そして、勘当
勢いのまま大広間を飛び出してきたけれど、広大な庭を歩きながら気が重くなってきた。
「大聖母」として不用とされ、その上婚約破棄された。さらには皇都追放を言い渡された。
お父様とお義母様になにを言われるか……。
立ち止まると、豊潤なバラの香りが鼻腔をくすぐった。
見まわすと、いつの間にかバラ園に来ていた。
「祈りの間」で祈り続けるのに疲れると、ここに来て気分転換をしていたのである。
当然のことながら、夜のこの時間帯に人の気配はない。
愚かな元婚約者は、お義姉様にそそのかされたに違いない。
お義姉様は、そういう人だから。自分が最上位で、なんでも自分の物にしないと気がすまない人。とくに男性と高価な物に目がなく、どちらも手に入れるのに手段を選ばない。その為、これまでどれだけトラブルがあったことか。そのつど、お父様が揉み消しや和解や謝罪に奔走している。
それはお義姉様の母親であるお義母様も同じことで、まんまとお父様とサリンジャー公爵家の資産を手に入れ、思うままに使っている。お父様も資産も。そのあまりの贅沢三昧に、わが家の家計は火の車になりつつある。そのことを知らないのは、かくいうお義母様とお義姉様である。
それ以前に、お父様がしっかりしないからである。お義母様にだまされ、すっかりいいなりになっている。ぱっと見は美しいお義姉様をほんとうの娘以上に可愛がり、お義母様同様傅く勢いでいいなりになっている。
サリンジャー公爵家の没落もそう遠いことではないのかもしれない。
それはともかく、これでもうわたしがサリンジャー公爵家に置いてもらえる理由はなくなった。
ぜったいに追いだされる。
これだけは間違いない。
では、どうするの?
バラ園の中央で佇み、これからのことに思いを馳せる。
というか、ここからどうやって帰るの?
でもまあ、皇宮からサリンジャー公爵家まてはさほど遠くはない。だから、歩いて帰れる。問題は、皇宮を出るまで。
ムダに広いから、歩くのは至難の業である。
「いたっ、いたぞ」
そのとき、遠くから叫び声がきこえてきた。
「ランッ! やっと見つけたわよ」
ますます気が重くなった。
なぜなら、叫び声の主がお父様とお義母様だとわかったから。
二人は、走るでもなくゆっくり歩いてくる。
そうして、一定の間隔をおいたところで立ち止まった。
月光の下、目をそむけたくなるような派手なドレス姿のお義母様は、これみよがしに鼻を鳴らした。
「この恥さらしっ! サリンジャー公爵家とはもうなんの関係もない。このまま去りなさい」
そのような権限もないのに、お義母様に勘当されてしまった。
お父様を見ると、彼は一瞬お義母様を盗み見、そして彼女の考えに同調することにしたみたい。
「もう二度と戻ってくるな」
実の父にまで見捨てられてしまった。
別にいいんですけど。
「そうですか。わかりました」
間髪入れずに了承した。
こんな家、こちらから戻ってやるものですか。
「没落するのを見るに忍びないと思っていたところです。それでしたら、このまま去りましょう。ああ、そうそう。『お世話になりました』や『いままでありがとうございます』は言うつもりはありませんので」
満面の笑みでそう告げると、さっさと回れ右して歩き始めた。
とりあえず、ここから去ろう。いいえ。ここから消えたい気分だわ。
「まったく、失礼な娘ね」
「ああ、その通りだ。態度が悪すぎる」
ええ、そうでしょうとも。
そう演じてみたのだから。
そうして、わたしはまた颯爽とこの場をあとにした。
どれだけ颯爽と去らなければならないの?
そんなことを考えながら。