初めまして異世界
ドカッと音がして、俺の人生は終わった。辞世の句を詠む前に訪れた不意の終わりに、ぼうっと空を眺めた。
「ああ、鱗雲だ」
「おい大丈夫か!?」
「救急車! 腕とんでんべ!」
「これもう、助からないんじゃ……」
「ワンチャン賭けろ! クマのタックルで転がった先の変な銅像に突き刺さって死んだ、は笑えねえ!」
「あなた、お医者さんですか?」
「伝統工芸を次世代に伝える活動をしています」
「じゃ、じゃあ、工具とかで、彼の腕と命をつなぎ留めましょうよ!」
「伝統工芸家はそこまで器用じゃねえ!」
最後の最後で、随分と騒がしい人生だった。
高校2年生。背伸びして受験した高校の勉強について行けず、早期リタイアが決まったタイプ。友達はふたりもいないし、恋人なんてもちろんいない。
さっさと目を閉じてもまともな走馬灯が流れない。こんなものが、俺の最後――
「え?」
真っ白い、部屋。思わず声が出る程に白くて何もない場所に、俺は立っていた。
輪郭も白い、奥行きも白い、真っ白な何もない場所に俺があった。
「人生お疲れさまでした。手前はちゃんと死にました。桑畑流星さん」
ゴーン、ゴーン
何もなかった場所に、普通に二階建ての家位あるデカい振り子。見えないけど確かにあるだろう時計の音。
白い場所に影もなく現れた執務机に座る、眼鏡をかけた金髪の小……幼女。
日本発祥であることは間違いないフリフリのアニメメイド服を着た幼女。きりっとした表情で俺ではなく書類を見る彼女。
全てが気にならざるを得ないって言うのに、俺は全く違う別のことが気になった。
「名前、違うっす」
「……え?」
「俺、桑畑さんじゃないっす」
「え……どなた、でやがりますか?」
「アーノルド・シュワルツェネッガーです」
「あ、え? それは人名でやがるか?」
「ごめんなさいごめんなさい、もうボケないから。それより、ここってどこですか?」
「……ここは、死後役場ってとこですボケ。死にやがりやった奴が次の人生に進む前の場所でやがります。が、手前は、桑畑流星じゃないって?」
「違います。その書類に俺の情報とか書いてないんすか?」
「……ああ、本当だ。似ても似つかない……ああ、ファック見習い神。適当な仕事するからこんなことになりやがる」
「状況を整理すると、間違いだったってことで良いですか」
「……申し訳ねえとは思ってる。だから、手前には次の人生を決めさせてやるです」
「今ので別に満足って言ったら?」
「私の困ることを言うんじゃねえです。手前が人生で稼げるポイントは大して高くねえ代わりに、異世界に転生させてやるって言ってるんです。さあ、選べです」
「色を付けてくれたら嬉しいな。例えば、よくアニメで見るだろう? 椅子借りるぞ」
「勝手に座りやがるな、です。何がご所望でやがりますか」
「例えば、何か力がほしい。せっかく生まれ変わるんだから、それくらいないとつまらない」
「交渉できる立場を悪用するんじゃねえです。力……スキルのことでやがりますか? なんでてめえにそんなもの渡さないといけないんでやがりますかボケ」
「ご機嫌斜めだねお嬢ちゃん。飴でもあげようか」
「2000歳越えてる超ベテラン社員の前でやがりますよ、平伏しやがれです」
椅子に座ったまま、執務机の上に散らばった書類を手に取って目を通す。
言ってみるもんだな。漫画やアニメや映画は大好きでよく見ていた。というかそれ以外楽しい娯楽もなかったし。
だからこそ、ワクワクしてたまらなし、疑問でもあった。ああ、こいつらどうやって生まれ変わって、どう言う仕様で力を手に入れてるんだろうかって。
今俺の手のひらにはまさに疑問の答えと夢があった。
別にこれが全てって訳じゃないだろうけど、今の俺にはこの紙と筆があれば十分だ。
「それは、スキル……まさか、そこから選びてえってことでやがりますか?」
「これは余談ってか、雑談なんだけどさ、俺って、本当は話すことが大好きで、誰かを喜ばせたり、笑わせたりするのが好きなんだよね」
