契約結婚 2
「だけど、ほんとうにわたしでいいの? さっきの茶番、見たわよね? 『大聖母』なんてただの信仰の対象にすぎず、ほんとうはなんの力もない存在。そんなまやかしなのよ。そして、追放者でもある。契約結婚とはいえそんなわたしを妻にしたら、あなた自身だけでなく外交官としてもマズいんじゃない? なにより、わたしは決心したの。いままでは『大聖母』としてつねに良き人間であり続けた。その結果がこれだから、今後はその逆の路線で進みたい。つまり、悪女になるの。だれに対しても、イヤーな女になるのよ。というわけで、あなたのせっかくの申し出だけど、考え直した方がいいんじゃないかしら」
いっきに言った。
お腹がいっぱいすぎて逆流しそうだと冷や冷やしつつ。
ここでぶちまけたら、違う意味でのイヤーな女になるわね、とも思いつつ。
「ああ、それなら心配はいらない。かえってそうあって欲しいんだ。きみがあの愚か者に啖呵を切っているのを見て、『彼女だ。彼女こそおれが必要としている気性の持ち主だ』、と思ったのだから」
「なんですって? あなた、正気?」
彼には驚かされてばかりね。
「条件なんだが、きみはめちゃくちゃ感じが悪くてもいけ好かない態度でも、思う存分振る舞ってくれればいい。決意通りイヤーなレディになり、その真価をたっぷり発揮して欲しい。ついでに言うと、なにをしても構わない。きみの好きなことを好きなだけしてくれていい。それは、おれに対してもだ。公私関係なくひどい態度やそっけない態度を取ってくれて構わない。おれのことが気に入らなければ、罵倒してくれていい。とにかく、きみはきみのやりたいようにやってくれ。欲しい物があれば準備するし、やりたいことがあれば希望に沿うよう努力する。当然、きみはおれに気を遣う必要はないし、おれのいいところを見つけて歩み寄ろうとか興味を持とうなんてこともしなくていい。これはあくまで契約結婚で、そこにきみからの愛は求めないし、期待していないから」
彼の言葉のひとつひとつが驚きの連続である。
変わっているどころの騒ぎではない。
(おかしいんじゃない?)
とさえ思えてくる。
「ただ、公の場にはいっしょにいてもらうし、周囲には一応夫婦だからいっしょにいさせてもらうことも多い。それだけは留意してほしい」
「ほんとうに? いまの条件、間違いないわね?」
「ああ、間違いない」
「どうせ公に追放されたし、家からは勘当されたし、行くところがなくて路頭に迷うところだったの。あなたの申し出は、わたしにとってさいわいだわ。そうね。愛のない『契約結婚』。悪女としてあらたな人生を歩むにはちょうどいいかもしれない」
「では、受けてくれるね?」
「ええ、いいわよ。でも、ひとつだけ教えて。動機は? どうして『契約結婚』をするの?」
「それは、また話すよ」
「もしかして、ほんとうに好きな人がいて、その人と結婚する為のつなぎとか? そうよね。それしか考えられないわ。だったら、わたしみたいなのはピッタリね。わたしが悪ぶって評価を下げれば下げるほど、あなたがそのほんとうに好きな人と結婚したときに周囲の人たちはすごくよく感じて高評価につながるでしょうから。ねっ、そうでしょう?」
ローテーブルに身を乗りだし、勢い込んで尋ねてみた。
すると、彼はきらめく美貌を真っ赤に染めた。
「答えなくていいわよ。その真っ赤な顔がすべてを物語っているのだから。無事に契約は結べたし、眠くなったわ」
「だったら寝室に案内しよう」
同時に立ち上がった。
「ラン、あらためてこれからよろしく」
「こちらこそ。あなたが好きな人としあわせになれるよう、がんばってイヤーな女でいるわ」
差し出された手を握り、ブンブンと音がするほど上下に振った。
彼の手は、貴公子のわりには分厚くごつごつしていた。しかし、とてもあたたかかった。