ほぼシェフ
「ん~、ほんっと、良い天気だなぁ」
ひょんなことから、良く分からない小さなダンジョンの守護者として契約を結んだ少女、ユイナ。
元奴隷、変態に売られ、使い物にならないと安価で転売、ゼラールに拾われ、雇われ冒険者を経た経歴を持つ。
現在は守護者の合間を縫って外回り。突如立ち上がった小料理屋経営事業のシェフを探している最中だった。
王国中のダンジョンの弾避けとして雇われ、死地へ送り込まれ続けた。だが、死ねない。
スキル、閃光撃は最速と超反応をもたらすゴリゴリに攻略向きのスキルだった。
ただ、避ける最中別に敵のヘイトを買うこともない。敵も見えないからだ。結果、不可視のタンクとなり、攻撃も受けないが注意も退けないゴミ戦闘スタイルが完成した。
だからこそ、今が楽しくて仕方がない。
何故か笑ってしまうマスターと、そこまで話したことないが最強に近いドラゴン族の青年。後はいつも笑ってるけどいつも苦労してそうな妖精さん。
誰もユイナを殺そうとはしない。
誰もユイナを無視して戦おうともしない。
それどころか、初めて出会う自分を借金から救ってくれた。
無視をせず、仕事をくれた。報いないといけないと、張り切った。
「こんにちは、ちょっといいですか?」
店に入っては、ダンジョン内で店を開かないかと打診して見せる。
使う資料はしっかりとアスヤが作っていた。必要経費から想定収益なんてお金の話しから、社会貢献、メリット、デメリット。
めちゃめちゃ難しい内容をユイナがスラスラ読むだけで説明になる資料。
本当に、アスヤは一体いつ寝ているのかと心配になる。
「ダンジョンっつったって、この規模じゃたかが知れてるんじゃないか?」
「逆です。今、負け知らずで最強のドラゴン族が守護者をやってます!」
「ドラゴン? 店のイメージが悪くなる。帰った帰った」
ぶち当たる壁。しかし資料には壁の回避方法なんて書いていなかった。
自分で、解決する、考えることを、アスヤは望んでいるようだった。
断られても、何度も何度も、拒まれても、辛抱強く、執拗に、営業を続ける。
「ウチのダンジョンは冒険者だけじゃないお客様の需要にも応えられます!」
「帰った帰った」
「冒険者は命を懸けて夢を追います、最後の晩餐、締めくくりの料理と、帰還後に食べる安堵の料理を、どうか!」
「ウチは間に合ってるよ、忙しいんだ、今」
「シンプルにここの料理が王国で一番うまいです!」
「ありがとうございます。でも、人手が足りないので、他での出店は考えてません」
「ウチのダンジョンはやがて王国、いや、世界でも有名な最高のダンジョンになります! 私たちには、最高のダンジョンの料理店のシェフが必要なんです!」
「少し、考えさせてください」
「ありがとうございます!」
ユイナにとって失敗は得も言えない面白さがあった。
今まで、失敗はイコール誰かの死に直結していた。だが今、どれだけ失敗しようと、たまっていく経験値。ユイナは常にレベルアップし続けていた。
外回りで一息つくために、もらったお小遣いの範囲でランチタイム。
雰囲気の良い小さなログハウス調の古民家カフェ。
扉を潜ると鈴の音が迎えてくれる。感じのいい雰囲気に温かみのある照明が木材を跳ねて照らしている。
心地の良さを入ってすぐ感じた。机の上に置いてあったメニューも中々かわいい装飾が施されている。
可愛い雰囲気でユイナは一瞬で店を気に入った。午後のランチ時ではあるが、人はおらず、混んでいるという字が存在しない場所だった。
「いらっしゃいませ」
出てきたのは、肩角が生えた眼鏡の少女。黒髪ロングでメイド服。
小柄だが、年齢のほどはユイナとあまり変わらなさそうだった。
(あーしが思うのもなんだけど、この年でしっかり働いててえらいなあ)
店員はお水の入ったコップを持ってくると、注文があるかどうか待っているようにも、ゆっくり次の行動に動いているようにも見える。そんな絶妙な時間だった。
