プロローグ
「はぁ……はぁ……」
白く染まった美しい白銀の山の森を、赤く長い髪を揺らしながら、少女は息を切らして裸足で駆けていた。
なにかから逃げるように必死に雪山を少女は走り続ける。
普段なら美しい雪景色に見惚れることも合ったかも知れないが、今はそんな余裕はなく、むしろ体力を奪っていく雪が少女は憎く思えていた。
「待て!」
後ろから数人少女を追いかけてくるが、少女は振り向かずにただひたすらに走り続ける。
「捕まってはいけない。捕まってしまえば、私を逃してくれたあの人の思いが無駄になってしまう」
少女は最悪の未来を回避するために、懸命に走り続けたが……命がけの逃走劇は突然終わりを告げた。
「あっ」
少女の背後にぽすん、と何かが落ちる音がしたので振り返ると、そこには見知った爆弾が落ちていた。
「っ!」
急いで木の後ろへ飛び込むことで爆弾をやり過ごそうとしたが、少女が飛び込むよりも一瞬早く爆弾は爆発し、少女の目の前が爆音とともに光りに包まれた。
轟音が山に鳴り響き、爆風で辺りが白く視界を遮る。
「うう……」
そんな中、少女は生きていた。
爆風に吹き飛ばされ地面を転がった少女の体には、幸運なことに酷い怪我はなく、頑丈な自分の体に感謝をして再び走り出そうとした少女だったが、災難はまだ終わらなかった。
「嘘……」
少女の目に映るのは、晴れた視界の先から大量の雪が自分に向かってくる光景だった。恐らく先程の爆発の影響で雪なだれが発生してしまったのだろう。
「くっ」
今ならまだ巻き込まれずに逃げられると急いで起き上がり、この場から移動しようと一歩踏み出すが、踏み出した右足に鋭い痛みを感じ少女の動きが一瞬止まる。
その一瞬が致命的だったようで、少女の体は雪崩に巻き込まれてしまい雪とともに山を下っていき、少女は頭をぶつけて気絶してしまった。
雪崩に巻き込まれた数分後、少女は冷たい雪の上で目を覚ました。
「……ここは?」
運が悪ければそのまま雪で窒息していたが、少女の今日の運勢は良かったようで体は放り出されるように雪の上に転がっていた。
倒れた体を起こさずに素早く周囲を見渡すが、追手がいる気配はなかった。
だが良いことだけではなく、ずっと雪の中にいたせいで少女の体温はひどく低下しており、気絶している間にぶつけたようで鈍い痛みが体全体に広がっていた。
「このまま……死ぬわけにはいかない」
再びどこか遠くに走りだろうとするが、その意思に反して少女の体は動いてくれなかった。
普通の人間ならば死んでいる爆発を近距離で受け、雪崩にもみくちゃにされた少女の体はすでに満身創痍だ。
むしろ体の原型をとどめ、どこも欠損していないのが奇跡だった。
「一歩でも遠く、あそこから離れないと」
走ることはできなくとも歩くことは辞めずに、一歩、また一歩と限界の体に鞭打って進み続ける。
「私は……生きないと」
少女の頑張りも虚しく、精神よりも先に肉体の限界が訪れ、地面に倒れ込んでしまった。
「なんで……」
もう体に力入れることすらできず、動く体力もなかった。
無常にも雪は振り続け、少女のなけなしの体力を容赦なく奪っていく。
徐々に雪が積もっていき、少女の体は白く覆われていく。
「誰か……」
助けを求めるか細い声をあげるが、その声は誰にも届かない。
少女を助けてくれた人間は、これまでに一人しいない。
なのに、こんな雪山で誰が自分を助けてくれるのだろうか、そう諦めた少女は目を瞑った。
……そんな風に諦めた時、ざくっざくっと雪を踏みしめる足音が近くから聞こえてきた。
視界は霞んでおり、追手かどうかは判別できなかったが違うことを信じて必死に助けを求める。
「どなたか存じませんが……お願いします。私を助けてください。私を…………人にしてください」
掠れたか細い声で、近くにいる人物へ懇願する。
その言葉を最後に少女の意識が闇に誘われるが、その寸前に確かな希望が聞こえた。
「わかった」