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理不尽な婚約破棄

「おれにはふさわしくない。ほら、見ろよ。チビでデブで髪と瞳は、不吉な黒色だ。地味すぎるしジメジメ感が半端ない。容姿だけではない。性格もジメジメすぎるし真っ暗すぎる。そんなレディが、このウイルクス帝国の皇太子に似合うと思うか? ふんっ。『大聖母』と添い遂げるというのが皇太子の使命らしいが、その『大聖母』自体が眉唾物だ。そういう存在は、大昔の伝説だ。加護や治癒の力など、実際あるものか。そういうものは、童話や伝承の中のもの。大嘘の力。それをいうなら、『大聖母』自体まやかしだ。そう。ただのお飾りだ。バカな帝国民どもを、こういうわけのわからない存在を崇めさせることによって、皇族の権威を知らしめているんだ。ということは、ここ二百年は安泰であり続けているいま、そんな存在がなくともわれわれ皇族は皇族であり続けられるということだ。だったらもう、『大聖母』など必要ない。用なしだ。婚約を破棄したってかまわないというわけだ。というわけだ。おまえはここにいる権利はない。ずっと側にいさせてやったが、いますぐ出て行け。二度とその鬱陶しい姿を見たくない」


 この日、わたしの精神の糸が切れた。「ブチッ」と大きな音がし、盛大に切れた。


 それは、婚約破棄を言い渡されたからではない。


 婚約破棄のことはどうでもいい。ウイルクス帝国の皇太子ブラッドフォード・ウエールズのことは、ほんの数回見かけただけの存在。その数回もつねに美しいレディを侍らせていた。それが姉妹や従姉妹でないかぎり、あきらかに浮気相手のはず。そのような男に興味を抱けるわけがない。


 だから、婚約破棄されたことはちっともかまわない。


 切れた理由は、全否定されたこと。


 わたし自身を、わたしの人生を、わたしの意志を、わたしの夢を、わたしの将来を、全力で否定しゲシゲシに踏みつけにしたこと。


 しかも、彼はわたしの名すら覚えていない。というよりか、知らない。


「大聖母」になるべくすべてを賭けてきた。それこそ、全人生をである。すべてを諦め、すべてを隠し、すべてを耐え忍んだ。それもこれも添い遂げなければならない皇太子の為。ウイルクス帝国の皇族の為。ウイルクス帝国の為。そこにわたし自身は入らない。あくまでもわたし以外の為だった。


 ウイルクス帝国では、崇める対象を「大聖女」ではなく「大聖母」としている。美しくて華奢で可憐で清楚な外見のイメージのある「大聖女」と違い、「大聖母」は肝っ玉母さんみたいなそこそこの恰幅で地味で並み以下でジメジメした外見でなければならない。その外見のお蔭で、つねにご令嬢たちから悪口をささやかれたり虐められたりしている。それでも、そのイメージを保つ為にどれだけ努力をしたことか。そんな陰ながらの努力まで否定された。


 力なんてないですって? 彼は、何も知らない。何も知らないのにそう断定する。毎日一日の大半を祈りの間にて祈り続ける。それにより、このウイルクス帝国を護り、慈しんでいるのだ。


 だけど、その毎日一日の大半を祈り続けるという行為が、どれだけの苦行かあの男にわかるわけがない。 実際、やってみないとわからないのだ。


 すべてをガマンし、耐え忍び続けた結果がこれ。


 婚約者とは名ばかりの愚か者は、遊び相手のレディと公に付き合いたいが為に、このウイルクス帝国建国の式典のパーティーで宣言した。


 この茶番がどれだけ愚かなことか、彼はちっともわかってはいない。


 それはともかく、とにかくわたしの精神は切れた。精神が切れたというよりか、心と頭がキレたと表現した方がいいかもしれない。


 どうでもいいと思った。


 そして、瞬時に決意した。


「大聖母」というよりか、いい人であることに、良き側であることが報われないのなら、まったく正反対の存在にポジションチェンジしよう、と。


 つまり、いまこの瞬間から悪女になろうと。


 チャラチャラしたご令嬢たちの間で流行っているという「悪役令嬢」を目指してみよう。


 そう決意した。


「おおいに結構ですわ。望むところ、というべきかしら」


 いままでは、話をするのも一苦労だった。小声でやさしく、かつ穏やかな話し方でなければならなかったから。


 だけど、いまはそう演じる必要はない。


「皇太子殿下に失脚を。皇族が破滅しますよう、心よりお祈り申し上げます」


 低く唸るような声で宣言した。


 これまでの声質とはまったく違うので、よりいっそう不気味かつ不吉な響きがあったはず。


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