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8話 宿屋

短くてすみません。


 ランスディールが利用するのはこの街で一番信頼度が高い宿屋。メイン通りから近からず遠からずの場所にあって、小さい看板があるだけで、初心者にはわからない外装になっている。部屋数はそう多くないので予約制。値段は張るが、その分設備と防犯性と情報漏洩の対策もしっかりしている宿だ。

 ランスディールが扉をたたいて合言葉を言うと、静かに扉が開き、地味な外套を着て頭を隠している宿屋の主人が、目を細めて商売用の笑顔でランスディールを出迎える。


「お久しぶりですね。『キンスイ草のボッチャン』」

「お久しぶりです。ネネクさん」

「お久しぶりだねぇ。兎チャン」

『ヒサシブリ』


 ランスディールの足を掴んで半身を隠し、緊張と警戒が混じった硬い声でラミィは挨拶を返した。

 蛇に睨まれた蛙のように身が固くなっている。別に取って食われるわけではないのだが、ラミィはこの宿屋の店主が苦手なのだ。

 そんなラミィを見てネネクはチョロチョロと舌を出して面白そうに笑った。

 この宿屋の店主は白髪で目が細く、口を開けて笑うところを見れば白蛇の獣人だとわかる。蛇と同じように舌先が割れていることがその証拠だ。常に外套を着ているのは折れた角を隠したいから。角が折れているからなのか、この宿屋の店主は念話ではなく人間と同じく声を出して会話する。

 この宿は情報漏洩の対策として客に源氏名をつけて、宿屋にいるときはその源氏名で呼ぶ。さらに一見さんはお断りで、利用するには常連客の紹介状が必要。

 ランスディールは母親の養母に紹介状を書いてもらった。

 ネネクのことで知っているのは、この店が二百年以上続いていること、性別を男にしていること、時々しゃべり方がカタコトになること、寒さに弱いので夏以外は厚着していることだ。


「予約では一人と言いましたが、急に連れが一人増えまして」


 ランスディールが申し訳なさそうに言うとネネクは大丈夫ですよと笑った。


「こちらは構いません。二人部屋になさいますか?」

「いえ。一人部屋のままで。値段を確認したいのですが」

「部屋を変えないなら変わりません」


 わかりました、とランスディールは頷いて受付をすませ、部屋を案内してもらう。

 壁、天井に華美な装飾はなく必要最低限の内装で寂しい店内という印象をもつ。何もないと逆に汚れが目立ってしまうことになるが、清潔感には気を使っていることが見てとれる。

 それもそうだとランスディールは思う。

 常に危険と隣り合わせの街なのでお金をかけて見栄を張っても、危険が及んで手放すことになったらお金をかけた分だけ損する。観光客相手ではなく、ランスディールのように表立って目立ちたくない客人を相手に信用ともてなしで成立している宿だ。いつ客がくるかわからない見通しが不安定な商売だが、二百年以上続けているのだから太い客でもいるのだろう。よくやっているなと思う。


「最近はどうですか?」

「おかげさまでいいですよ」


 さらに情報漏洩の対策として一部屋に一通路の造り。他の客と遭遇することがない廊下を歩き、緩いカーブのある階段を上がりながら、店主のネネクが答えたのは店の景気。

 ネネクは目を細めてどこまで本音なのかわかない、わからせない、けれど儲かっていますと聞こえる返事をした。

 ランスディールが聞きたかったのは宿屋の景気ではなく街の様子なので言い方を変えた。


「ここ最近の治安はどうですか?」

「先月、魔獣の討伐依頼をうけた冒険者が『ただの森』で変なお香を焚いたんです。テットリ早く魔獣を討伐して報酬をもらうために。そうしたら魔獣の群れがヤッテきて大騒ぎになりました。チャント自分たちで仕留めてくれればヨカッタのですが、実力不足ダッタようで、街に逃げカエッテきましてね。街にいた冒険者総出で退治しましたよ」


 ネネクは抑揚をつけて印象を大きくし、身振り手振りで話を盛り上げる。


「ここに来る前に、神官が演説しているのを見かけました」

「それですよ」

「大変でしたね」

「ええ。それはもう! 気にナッテ見にイッタら、五十はいましたねぇ。狼型の魔獣に鳥型の魔獣……。彼らが逃げカエッテきたのは大型の魔獣がいたからでしょうね」

「大型の魔獣⁉ 普段は森の奥にいて遭遇することなんてないと聞きますが」

「そうなんですけどね」


 大型の魔獣は二階建ての家と同じくらいの大きさで凶暴だ。遭遇したら母なる神に祈れと言われるほど、生きて帰れる生存率が低い。


「熟練の冒険者も苦戦していましたよ。荷物まとめて逃げないとだめかなと思いましたけど、まあ、何とか仕留めてくれたのでヨカッタです」

「魔獣が街に入ってきたことはありますか?」


 この街には魔獣から奇襲を受けても、街中が守れるように厚い防御壁が築かれている。それに伴って出入口も二箇所に限定し、門は木製ではなく鉄製にして防御率を上げている。


「過去に何度かありましたが、ここ数年はありませんよ。でも、去年も今年も森の実りがスクナカッタと聞いています。冬になると野生の動物たちは冬眠します。狩られる側の動物が少なくなり、木が枯れて果実や木の実も無くなります。肉食の魔獣が次に狙うのは、人間の街になりますねぇ」


 まあ、冒険者が冒険者の名に懸けて退治してくれるので今年の冬も大丈夫だと思いますよとネネクは笑った。


「そうそう。この話には続きがありましてねぇ。退治がオワッタ後、お役人はお香をたいた冒険者たちに破壊された場所の修繕命令と罰金を言い渡したんです」

「珍しいですか?」

「そうですね。大抵は罰金をシハラッテ終わりです。その徴収したお金で専門職人に頼んで修理してモラッタほうが確実で安心でしょう」

「確かにそうですね。……見せしめ、ですか?」


 ランスディールは通りで演説していた若い男性を思い出す。


「おそらくは」


 二百年以上いるネネクも何かしらの意図があると思っているようだ。

 領主はこれを軽視していい問題ではないと判断したのだろう。

 一般的な情報源は、各街に張り出された国が情報を開示したもの。他には商人や情報の売買を生業にしている情報屋だ。

 田舎など場所が遠ければその分情報が届くまで時間がかかる。だから田舎の街では、商隊などが来たら歓迎して情報を聞き出したりする。

 大樹のように長く商売しているネネクのような商人の言葉は信用できる。実際にネネクは確かな情報を得るために自分の目で確かめてきている。


「こちらです」


 最上階に案内された部屋は、寝台が一台と丸いテーブルと椅子が一脚ある暖炉付き。

 貴族の目線で言えば狭いのだが、別に観光にできたわけではないので部屋の広さに文句は言わない。肝心なのは悪質な者たちにラミィの存在を知られ、誘拐されないようにすることだ。


「ありがとうございます」

「何か必要なものがあれば遠慮なくお申し付けください」

「あ、ネネクさん。相談したいことがあるのですが」


 ランスディールが魔獣の話を聞いて不安になってと言うと、ネネクは人の良さそうな笑みでかまいませんよ、と言った。



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