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少年と少女

次話は今週中に投稿予定です

 「ここは……?」


 少女は暖かな部屋でベッドに横たわった状態で目を覚ました。

 先程まで冷たい雪毛布に覆われていたはずなのに、今では温かい毛布が体の上にかけられていた。


 「一体誰が?」


 いつでも動けるように心の準備をしながら、少女は体を起こして周囲を観察する。

 眠っている間に体力は回復しており、体を確認すると傷は全て塞がり武器もちゃんと存在した。


 「どうやらここは、寝室のようですね」


 少女が目覚めた部屋にはベッドの他にはストーブしか物はなく、人の気配は別の部屋にあった。

 酷い状態だった少女を助けてくれた人物なので、敵対は避けたいが万が一追手の一人だった場合、即座に対処しなければならない。


 「あの人の言葉があるので、できれば仲良くできればいいのですが……」


 少女を助けてくれた人物の最後の言葉を思い出しながら、少女は音を立てないように部屋を出て慎重に進んでいき、人がいる扉の前で一旦止まった。

 部屋の中からは物音がしているので、中に人がいるのは間違いない。


 「誰かを信じることも大切ですよね……」


 最初から疑っていてはいけないと思いつつも、敵だった場合を考えて即座に動けるようにしながら扉を開けた。

 そう簡単に人を信じれるほど、少女の人生は簡単なものではなかった。

 慎重に扉を開けると、部屋の中には暖炉の火に当たりながら本を読んでいる白髪の少年がいた。

 

 「おはよう。もう、動けるようになったんだね」


 少年はこちらに気づくと、読んでいた本を机の上に置き、優しい笑顔を携えてこちらに近づいてきた。

 部屋の中には想像していたような敵はおらず、むしろ優しそうな少年の笑顔がそこにはあった。

 この世界で生き抜くのが大変そうな、優しい青い瞳でこちらを見てくる少年は、敵とは全くかけ離れた無害な人物に見えた。


 「はい、あなたが助けてくださったんですよね?」


 「うん、雪の中で倒れている君をここに運んだのは僕だよ。危険な状態だったけど、体を温めてからベッドで休ませたらすぐに良くなったから驚いたよ」


 少女の予想通り、助けてくれたのは目の前の優しい少年だった。

 組織の人間ならば少女を介抱するはずがないので、この人はただの親切な人なのだろう。

 それならば、すぐにでもここを出なければならない。

 ここにいればいつ組織の人間がここにやって来るかわからず、少年にも迷惑をかけてしまう。


 「助けていただきありがとうございました。お礼をしたいのですが、すみません……少々込み入った事情があり、すぐにここを離れなければなりません」


 そう……少女とは会わなかったことにするのが少年のためになる。

 そもそも、少女の目的地はここではなく街なのだから。

 だが少年は……

 

 「それならなおさら、ここに居なよ」


 少女を見捨てなかった。


 「なぜですか? 私と一緒にいれば危険です」


 「いや、君のような女の子が一人でいるほうがよっぽど危ない」


 少女は自分は大丈夫と少年に伝えるが、少女のことを知らない少年は心配をしてくる。

 だが、それは余計な心配だった。少女は化け物で普通の人間とは違う存在なのだから。

 心配される必要も、助けてもらうほど弱い存在でもない。

 それを証明するために少女は右手に意識を集中させて、炎を放出する。


 「熱っ」


 熱が届いたようで、少年は少女の出した炎から少し遠ざかる。


 「すみません。ですが、この通り私は異能者なので守られる必要はないです」


 異能者――突如降り始め、一年で世界の人口を六割減らした死の灰。

 それに触れることで生物は強制的に進化をすることになり、多くの人々はその変化に肉体が耐えきれず死亡した。

 だが、その変化に耐えきった者達は皆、特殊な異能を持っており異能者と呼ばれた。


 少女もその特殊な異能を持った一人であり、彼女は肉体から炎を放出し、操ることができた。

 少女は少年に炎が届かないように調節しながら、右手の炎を見せつける。

 掌から吹き出る炎は明るく部屋を照らし、触れたものを容赦なく焼き尽くす熱が周囲へと広がっていく。

 この炎を見れば人の良さそうな彼でも、自分を心配などしないだろうと考えた少女だったがだが、その考えは甘かった。


 「その炎がどうしたのかな?」


 彼は先程と変わらず、心配そうな目で少女を見つめていた。

 彼女の炎を見た者たちは、反応の仕方はそれぞれだが皆一様に少女に怯えていた。

 だが少年は炎に恐れた様子はなく、化け物を見るような目で見ることもしない。

 そんな人物がいるとは、少女は考えたこともなかった。


 「怖くないんですか?」


 少女は恐る恐る、少年に訊ねる。

 期待して裏切られるのが一番少女にとって怖いことだったので、慎重になるのも仕方のないことだった。

 

