表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/50

5話 白金髪の青年騎士

ここから白金髪の青年騎士です。

よろしくお願いします。

 広大な森の一部を国土としてもつリアンド国は建国祭の日を迎え、王都も含めて全ての領地で祝祭があげられていた。

 王都では普段の倍以上の人々が行き交い、臨時で開かれた飲食の屋台や土産物の店は賑わいを見せていた。

 毎年恒例行事として行う軍事パレードが目玉で、それを見にわざわざ地方から見物をしに来る領民もいる。彼らの財布はこの日ばかりは緩い。

 その領民の一組といえる少年とその父親はお土産物を選んでいて、どれを買って帰ろうかと悩み、商品とにらめっこしていた。そこにわあああ、と人々の歓声が背中越しに聞こえた。

 親子が振り向くと、城門を出発し、貴族街を通って城下まで下りて来た騎士団の一行が大通りを進行していた。

 先頭は甲冑を身につけた騎士が国旗をもって先導。青を基調とした剣と一角の兎が描かれた国章は風に吹かれてはためく。

 その後を、少し距離をおいて白馬に乗った王子と同じく白馬に騎乗した騎士たちが続く。鍛えられた身体に襟詰めの制服を着て帯剣を下げて馬に乗っている騎士たちは太陽の光に当てられて眩しく見える。


「あ! お父さん! 騎士さまたちだ! 格好いい!」

「ああ。格好いいね!」


 青地に金糸が入ったその制服は国旗色と同じ。国の未来を背負う覚悟を求められ、その期待に応える覚悟を示した者しか袖を通せない制服だ。

 国王を始め、王侯貴族が立会人として行われる王宮の広間で騎士の誓いをたてた彼らは、国の為に、民の為にその剣を捧げる。

 多くの男の子が一度は憧れる職業。この少年も例にもれず、顔がぱっと輝いていいなあと呟く。


「ねえ見て! 『白馬の騎士』さまよ!」

「ランスディールさま―!」

「きゃあ! 格好いい!」

「本当に王子様みたい!」


 親子の近くで、黄色い歓声をあげたのは王都に住む娘たち。その姿が物語に登場する白馬に乗った金髪の王子様のような容姿からランスディールを『白馬の騎士』と呼ぶ。白馬の王子さまと呼ばないのは自国にいる二人の王子への配慮だ。

 若い娘たちから最も多く注目を集めているランスディールは、どれほどの熱い視線を受けても、好意的な言葉をかけられても眉一つ動かさず、真面目な顔をして前を向いたまま。


「ランス。少しは期待に応えたらどうだ?」

「仕事中ですので」


 お互いにしか聞こえない程度で交わされる会話。

 馬に騎乗している第二王子リオナールから愛称で呼ばれたランスディールは即答した。

 母親譲りの白金髪プラチナブロンドに、父親譲りの青灰色の瞳と容顔美麗な顔立ちを継いでいる侯爵家の子息。中肉中背ではあるが騎士という職業柄鍛えた体は筋肉質。近衛騎士団に所属していて、今は護衛担当であるリオナールの後ろについている。


「冷たいなあ、最後だろう」

「仕事中ですので」


 昔はもっと愛想よくなかったかとリオナールが言い出す。

 ランスディールは表情を崩さず聞き流す。


(天候に恵まれて良かった)


 ランスディールは視界に入る澄みきった青空を見て素直にそう思った。

 凱旋に引けを取らない大きい歓声と羨望が混ざり合った空気の中で真面目な顔を維持しながらも、心の中では目の前の主君と共に無事にこの日が迎えられた嬉しさに満ちていた。そして同時に、今日まで共に歩んだ思い出が甦って懐かしさも感じる。とくに近衛騎士団に所属してから毎年見てきたこの立ち位置からの景色も見納めだと思うと切なさも混じる。しかし、そう思った時間はわずか。今は感傷に浸ってはいけない、と己に言い聞かせていると、聞き覚えのある可愛い声が耳に入ってきた。


「「ランスお兄さまーー!」」


 ランスディールが斜め上を向くと、母親と十歳になる双子の姉妹が飲食店の二階の窓から手を振っていた。

 去年も一昨年もそこの窓から手を振ってくれたな、と懐かしく思いながらランスディールは母親と双子の姉妹に向かって手を振って返す。

 身内にしか見せない、甘くて優しい微笑みで。


「きゃあああああ!」

「ランスディールさま!」


 ほんの数秒間だが、幸運にもランスディールの甘くて優しい微笑みを目撃した街の娘たちが悲鳴をあげた。


「やればできるじゃないか」


 人好きする笑顔で手を振って民衆に応えながら、リオナールは言ってきた。


「可愛い妹たちがいましたので」

「ランス。旅路はいい機会だ。変態って呼ばれないうちに、それ治してこい」

「癖ではありません。期待に応えて勘違いされても困るからです。余計な火の粉は作りたくありません」


 目の前の主君が襲われないよう周囲へ警戒しつつ、ランスディールは表情を変えずに、疲れてもいないのに疲弊した声で言う。自身の性格が冷たいのではなく、勘違いから始まる恋愛は避けたい故の行動だと主張した。


