大物にはなれない
「女神様」
「なんでやがりますか、ゼラール」
未攻略ダンジョンにして王国最大規模を誇る三つのダンジョンの内1つ。
王国内でも屈指の金の生る木であり、ゼラールが担当する最大の物件だ。
女神と共にいる理由はただひとつ。彼女はここに来て数週間、一生ゼラールから離れない。
ついて来ては、この世界の風土、文化、様々な情景に細い目を向けながら興味なさそうに頷いた。
ゼラールとしても、女神の狙いがアスヤならば、アスヤが来ないであろう場所にゼラール自身が居続けることで時間が稼げると踏んでいた。
今、アスヤのダンジョンを失う可能性がある女神を引き合わせるわけにはいかない。金になるのが目に見えているダンジョンを、失うつもりは毛頭なかった。
「指令室の装備を弄らないでください。壊れたら運営に差し支えます」
「安心しやがってください。この程度の機械ならどうにでもなります。それよりも、この世界は魔力が使えるというのに、魔法ではなくこういう、機械工業が進んでいるのですね」
「ああ、女神様はこの世界の概要を把握していないのでしたね」
「急な出張だったもので。概要もデータも未知数。そもそもここは私の管理範囲外でいやがります」
「かつて、魔王がいたのですよ。魔王はドラゴンと勇者のコンビに討たれ、ドラゴンは魔王との戦闘で正気を失い、勇者に討たれた。ドラゴンの末裔はそれを逆恨みし、反旗を翻しましたが、勇者の末裔である先王によってことごとく絶滅させられました」
「なるほど、理解できました。魔法を使わないというより、恐れから使わない、と」
これにはゼラールも少し驚いた。女神は見た目と反して理解力が高い。
女神の言う通り、魔力は魔王が使い、ドラゴンから勝機を失わせたよく分からない呪いのような力。僅かに魔法使いが治癒魔法や攻撃魔法として使う程度で他は全く利用しない。
最早廃れて久しい力だが、利用価値はいくらでもあるからこそ、化学工業の奴隷として扱われている。
そんなものを、この世界に来て数週間である程度理解できる女神。
全能ではなく万能な存在を、ゼラールはどう扱うか判断に困っていた。
「まあ、人というのはいつの時代も、クソ、醜い生き物でいやがります」
「同感ですよ、お二方」
ゼラールと女神の間に割って入ったオールバックの男。眼鏡をかけ、上等なグレーのスーツに身を包んでいる。
彼はこの迷宮のダンジョンマスターであり、アイアンバンクから出向で来ているゼラールの部下、シュゼル。
ゼラールが元々運営していたこのダンジョンを譲り受け、成功し続けている優秀なダンジョンマスター。
間違っても、融資先も見つからないダンジョンマスター、アスヤとは物が違う。
「シュゼル。若い才能を今日も爆発させてくれ。お前には、強く期待している」
「もちろんですよ、先輩。女神様のご加護もあるようですし、今日は稼ぎますよ、他人の命でね」
「下衆で、いやがりますね、本当に」
自分の娘よりも小さな存在に下衆などと言われて何とも言えない気持ちになったが、どうでも良い。
シュゼルの言う通りこのダンジョンは全70層からなる王国最大級のダンジョン。クリア報酬はアイアンバンクが傾くほどの莫大な金額が積立式として存在している。
あとは、ある程度のタイミングで回収用の冒険者に回収させてしまえば百の利益を生む。
ゆっくりと珈琲を口にしたタイミングでモニタを見たゼラールは思わず中身を吐き出した。
「下品で、いやがりますよ」
モニタに映ったのは、やる気の欠片も見られない表情の……アスヤ。
何故、アスヤがここに来たのか、そんなことはどうでも良い。モニタを慎重に下げて、ゼラールは女神の背後に回った。