 「怖くないよ。ただ君が能力者だというだけだろ」


 だが、少年は少女のその小さな疑念も簡単に打ち消してしまう。

 確かにそうなのだが、思った反応と違い少女は困惑してしまう。

 少女は多くの人間を見てきたことで、ある程度目の前の人物が嘘をついているか見抜くことができる。その彼女の力を使わずとも目の前の少年が、嘘をついていないのがよくわかった。

 だからこそ、少女は困惑してしまったのだ。


 組織で異能者である少女の扱いは道具のそれと同じだった。

 道具として邪魔なものを排除する。それが少女の役目であり、ただ一つの存在理由。

 だが少年は少女を道具や化け物ではなく、一人の人間として見ているのだろう。

 それが少女にはとても嬉しかった。


 「それは……そうですが」


 驚きのあまり、少女は言おうとしていたことが吹き飛んでしまう。

 そんな黙ってしまった少女を見て、少年が代わりに口を開く。


 「君が何を言いたいのかはなんとなくわかった。でも、僕は君を差別しないし君を見捨てることはしないよ」


 「……後悔しますよ」


 素直に言葉が出ずに脅すようなことを言ってしまう少女だが、彼はそんなことはお見通しのように優しく笑って首を振る。


 「僕は君を助けたことを後悔はしない。むしろ、ここで君を見捨てたら一生後悔するよ」


 「……ありがとうございます」


 涙が零れそうなのを堪えながら、少女はお礼を言う。

 目の前の少年は、本当に優しい人なのだと心で理解したのだ。

 

 「お礼なんていいよ、それより自己紹介がまだだったね。僕の名前はエトス、よろしくね」


 「よろしくお願い致します」


 「キミの名前は?」


 エトスに名前を聞かれるが少女は困ってしまった。

 少女に名前はなく、あるのはコードネームのみ。だが、それを名前と読んでいいのか少女にはわからなかったが、呼び名がないと不便なのでそれを伝えることにした。


 「私の名前はくれないです。以前居た場所ではそう呼ばれていました」


 「紅さんね。うん、いい名前だ」


 これまで紅と呼ばれてきても何も感じなかった少女だが、少年に呼ばれると胸の奥がくすぐったくなる気持ちがあるのを感じた。

 不思議とまた呼ばれたい、そう思ったのだ。


 「ありがとうございます」


 「うん。お互い自己紹介が済んだところで、これからの話をしようか」


 エトスの言う話とは具体的には、少女が何をできるかについての話だった。

 組織では万能な道具だった少女だが、ここで問題が発生した。


 「もしかして、料理とか掃除とかやったことない?」


 「掃除ならやったことはありますが」

 

 「いや、多分紅さんの言う掃除の意味は少し違うと思うな」


 少女は家事の知識が皆無だったのだ。

 能力で言えばできる方なのだが、いかんせんこれまでの状況が悪く、料理をしたこともしてもらったこともないのだ。

 少女にとっての食事はただの体力を回復するための手段であり、味などを追求したことは一度もなかった。

 周囲の動物を狩って丸焼きにしたり、植物や木の実を食べて過ごすのがほとんどだった。


 当然、少女の言う掃除も一般的な部屋をきれいにする掃除ではなく、組織の邪魔者を始末する意味だ。

 これには頭を抱えるかと思われたエトスだが、そうはならなかった。


 「うん、キミのことはなんとなくわかってきたよ。じゃあ、これから過ごす上でキミにお願いしたいことがあるんだ」


 「何なりとご命令ください」


 「そんなにかしこまらなくていいんだけどね」


 少女の丁寧な口調に苦笑しながらエトスは続けた。


 「紅さんには、外にある食べれそうな植物や木のみを採取してきてほしいんだ。あとは、余裕があったら動物をなにか狩ってくれると嬉しいな」


 「了解しました。それなら、私にもできそうです」


 エトスは家事ができなそうな少女のために、家事以外の作業を振ることに決めた。

 家事を教えることを放棄したわけではないが、新しい環境になれるためにまずは彼女にできそうなことからやってもらおうと考えたのだった。


 「今日は、とりあえずゆっくりしてていいよ。あんなに酷い怪我だったんだから休んでほしいな」


 「わかりました」


 本当ならばもっと役に立ちたいと意見したかったのだが、助けてもらった側である少女がわがままをいえばエトスが困ってしまうと判断したのだ。

 

 「大丈夫、キミには明日から働いてもらうからね」


 そんな少女の心の中を見透かすように、エトスは笑いかけた。

 今までこんなにも見透かされたことのなかった少女は、驚きながらも嫌な気持ちはしなかった。


 「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 こうして、少女とエトスの共同生活は始まった。

 少女は人間としてはじめの一歩を踏み出したのだった。

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