表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

死への恐怖とは

作者: tokiame時雨

あなたにとって死はどんなものだろうか。

私にとっては少なくとも恐怖の対象だ。そして、死を恐れる人間は多いと思う。

なら、この恐怖は無くせないのだろうか。そう思った私は、死を恐れる理由について考えた。


では、1つ目に思いついたものについて語らせてもらおう。

それは、「死んだ後どうなるのか分からないから」というものだ。死後どうなるのか。葬儀を思いつくと思うが、それはあくまで周りから見た話だ。

自分の意識や思考はどうなるのか、そういう自分にとっての死後は分からない。

死後どうなるのかというのは、これまで様々な人間が考えたのだろう。天国や地獄に行く。生まれ変わる。幽霊になる。このような考え方があるのがその根拠だ。

だが、それを確認する方法はない。あるとしてもそれは死後の話だ。

つまり死後にどうなるのかまったく分からない。

私は、分からない、つまり未知の存在、事象は恐ろしいものだと思う。だからこそ死を恐れる。

さて、理由の2つ目だ。これは「生物としての本能」だ。

私は生物というのは、種を繁栄させるために生きていると思う。死んだら子孫は残せない。そのため生物として不都合だ。

死を恐れるというのは、死を避けようとすることにも繋がると、私は思う。それは結果的に種の繁栄に繋がる。

ここまで語らせてもらったが、3つ目に私が最も人間らしいと思う理由を語らせてもらう。

それは「自分を認識出来なくなる」というものだ。

人間には承認欲求というものがある。人に認められたい、人に評価されたい、言ってしまえば人に構って欲しい、というものだと思う。

私は承認欲求には前提として、自分を認識していなければ意味がないと思う。

死後に称えられることもあるだろう。そしてそれを目指す人もいるだろう。だが実際死後どうなるのかは分からない。

死ぬ前に、人から自分はどう評価されるだろう、死なずにこの先を見たい、まだ死にたくない、「死ぬのが、怖い」こう思うのではないだろうか。


死を恐れる理由、考えてみたが結局まだ死は怖い。正直、死を恐れなくて済む様にしたいと思っていたが無理だった。

死を恐れる必要のないくらい良い生き方をする。それが一番いいのだろう。

だが、私は死の恐怖を忘れられないのだろう。幸せの絶頂で、ふと思い出すだろう。

だからこそ私は、死について考え、理解したい。もしかしたら、死を恐れなくて済むかもしれない。そんな希望に縋りたいのだ。


―終―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