「女神様。出張と連勤でお疲れでしょう。私はマッサージが得意なのです。どうかここは、私に女神様の疲れを癒す大義をお与えください」
「ほう。良い、心がけでいやがりますね」
女神の小さな肩を揉み解しながら、コリをほぐし、ヘッドスパに移行する。
この小さな体躯は凝りと無縁のように見えるが、まるで宇宙を揉み解しているようなレベルで凝り固まっていた。
だが、だがだ。
コリをほぐし、ヘッドスパで最高の癒しを提供する。
いくら彼女が女神でも、想像を絶する連勤と急な出張の前に、墜ちる。
眠りには、生命体ならば決して抗うことは出来ない。女神は、墜ちたのだ。
すうすうと可愛らしい寝息を立てる女神をそっと部屋の隅に追いやり、ゼラールはシュゼルを呼んだ。
「奴は債務者でダンジョンマスターだ。小型だが、融資をほぼなしでダンジョンを作った。こんなところにのこのこやって来る馬鹿じゃないことは確かだ」
「勝機があるからやってきた……狙いは、ウチのジャックポッドでしょうかね、先輩」
管理室の椅子に座り、シュゼルは静かに自分がこのダンジョンの主であることを強調した。
しばらく見ない間にダンジョンマスターとして成長した部下の姿にゼラールは黙った。
「まあ、良いでしょう。相手をしてあげます。ウチの守護者は元S級冒険者。凶悪なモンスターの幼体を調教して仕上げたモンスター。各種トラップに手ごろな小型モンスター。各階層に到達する前に死にますよ、彼。良いんですか?」
「奴のダンジョンが手に入ればそれで構わない。想定外だが、跳んで火にいるなんとやらだ。殺せ、シュゼル。分かってるとは思うが、負けて金を奪われました、では許されんぞ」
「大丈夫ですよ、先輩。俺、かなり成長したんですから」
もう何も言うまい。部下を信じ、ゼラールも見届けることにした。妙な関係で結ばれた、債務者の死に様を。
少し早い気はするが、ブランデーを出してグラスに注いだ。
「前祝だ。アスヤ、これで俺様とお前の奇妙な関係も終わりだ」
「各員、乗客のご到着だ。丁重におもてなしして、ぶち殺せ」
モニタにリアルタイムで映し出されるアスヤは、債務者の身でありながら平気で参加料を支払い、ダンジョンヘの入り口を進む。
さて、ゼラール性質のいるダンジョンはよくある土くれから掘り出して作ったダンジョンであるが、表面を焼いた後コーティングすることでその硬度は他のダンジョンの追随を許さない。
素手で壊そうと思えば時間が余計にかかって他のモブモンスターに食われておしまいだ。
つまり、アスヤがとる行動は、正面からの70層連続攻略――
「消耗させて抵抗する気も起こさないまま磨り潰してやりますよ。一層守護者、気合い入れろ。殺せずとも削れ」
案の定、アスヤは通路を歩き、見えない斬撃でモブモンスターを瞬殺して進んだ。
ダンジョンマスターはクレバーな指揮官であり、本来はこうして座して全てを描き切るシュゼルのようなスタイルが普通。
それをのこのこ前線に来るダンジョンマスター、アスヤにゼラールもシュゼルも負ける気がしなかった。
第一層に到達。部屋に待つのは元S級冒険者。
よもやここで死ぬまいな。
どこか余裕にも似た感情を持っていた2人を、アスヤは、覇気のない表情で一変させた。
時が止まったような衝撃。目の前で確かに起きたことを信じきれない不思議な感覚にふたりは襲われていた。
グラスの氷がカランと音を立てて、ふたりはようやく現実を受け入れた。
元S級冒険者が、ものの数秒で、床に仰臥した。
アスヤはポケットに手を突っ込んで、歩いているだけ。何かをしているとは思えない。
なのに、一瞬で勝負がついた。いや、端から勝負になってなどいなかった。
そこからは随分と一方的な展開だった。
「トラップ、A1~B7まで発動。今だ、ゴブリン共をけしかけろ!」
