採用です
「マスター」
温泉をぶち抜いて汲み取りが終わって疲労困憊の俺に明るく声をかけて来たのは、ユイア。元奴隷の低級冒険者。今は借金を俺が返済したから、エンタメ事業責任者兼守護者として働く従業員だ。
赤い髪をボロボロのヘアバンドで結って、ぼろマントを纏う姿はその名残。そろそろ従業員の制服を考える必要があるな。
「何だ? 福利厚生で温泉なら入りたい放題だぞ」
「いや、そうじゃなくて、小料理屋の方なんだけど、あーしが色々声かけて見繕ったのと、他にも応募とか色々北から面接してくれないかなーって……忙しい? マスター」
「時間はあるもんじゃねえ、作るもんだ」
「どういうこと?」
「面接の時間はある。良く集めたな、お前のはじめての仕事は俺が成功させてやる」
自分で何かできたことが嬉しかったのか、楽しそうな笑みを零したユイア。
そうだ。俺はその笑顔のためにこの世界に来たし、好き勝手やってる。
報いかどうかはさておいて、眠れねえし体いてえしひゃっぺん以上死んでるし。自由には常に責任が伴う。
だが、責任追うのはこいつらじゃない、ダンジョンマスターの、俺だ。
場所がないので面接は第三層を開いて作っておこう。
「なんだあ? ヘボマスター。お客様か?」
「飯屋着くんだよ。お前も食うならうまいのが良いだろ?」
「そりゃそうだ、そりゃそうだが、もっとうまいもん食わせろや、ヘボマスター」
「わあってる。エンタメ事業が上手くいけばこれまでの仕掛けがハマる。何のためにこのダンジョンを作った連中に金払って温泉作ったと思ってる」
「知らねぇ、俺の楽しみのために、精々働け社畜マスター」
「お前も勝ち続けろ。死んだら黄泉でぶっ殺す」
馬鹿ドラゴンに背中を向けて、第三層。マジで何の装飾もしていない、何もない場所。
そもそも人様が入ることを想定しちゃいないから、仕方がないんだが。
「ファルマ、机と椅子」
「はい、ご主人様」
面接を開始します――
「帝国で料理を3年学びました。将来的には自分の店を持ちたいです」
「なるほど」
「私は言うなれば、王国料理の全てです。私に作れない料理はありません。高級食材の使い方を熟知しています」
「それはすごい」
「元国王陛下の料理人です。脱税とつまみ食いで首になりました」
「ふはっ」
「ユイア。邪魔するな」
「すんま、せん……」
「次の方」
「俺が最強の料理人だって自負がある。俺を採用すれば、必ず店を世界一にしてやる」
「良いねそう言うの、嫌いじゃねえよ。次、が、最後か」
「メルフィです」
「……ああ、ごめん、俺が悪いか。応募してくれた理由は?」
「そこのユイナさんに誘われたからです」
「……ああ、ごめんごめん。何か得意なことはありますか?」
「自分のお店を綺麗にしておくことに自信はあります」
「得意料理とかはありますか?」
「採れた食材によりますが、卵料理が大好きです。そのアンサーに対する絶妙なクエスチョンになってますか?」
「それは言葉が分からなくて逆になっているのかクソ詰まらねえ面接官をする俺への最高の皮肉か?」
「喜びをプレゼントするのはサンタさんの薄利多売です」
「専売特許だ。サンタさんは自転車操業してねえよ。分かりました。じゃあ、合格された方には後日ご連絡を差し上げます。お疲れさまでした」
面接終了――
「ど、どうだった? マスター」
何かを心配している様子のユイアに俺は視線だけを送って書類の端を机で叩いてまとめた。何を迷っているのかは大体わかる。
メルフィだったか。奴だけが異質だ。ユイアの勘で連れて来たからこそ、多少なりともの責任を感じているんだろう。ほとほと、経営者側には向いていない奴だ。
「ご主人様、まともに料理が出来るのは最初の四人かと。特に四番目は店舗を持たず流浪の料理人。人間関係に難があるようですが、灰汁の強さはご主人様の得意分野、かと」
「そうだなファルマ。この闇鍋ダンジョンを制御してるんだ、今さらあんなもんが加わっても何でもないさ」
「お気に召さないような表情ですね、ご主人様。では、国王の料理人だったという彼はどうでしょう。腕ならば、随一かと」
「脱税とつまみ食いは論外だ」
