表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

爬虫類の夢

これはきっと簡単な話だったのだ。


 終わりのない世界に生きるオレ達はそのまま進化して進化して進化して、それぞれの生命を統べる「モノ」となった。

 わかりやすいように、ここでは「モンスター」とでも呼んでおこうか。

 オレは全ての爬虫類を複合したモンスターだった。だから見た目は大きな蛇に何本も足がついたような姿だ。

 オレには誰にも真似できない技があった。カメレオンみたいに体の色を変えてあるものをないように見せたり、ないものをあるように見せられる。更にはオレが望んだものを透明にすることができた。同じモンスター同士はできないが、例えば人間の心に入り込めば人間を透明にすることだってできる。

 人間はオレ達よりも弱かったからな。おっと、これはお前たちが想像するような領域の話じゃないぜ。人間が人間ではないモノたちに守られて平和に生きていた世界があったんだよ。

 ところがその頃のオレはオレの技が好きじゃなかった。気が弱かったからな。こんな技なんの役にも立たない。いつも自分の姿を透明にして他の奴らに笑われないよう隠れていた。

 本当は光の当たるところに行って、みんなで美味いものを食べたり歌ったり笑いあったりしてみたかった。だけどいつもあと一歩を踏み出す勇気が出なかったんだ。

 オレ達が住む楽園の丘には一本の木が立っていて赤い実がなっていた。それは何年も昔から枯れることなくそのままだという。これこそがこの世界を維持しているという噂もあった。

 ある日オレは近くで見てみようと姿を透明にして木の下まで行ってみた。そして、ヤツに出会ったんだ。

 そいつは一つ目のモンスターだった。高い丘から全てを見渡すようにそいつは立っていてどういうわけか、オレの存在に気がついたんだ。

「キミは誰?」

まさかオレの姿が見えるなんて思ってなかった。

 そいつは「全てを見通す目」のモンスターだったんだ。オレはそいつに話かけてみた。喋ってみて、こいつとは絶対親友になれると思った。

 名前を聞くとそいつはEYEだと言った。EYE、アイか。EYEはオレが足元の花を透明にしてみせると驚いた。そして、

「すごい技だよ!使わなきゃ!!」


 オレは自分の技が好きになった。


 この日からオレはみんなと同じように表に出てくるようになった。体の色を変えたり、ものを透明にしてみせると他のヤツらもびっくりしたり楽しんでくれたのでオレも気分がよかった。EYEも喜んでくれた。

 だがそんな日々にヤプーが現れることになる。

 ヤプーはオレよりも更に大きな体で全身毛で覆われ、頭に角が生えている。とても力が強いだけでなく、付き合いもよく優しくて親しみやすい性格のため人間たちからは神だとも呼ばれていた。

 ヤプーはすぐにみんなの人気者になった。特にEYEとは段々名コンビになっていき2人が揃えば無敵とまで言われるほどだった。

 オレも最初は一緒になって笑っていたが、段々面白くなくなってきた。なんだよ、EYEは前はオレのことを見ていたのに。その時心に何か黒い霧のようなものがかかったような気がした。

 

 オレは風を受けるのが好きだった。風向きが変わりこちらに向かって吹いてくるのが好きだった。風を受けて丘の木の下に立っている時だけは世界で自分1人だけのためにこの世の美しい香りや音が自分に入り込んで来るような感じがした。

 だけど、最近はその中にEYEがヤプーと楽しそうに笑ったり話している声が混ざっている。それを聞くたびにオレの心の霧は濃くなっていった。

 

 ある日モンスター達が集まって話し合いをすることになった。人間という存在についてだ。

 人間はオレ達よりも弱い。だからモンスター達が少し人間を守っているという意識がオレ達にはあった。

 オレは純粋に人間にはまだ守るべき存在が必要だと考えていた。だから、

「人間はまだ何をするにしても自分達で運命を決定できないんじゃないの。だから今よりももっと強く管理してやった方がいい。」

するとヤプーが口を開いた。

「いいや、人間は自分達で思考して自分達で運命を変えていくことができる。だからオレ達が何かしてやらなくたって人間も平等に仲良くやっていくべきだ。」

別にヤプーが間違ったことを言ってるわけじゃないが、ここ最近心の中の霧が重くなっていたオレは無性に腹が立った。会議をまとめていたEYEはどちらが正しいか考えているようだった。

 EYEは手をパンパンと2回打つと、

「じゃあどっちがいいか選挙をしよう。」とだけいった。

 選挙の日、オレは丘の上に立って風を全て受けるように息を吸い込んだ。オレはオレの意見が正しいか間違っているかなんてことが重要だったんじゃない。ただ前みたいにEYEと仲良く笑い合えるようになりたかっただけだったんだ。

 ヤプーに勝てばまた前みたいにEYEや他のヤツらに認めてもらえると思った。

 張り切った思いで投票の結果を待つ。

 結果は、

 ヤプーの票の方が多かった。

 EYEはヤプーに「さすがお前だよ!」とかなんとか言ってハイタッチをしていた。

 オレは考えがまとまらなかった。みんなヤプーに駆け寄り、胴上げしたりしてオレには近寄っても来ない。オレは透明に透明に透明になって誰にも見えないようにして広場から離れていった。