アスヤは落とし穴、スパイク、天井落下、毒、槍、矢の雨、何もかもを涼しい顔で避けていった。まるで、最初から分かっているように、当たり前に歩いた。
散歩気分で攻略されていく。
ゼラールが作り上げ、シュゼルが継いだ最高のダンジョンが、食後の運動レベルで踏破されていく。
モブモンスターのレベルも奥へ行くにつれて上がる。金のかかる獣共の攻撃は確かにアスヤに届ている。しかしダメージを与えることが出来ない。弾かれ続けている。
「12層、準備に入れ! 奴は普通じゃない、殺さないとお前が死ぬぞ!」
12層のフロアボスは首が二つあるトカゲのモンスター。知恵があり、立ち回りの上手さに定評がある。相手の弱点を執拗につき、弱らせてから殺す。
初中級者はまずこの12層で地獄を味わう、まさに分からせモンスターだ。
「な……に……!」
シュゼルが悲鳴に近い声を上げた。
分からせモンスターが、分からせられた。
モニタでも確認できない程速い攻撃で、首が二つほど飛んだ。
「誰か、誰でも良い! 奴を止めろ!」
シュゼルも動揺が隠せないのはまず間違いない。このダンジョン、実は2年ほど30層より奥に到達した人間がいない。
そのせいで訪れた、緊急事態への耐性の無さ。追いつかない対策。後手の後手。
一度崩れたら止まらない。地獄へと、突き進むだけだ。
変わっていた。
いつの間にか、追い込む狩人のはずが、ただ命の灯を必死で守るウサギへと、変わっていた。
「35層から45層までのフロアボスをひとフロアに集めろ」
「シュゼル」
「黙っていてください、先輩! まだ、終わっちゃいない」
ゼラールの言葉が届くこともなく、シュゼルはダンジョンマスターとしての禁じ手を使った。
別にルールがある訳じゃない、何をしようとダンジョンマスターの勝手だ。他人にとやかく言う資格はない。そう、ゼラールにさえ。
ところが、どれだけ策を弄しても、妨害をしても、10層分のモンスターを当てようと、アスヤは涼しい顔で迷宮を突き進んでいく。
妨害を意に介した様子もなく、黙々と、淡々と、階層を踏み越えていく。
有り得ない話だった。覇気のない瞳はダンジョンを見ていない。ゼラールはようやく気づいた。アスヤが見ている景色が、最早こんな場所に収まっていないことに。
ある程度進んだところで、アスヤは壁に手を置き……破砕した。強化された壁。ダンジョン故の弱点、階層のつなぎ目をピンポイントで狙ったショートカット。
ダンジョンマスターがやりたい放題なのと同じように、冒険者や攻略者にもルールはない。ただ最後のフロアさえクリアしてしまえば、それで良い。
最終フロア、70層フロアボス。四つの腕と角を持つ巨人型モンスター。それぞれに最高級の武具を持つ。両断の力、絶対防御、攻撃無効化、自然治癒、地形変化。
別に他のフロアが抜かれても、最後に巨人が全てを阻む設計になっていた。
70層に到達した猛者とは言え消耗している。万全の状態ですら相手が困難なラストフロアボス。
ダンジョンは馬鹿でも少し考えれば分かる事実が一つある。
消耗する分、最終的にはダンジョンマスター側が有利にできている。休むこともなく、仲間を失い、装備を失い、何も出来ないまま無力を噛み締め死んでいく。
ダンジョン側も、回復や休む施設、強化に繋がる武器屋や道具屋も一切用意しない。
狡猾だと、卑怯だと謗られても勝った方が正義だった。
今回はただ……挑戦者が、勝っただけの話だ。
最終ボスを難なく屠り去り、アスヤは勝ち取った。借金を返済するのに十分な、額を。
「馬鹿……な……」
項垂れる部下の肩を押して椅子に座らせた。力無く腰を落とす部下は口から涎を落として心が既にここにない有様だった。