「おすすめありますか?」
「おすすめは私がすすめるものですか?」
「ええ、ああ、じゃあお店のおすすめはありますか?」
「馬鹿ですね、お客様。お店は意志を持っていません」
違和感。
感じ取った、背筋を走った僅かな悪寒。
嫌な予感ではない、言葉にはできない、ユイアにしか感じることが出来ない、妙な時間。
「あー、あはは、じゃあ、お姉さんのおすすめは?」
「私のおすすめは間違いなくオムライスでございます。至高の食材を至高の腕で仕上げた逸品です」
「具体的には?」
「……はい?」
「至高の腕って、凄い有名なシェフ、とか?」
「私です」
「あ、ええと、食材が例えば伝説の食材とか」
「市場で揃えました」
「あ、ああ……いや、じゃあ、言ってるだけ、ってことですか?」
「嘘はついていません、マネタイズを吟味してオーガニックに徹底的に答えてお客様にコミットしたディッシュをセレクトした結果ついた自己評価です」
何かがおかしかった。
妙な感覚。一瞬、ユイア自信が悪いのかと思ってしまう程の衝撃。
得も言われぬ、言葉にすることが出来ない奇妙な現象。
長い思考時間。ドラーゼとは違い、かなり長い時間を使ってユイナはようやく、自分が覚えた違和感に、名前を付けることが出来た。
彼女はきっと、バカなんだと、感じ取った。
分かってしまえば全てが愛おしく感じる。おかしいと思った。凝った店の雰囲気。居心地の良さ。立地も申し分ない。
なのに、客が一人もいない。それはひとえに、彼女の接客にある。
ユイアも少々控える。この人が作る料理が安全かどうか、確かな確証がまるでない。
だからこそ、ユイアはここにビジネスチャンスの光を見た。
そう、彼女の雇用主であるアスヤならば、間違いなく彼女に話しかけるだろう。
逆境の中、不安の中、面白いって感情だけで、引くほどどこまでも、前に出るだろう。
「あなた、ダンジョンで料理屋を出してみない?」
「それは私のメリットはあるですか?」
言語が定まっていないのか、無理に難しい言葉を使っているのか。
恐らく後者。ユイアは多くの仲間を失った。失う中で、身に着けていった。
この人と一緒にいる時間は今しかない。だから、全力で仲良くなろうと。
多くの人と話した彼女だからこそわかる、人柄が。
「メリットはいっぱいあるし全部時間をかけて説明するから、私についてきて」
あの日差し出された手をなぞるように。
あの日、救われた瞳を真似るように。
ユイナは少女に手を差し出した。新たな人生は、いとも簡単に手に入る。
行動するかどうか、決めるかどうか、それだけがあまりに大きな壁になる。別にここで断られても良かった。何度も通って口説き落とせばいいし、自信はあった。
ところが少女は、首を傾げた様子で、うんともノーとも言わない、絶妙な表情をしていた。
「え、あの……」
「私はどこかに行けばいいんですか?」
「あー、うん。とりあえず、ウチのボスの面接受けて見ない? 今このお店、お客さんいないけど、普段は何人くらい、なの?」
「あなたが初めてですよ」
「あ、今日?」
「開いてから。でも、あなたも、お客様ではないのですよね? となれば、生涯無客です」
少女の口から飛び出した衝撃的な言葉に動揺を隠しきれないユイナは咄嗟に水を飲み干した。無客という言葉が正しいかどうかの判断も、今のユイナには出来なかった。
恐怖。覚えたのは圧倒的な、恐怖だった。これ以上は一人でどうにか捌けるものじゃない。
自分の範疇を越えていた。
「あ、じゃあ、ええと、お店午後休めたり、する、かな。あーしのダンジョン、すぐそこなんだけど」
「構いませんよ。午後は狩りの予定だったので」
「ありがと……あーしの名前は、ユイア」
「私はメルフィと申します。よろしくお願いいたします、ユイナ様」
少女はスカートの端を摘まんで、お辞儀して見せた。