「そうだな。旅立つ直前に後味の悪い思いをして、王都を出たくはないか」


 ランスディールが過去に苦い思いを経験していることを知っているリオナールは心境をくみとった。



 ◇◇◇◇◇◇



 さかのぼること一月前。ランスディールは所属する上司に退団届けを渡した。

 侯爵家の長男として生まれ、小さい時から勉強も剣術も真面目に取り組み、順当な人生を歩んできた。

 しかし、去年からどうしても捨てられない気持ちがあった。


 一度、自由になってみたい


 ランスディールは四年前から近衛騎士として王城に勤め、自国の王子の信頼も厚く、このまま歩めば騎士団長の職も夢ではなく手が届くだろうと言われていた。

 どこかの貴族令嬢を娶り、誰もが羨む幸せが掴めるだろうと言われた。

 だがもし、両親の期待、周囲の期待、その全てから解放されたらどういう人生があるのだろう。

 期間限定でもいい。味わってみたい。

 そう思い始めたら止まらなくなった。

 でも、そんな安易な理由で辞めていいのか?許されるのだろうか?

 何度も自問自答を繰り返し、悩んだ末、ランスディールは退団届を書いた。

 それが今、リオナールの手元にある。

 王宮にあるリオナールの執務室。窓のカーテンと床に敷かれている絨毯は落ち着いた色合いで統一され、重厚な木製の机と椅子には職人による繊細な細工が施されており、必要最低限の調度品で華美でもなく質素でもない部屋。

 机には期限が迫っている申請書、部下に指示して調べさせた報告書が置いてあるが、リオナールはそれらを脇に寄せてさっと目を通し、机に両肘を置いて手を組んで興味深くランスディールを見上げる。


「なんでまた。何が不満だ?」

「何も不満はございません。殿下には感謝しております。だた、今の自分では納得できないのです。何かを見つけたいといいますか……。旅に出たいのです」

「自分探しの旅か?」


 リオナールの近くに控えている近衛騎士の中年の男が答え合わせをするように問う。ランスディールが近衛騎士に配属されたばかりの新人時代の頃、面倒をみてくれた先輩騎士である。まあそう思う時期もあるよなと共感してくれた。

 ランスディールはそうですねと歯切れ悪く頷いた。そうなったのは、何を求めているか自分自身でもわからないからだ。でも、ここにいては手に入らないことだけはわかっていた。


「私への誓いは何処へいった?」

 リオナールの硬い声に、執務室の空気の温度が下がった気がした。怒っているわけではない。その誓いの言葉をこの場に捨て置いてまで通したいのかと問うている。

 机に両肘を置いて手を組んだまま射るような視線を投げるリオナールに、ランスディールはひざを折って、右手を剣の柄に添えて左手を胸に当て首を垂れる。


「誓いは今でもここに。この身が最果ての地にいようとも、殿下への忠誠は変わりません。右手に剣を。左手に主君への忠誠を。この命尽きるまで共にあることを誓います。旅路が終わり、再び殿下の元へ戻って来たときには、今まで以上に殿下の騎士として相応しい姿で戻って参ります」


 ランスディール自身も望んで近衛騎士団に所属し、リオナールの護衛担当になったことに目の前の主君は嬉しいと言ってくれた。騎士の誓いを今日まで信じて傍に置いてくれたことは嬉しくもあり、誇りでもある。


「……まあ、お前のことだ。悩んだ末だというのはわかる」


 首を垂れたままのランスディールを見下ろしていたリオナールは、背もたれに体重を預けて普段の調子に戻した。お前の言葉を疑ってはないと言って、ランスディールに起立するよう声をかける。


「『白馬の騎士』がいなくなると知った街娘や令嬢たちは悲しみにくれて、涙で枕を濡らすだろうな」


 リオナールは諦めるかわりに目の前の部下をからかった。


「……」


 リオナールのいたずらめいた笑いに、ランスディールは複雑な表情を浮かべた。

 いつの間にかついた二つ名は『白馬の騎士』。

 美しさに磨きをかける貴婦人からも褒められる中性的な顔立ち。

 その外見に頬を染めて、ランスディールとお近づきになりたいと思う年頃の貴族令嬢は年々増える一方だ。


「なんだ。その顔は? 女性から人気があって何が嫌なのだ?」

「いえ、別に嫌では……」


 ランスディールの口がさまよったような中途半端な状態になった。侯爵家という家格と嫡男であること、王子の護衛騎士ということもあって、優良物件として令嬢から人気があるのだ。男として女性に人気があるのは喜ぶべきこと、と分かっているが、そういう裏事情を知っている身としては素直に喜べないのが正直なところ。しかし、貴族社会は家と家の繋がりを大事にするので、仕方ないと思っている。


「令嬢たちの取り合いではないが、私も兄上にお前を取られまいと頑張っていたんだぞ。お世辞抜きでお前が私のところに来てくれたこと、嬉しかった」

「ありがとうございます。これからも誇れる騎士であるよう精進してまいります」

「いい心がけだ。期待している。行って来い。――そして戻ってこい。待っている」


 ランスディールはリオナールに尊敬を込めた立礼で返した。

 ランスディールの退団届けは建国祭から数日後に受理された。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドキドキしながら読んでます。急いで読むともったいないのでゆっくり読みます!でも先に進みたいっ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