「観測したデータを全て削除しろ。ここが攻略されたなんて歴史的瞬間の立会員になるつもりはない。抹消し、何もなかったことにしろ」
ゆっくりと、シュゼルは端末を操作して監視データを全て抹消。続いて、モブモンスターを排除し、フロアボスを焼却処理。ダンジョンをリセットしていく。
リセットと一言では収まらない程、ダンジョンは大きな被害に満ち満ちていた。秘密裏に修繕、モンスター集め、守護者集め、賞金の確保、損害は計り知れない。
「先輩……あいつは、何なんですか……罠も、モンスターも、フロアボスも、守護者も、まるで関係ない」
「そうだな。お前よりも優秀なダンジョンマスターだって、ことだろう」
短剣を取り出し、シュゼルの背中に突き刺す。
叫びを上げそうになるシュゼルの口を手で封じ、「シー、シー」と静かにさせる。
涙を浮かべ、血をゆっくり床に伝わせるシュゼルの瞳から、ゆっくりと命の光が消えていく。
これは、後輩へのせめてもの善意だった。こんな失敗を犯せば、アイアンバンクはシュゼルを許さない。死よりも圧倒的に辛く過酷な目に遭うことは間違いなかった。
かと言って、責任を取るつもりもなかった。シュゼルは負けたのだ。ダンジョンマスターとしての矜持すら守れずに。
「馬鹿が。お前のやり方じゃ、客は夢を抱けない。勝負にフェアは必要ないが、商売には必要なんだよ、シュゼル」
シュゼルの瞳を掌で閉じた。大きな、仕事が残ってしまった。
最悪だと思うと同時に、セザールの心内には大きな闇が広がっていた。
「アスヤ……お前は必ず、殺してやるよ俺様が、この手で」
「人間とは、本当に、愚かでいやがりますね」
目覚めた女神は背伸びをしながら、アスヤが重なるやる気のない瞳でゼラールを見据えていた。
興味なさそうに頬杖をついて、器用に部屋の中を目だけ動かした確かめ、溜息を吐いた。
「同族で殺し合う、あまりに愚かな生物です。何かあったのですか?」
「いいえ、女神様。そうそう、あなたがお探しの男ですが、心当たりがあります」
「それは、僥倖でいやがります。私も、そろそろこの世界にも飽きました。どこにいますか?」
「その前に、奴をどうするか――」
セザールの目前に、三つの爪を持つ機械の蛇みたいなものが現れた。爪をカチカチと合わせて、威嚇するように長いアームがゆっくりと女神の方へ戻る。
「そんなこと聞いてどうしやがるつもりですか。あなたと私の差を、まだ理解していないのですか?」
見た目のせいで大きく勘違いしていた。彼女は人類の味方なんかではない。
上の命令に従う、血の通った機械だ。
「ドラゴンも魔王も人間も、後は亜人種でいやがりますか? どいつもこいつも自分の立場を理解しないから酷い目に遭う」
「亜人は先の戦争でドラゴンに酷使された。丁度、今のあなたのように」
「私はそうはなりやがりません。最後に勝って、笑うのは私です」
この女神もまた、やる気のなさの奥に熱いものを抱えていた。
アスヤは確かに殺したい。だが、アスヤによって破壊されたこのダンジョンの負債は隠しておけるものじゃない。
是が非でも、アスヤのダンジョンは手に入れたい。少しでも損失を補填しなければ、次に血を流すのはゼラールだ。
「……分かりました、女神様。では、部下に案内させましょう。私は、こいつの片付けがありますので」
「それで良いのです。あなたにも、主のご加護がありやがら事を」
腹は決まった。
やるなら今しかなかった。ダンジョンマスターのいないダンジョンを、正面から叩き潰すには、今しか、ない。
揃えられる全てを揃えて、アスヤを正面から叩き潰し、ダンジョンを奪い取る。
ゼラールにとって、これが命を懸けた挑戦になることはまず間違いなかった。