「一番手と二番手は」
「帝国料理はまずいし食材が手に入りにくい。王国料理は高級食材を使う料理の王様だ。誰が食うんだこんなダンジョンで」
「で、ですが、それでは誰も採用できないことに……」
「いるじゃねえか、逸材が」
「……ご主人様、口の端に乗せることも憚れますが、彼女は少々……馬鹿でございます」
「それもそこだけ気にかかってる。五番手、メルフィは会話が絶妙にかみ合わない馬鹿だ」
迷っているのは四番、五番。他の連中は基本的に俺のダンジョンに合わない料理しか作れねえ。まず、食ってみようって言う場所に到達しちゃいない。
俺は顎に手を被せながら、横のユイアに目を向けた。
「ユイア、意見を出せ。お前の仕事だ」
「あ、あーし? あーしはメルフィちゃんが、面白いかなって」
「面白いだと?」
「あ、そ、そうだよね、料理の腕とか、経験とかが大切、だもんね」
「なんでだ」
「え?」
「なんで面白さより、そっちが大切なんだ?」
「だ、だって、料理だよ? まずかったら終わりじゃん」
「そうかな。可能性を捨てて本質を見誤るな。せっかくの閃きをお前の恐れで殺すなよ子の犯罪者が」
「いやそこまで?」
「当たり前だ。ひらめきさんはお前の過失で殺された。情状酌量の余地はねぇ、一発死刑だ。そもそも俺の一言二言三言小言で破綻する様ならそれはお前の本心じゃねえ。叫べ」
「りょ、私は、働いてる人が楽しい方が、良い!」
「足りねえな、薪をくべろ、情熱の暖炉に! なんで面白い方が良い!」
「あーしらも楽しいし、おきゃきゅさんも楽しい!」
「そんなもんかお前の脳みそは! 限界は俺らが決めてやる、脳の挑戦を止めるなバカが! あと噛むな!」
「楽しい方が、料理もおいしい!」
「燃やせ! 俺は美術部だが体育会系のノリは嫌いじゃねえ! 根性万歳!」
「根性万歳!」
「るせえ馬鹿! 根性なんて古いんだよ!」
「……食べられない料理が、一番、ダメ……エンタメに振ってでも、まず食べてもらう。その上で、忘れられないような楽しい時間を、過ごしてもらう」
口元で手を覆う、俺を真似たような格好で閃いたユイアに俺は満面の笑みを送った。
これが、こいつなりの覚醒。
最適解を持つ馬鹿ドラゴンなら一瞬で俺の思考を読んでここに到達できただろう。
ユイアに足りない物は思考力。こいつはどこかでずっと拗ねている。
どうでも良い。どうせ何もならない。変えようがない。
どこかで心も瞳も死んでいるのに、まだ死んでない残った微かな部分が抵抗する。
足りない物は思考力。必要なものは成功体験だ。
「正解だ。食ってもらうにはまずお客さんの絶対数を増やす。俺たちは看板のない会員制の料理屋を開きたいわけじゃない。適度に客入りがあってまあまあ上手けりゃそれで良い。その点、メルフィは自分の店を構える行動力。食材を手に入れるルートを持っていて、まあ馬鹿であること以外は正味かっちりハマってるんだ」
「……分かった。じゃあ、食べてみて。マスター好みの、料理を作ってもらう」
「……良い顔するじゃねえか、小娘」
「同い歳くらいでしょ、平凡運営マスター。黙って待ってなさい」
料理審査――
厳粛な空気の中、料理が運ばれてくる。審査員は、俺だけだ。
全員に食わせても良かったが、とどのつまり、ここは俺の店だ。俺が全ての責任を負う以上、俺の想定を超えてこない物は認めない。
得意料理を聞いて好きな料理が帰って来るメルフィが持ってきた物は、オムライスだ。
上には白いソースがかかっていて、何故か形は職人が作ったような最高の正方形。
馬鹿な、もう、ボケて来たのか? 俺が幼女女神に頼んだのは日本っぽい世界だ。
和風の要素はただの一つもないものの、食べられるものは結構同じだった。
つまり、この四角オムレツは完全にオリジナルだ。
しかし、しかしだ。こんなところで一々驚いていたら箸、いやスプーンが進まない。
いや、スプーンじゃない。フォークとナイフ。何故だ、何故、ご飯系の料理に洋食の剣と盾のような存在を添えた。いや、確かにオムレツは洋食だが……まさか、オムライス通むレスの違いが分かってない? アリゲーターとクロコダイル位の違いだと思ってるのか?