 何が駄目だった?やっぱりオレみたいなやつは誰かと仲良くなろうなんて思っちゃいけないのだろうか。こんな世界、終わりがないままずっと続いていてもオレはちっとも幸せじゃない。

 他の奴らの幸せのために誰かの幸せは潰される世界なら、オレはいらないと思った。

 こんな世界、オレはいらない。

 心の中の霧が重く深くなってどす黒くなっていくのがわかった。

 その夜オレは丘の上の実を口にしてみようと思った。本当にこの実が世界を維持しているなら食べたらどうなるだろうと思った。オレは物音一つ立てずにするすると木を登ると赤く光る実を一つ手にとった。


 口の中に果実の味が広がると同時に知恵の実であるそれはオレに全てを見せてくれた。

 この世界は宇宙の鳥が作った鏡の中の楽園だった。オレ達モンスターに終わりはない、もしくは長く生きるのに対して他の生命がこの実を食べれば、モンスター以外の生命には死が訪れるようになる。

 そういえばヤプーやEYEは人間が進化した果ての人間を統べるモンスターだった。なら、この世界の始まりに立ち合って人間の進化を止めて仕舞えば、あいつらの存在はなかったことになるだろうか。

 オレは果実をもう一口齧り、願った。

 「この世界の始まりに連れていけ。」


 


 気がつくと、空は明るくなっていて、木の下には2人の人間の男女がいた。オレはなんと小さな蛇の姿になっていた。

 蛇なんてオレの進化する前の1番初めじゃないか。もう遠い昔、オレは何も知らない小さな蛇だったな。と考えていたが、もしかしたらこれはあの実に時間を戻すことを願ったからだろうか?

 オレはゆっくりと男女の間にやってくると実を食べるように伝えた。これは知恵の実だ。全ての知恵が手に入る。確かそんな感じのことだ。

 人間はオレの言う通りにした。


 そこから先は、「歴史」の通りだ。

 オレはEYEが使わなきゃと言っていた技を存分に使うことにした。ないものをあるものに、あるものをないことにした。

角が生えているモノ、体中毛だらけのモノは獣で悪いやつだと言えば人間は都合良く解釈してくれる。神を崇めるという理由で封印する方法を教えたらその通りの建物をあちこちに作り出した。

 オレはオレとそっくりな遺伝子を何人かの人間に入れておいた。そいつらが常に歴史の勝者になるように教え込んでやった。

 もう一つ、オレが使った技は何者でもなくなったやつらを透明にすることだ。特に負の感情は人間を透明にする強いエネルギーになる。嫉妬、恐怖、憎しみ、悲しみといった感情を持つ人間の心にできた隙間には簡単に入り込める。エネルギーをオレが増大してやればその人間はもはや何者でもなくなり透明になり、ガラスの破片のように粉々になっていく。これを集めて鏡にするのだ。こうして鏡は真実の反対を映すものになった。あまりにも鏡がたくさんできていくから、何層にもたくさんの世界ができた。

 世界と世界を反射する鏡はいつしか「月」と呼ばれた。オレが作った鏡を真似て人間達が自分の姿を見るための鏡を発明したが、中には透明になったヤツらの欠片でできた鏡を手にしてしまう人間もいた。

 鏡よ鏡、と唱えて透明になったヤツの魂を呼び起こし自分の美しさを問う者。こいつによってほとんど全ての悪人は鏡から魔力を得るようになった。

 魔力によって鏡の中にはモンスターが潜むようになった。子供たちのイマジネーションがモンスターを鏡に実体化する。大抵はすぐ見えなくなるのだが、たまにモンスターが見える子供もいる。

 オレはそんなガキ共の寿命を縮めたりしていたが、更にそんなガキの家族が妹の生存を維持するための戦いを始めたりするようになった。とにかく一部の人間の中では鏡は不思議な力を持つものの象徴だった。

 世界が何層にも重なった概念を図式化すると一つの目が現れる。まるでEYEの瞳のように。

 だからオレの遺伝子が入ったヤツらは一つ目や爬虫類を象徴にした信仰を持ち始めた。ヤツらが勝手に人類が進化するのを止めようとしてくれる。遺伝子の発展を止めて、機械や魔法を巧妙に使って何も知らない人間に夢を見せる。

 大衆は何が嘘で何が本当かわからなくなる。そうして知らない間に機械で管理されることにも慣れてしまった。ここまでの技術はもはや魔法ではなく呪術と言ってしまっても良かった。

 とにかくオレが始めたことで人間の歴史は発展したとも言える。人類を管理する機械はAIと呼ばれ、そいつはEYEの瞳のように人間の全てを見通していた。

 

 悪気はないのかって?確かに良くないことだって自覚した時もあったさ。だけどオレが始めたことはともかく人間の歴史を作ったのは人間だ。ある意味自分達の運命を自分達で決められるというのも嘘じゃないのかもな。オレがちょっと管理してやった部分はあるが。

 この後人類がどうなるかなんてオレも知らない。ここまで来たらオレにも止めらなくなってしまったよ。それでもオレが始めたことは人間にもよくある、ただ友達が欲しいというような簡単な理由だった。全ての始まりはそんな簡単なことを素直に伝えることができなかったオレの心によぎった黒い霧だったんだよな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