すぎるせいで普通なら雑魚の部類だ。普通ならね。
だが、メルフィは違う。
モニタの向こうで、何事もなかったようにメルフィは、むくりと起きて首を鳴らした。
『結構なお手前ですが、それが何か?』