「ああ、そうでやがりますか、嗤える、です」
「だけどな、色々上手くいかねえのよ。嫉妬、疎外感、容姿、両親、同級生。高校ってさ、バカちっせえコミュニティでさ、俺ってもの以外の何かで測ることが多いよの」
「戯言でやがりますね、そういう要素も結局、手前なことに気付く――」
「気づくことが出来るまで結構かかったし、転校でもしねえと変わった自分をお披露目する機会もなくてな。サイン書けばいいのか?」
「そこは私のサインを書く場所じゃボケ。決めやがったですか? わざわざメモまでして決めている思ったら、この程度のスキル。別に受理してやるです。凡庸なスキルなんて」
幼女の神様はペンをとってサインを書いた。たぶんこれで、俺のスキルが決まるんだろう。
どうでも良いことだろうけど、やっぱ人生を自分で切り開くことって大切なんだよなって思う。
「世界はこっちで決める。手前はさっさと生まれ変わりやがってください。もちろん、この記憶も何もかも、消させてもらうです」
「そいつは困るな。誰かを楽しませたいってこの気持ち、そして俺の持つ天才的なギャグセンスを失うのは、世界が被る大きな損失だ」
「寝言は寝て言えボケが。手前は適当な異世界の平民でそのしょぼいスキルを使うといいです」
「残念ながら、あんたの思い通りにはならないよ」
「何?」
「俺は漫画やアニメや映画が好きでさ、やっぱあれってすごいよな、起承転結があってドキドキさせてくれる。でもな、一番好きなのは逆転劇なんだよ」
「何が言いてえ――」
書類を裏返して、叩きつける。
「裏書……」
書類の裏側には手書きで以下を書かせていただきました。
・異世界は日本と同じような環境であること
・記憶は保持されること
・『契約スキル』を所持させること
以上お品書きでした。べっ。
まあどうでも良いけど、間違えて殺された挙句、こいつは映画も見ちゃいない仕事人間だ。
言語は通じる癖に文化が通じない仕事人間。こいつに任せたらどんなセカンドライフを送らされるか分かったものじゃない。
だから裏書でサインさせた。紙が薄いせいで裏書のサインでも効果が受理されたらしい。
迂闊だったな、俺の前で、ぺらぺらと仕組みをしゃべりすぎだ。
あと、何度も言ってやる。
「俺のギャグセンスを喪うのは、世界が被るでけえ喪失だ」
「この……ボケが、余計な仕事増やしやがるんじゃねえです。手前みたいなバグは……」
コツ――
時計の振り子が止まって、世界が暗転する。窓もないのに宵闇が差し込んできたような、妙な感覚。
「おいおい、今は俺のターンのはずだが? お嬢さん」
「黙りやがれです。こんなクソ介入してくる奴なんて――」
机があった場所に黒い稲妻が走って、大きな穴が現れた。例えるなら宇宙。
「規定外次元への穴………どうしてこうも、仕事を増やしてくれやがりますか」
この幼女をぶち殺して穴の中に飛び込めば、管理社会から抜け出せるか?
「おい、危害を加えさせる考えは全部筒抜けだと思えよボケ」
「うわ、神様の標準装備こわ。だけどまあ――」
走ったもん勝ちだ。
「逃がすわけねえだろです」
何もなかったはずの場所からロボットアームが出現して俺のことを掴もうとしてくる。
なるほど、そういう仕掛けもある訳ね。
じゃあ別に、俺が初めてじゃなさそう、だ。こういう、イレギュラーなことをしでかすのは。
襲い掛かるロボットアーム、不規則で蛇のような動きをスライディングでかいくぐる。
悪いなお嬢ちゃん。
「俺はもう止まれねえ」
「それは転生じゃなく転移、後悔するですよ、ボケ」
「だろうな。だからこそ、笑って、酔おうぜ、お嬢ちゃん」
べっ。
渾身のあっかんべーと一緒に、穴の中に躊躇なく飛び込んだ。
さて、俺の人生を掌で転がして、下らない脚本家を気取るのはあの幼女か、それとも……
まあ、誰だっていい。楽しけりゃ、何だって良いんだ。
「初めまして、異世界」