文句を言っても仕方がない。
ナイフで切る。柔らかな質感の卵の中からふわっと香る……ビーフシチューの香り。
馬鹿な、ビーフシチューの香りがするのに、中がケチャップみたいな色。
食べる……卵は豚肉みたいな味がするのに、ケチャップソースは醤油、みりん、酒、砂糖にあとなんかの出汁。それにこれ、ソースじゃない、ペースト状のポテトだ。中に粗みじん切りの玉ねぎ。
間違いねえ、こいつ……見た目オムライスで香りビーフシチューの味肉じゃがだ。
脳が、踊る、壊れる、犯される……新感覚に俺は再びこの言葉を口にした。
「こんにちは、異世界」
「お粗末様です」
「ご馳走様の同音異義じゃねえぞ。成る程、名前はオムライスだよな」
「表記では肉じゃがで、読み方はオムライスです」
「うわズル。ズルいし衝撃的だったが、何故か分からねえ、めちゃくちゃな香りと味の構成なのに、何である程度美味いんだ」
「私が自信があるからでございます」
恐らく、自信のある組み合わせをチョイスした結果、度肝を抜いて初見を殺す料理が出来上がった、って感じだろう。
「メルフィ……ここへ来て初めてだ、俺以外にボケて俺の読解力を挑戦させる奴は」
「私への挑戦、そう受け取ってよろしいですか?」
「受け取り方は任せるよ」
「あ、あのさ、マスター、それで、結果は?」
「採用だ」
「やったー! おめでとう、メルフィちゃん!」
「インポッシブルなタスクをイシューしてこそクエスチョンはアンチテーゼされます」
「あはは、何言ってんのか全然わかんないけど、面白い!」
両手をぶんぶん振って喜ぶユイアと、同音異義語を続けるだけのメルフィ。
まあ良い。アクの強い連中でなければ、当たり前を突破し、困難に挑戦する連中でなければ、これ以上の発展はあり得ない。
「ご主人様、お金が、逆立ちしても足りないです」
「本当に使えない妖精だな。最初の借金でお前を買って詐欺られた気分だ」
「そ、そんなこと言われても! 第三層までの小型とは言えダンジョンの建設、攻略賞金の準備、レストランや温泉と言ったエンタメ事業、後は例の計画! 足りないっす!」
「それをどうにかするのが秘書妖精の仕事だろ。仕事しろ。さもないとすべて秘書の責任にして俺は口を噤む」
「ひえ……最低ですご主人様。で、ですが、今のままじゃ、施設維持費だけでギリギリ。集客力はありますが、薄利多売も良いところです」
ダンジョンの指令室で茶をしばきながら、俺は秘書妖精、ファルマの言葉を聞き流していた。
こいつの言う事は百あれば百全てが正しい。完璧すぎて腹が立つ程に正しい。
椅子をくるくる回して、書類を地面に投げだした。金、金、金。金が必要だ。
金があればこの状況を打開できるが、アイアンバンクからは借りれねえ。ともなると、バックの王国から融資を受けることも出来ない。
温泉事業は割と成功している。最初からダンジョンに来る連中に加えてダンジョンに興味ない層からの集客がでかい。
だが、焼け石に温泉。まるで意味がない状況に犬リス熊が騒ぎ立てるのも無理はない。
やれやれ、仕方がない。従業員を安心させるのも俺の役目だ。
「ああ、どちらへ、ご主人様」
「出かけてくる。馬鹿ドラゴンとユイアにダンジョンを守らせろ。三層は人がいねえ。2層で止めろと厳守させろ。分かってるだろうが、留守中盗人に入られでもすれば、お前の首と胴は一瞬で別たれると心得ろよ。福利厚生で温泉は自由に使え」
「ひえ……分かりました、ご主人様」
秘書妖精にしっかりと激励したところで、お出かけのお時間です。
そろそろ、試したいこともあるというか、俺もここでふんぞり返ってる暇と余裕がない。
ええと、何だっけ、三つあるんだっけ、遊園地は。




