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2話 影のポケット


(今日もまた、ルルテに言われちゃった……)


 草むらから鈴虫の羽音が聞こえる。

 夜行性ではない限りは朝日で目覚めて起きて、太陽が沈んで夜になったら寝るというのがこの森に住む獣人の生き方だ。

 その例にもれず、みな就寝していた。

 暗い穴蔵は暑くもなく寒くもないが、大家族のようにみんなくっついて寝ている。

 ちびの隣で寝ている同胞からは静かな寝息が聞こえる。

 小さい体を丸めて横たわっているちびは、劣等感でずきずきする胸の痛みが消えず眠れないでいた。


『ちびが十分に拾えなくて役に立たないのはいつものことだし』


 寝ようと目を閉じても眠気はやってこない。脳内で再生されるのは、ルルテが成獣してから、何度も何度も浴びるように言われている言葉。

 ルルテは成長が早かった。成長が早すぎて、黒うさぎの王が白うさぎの里に行って、木の実と物々交換して服を用意するほどに。


(はやく成獣になりたい。どうしたら成獣になれるんだろう……)


 ちびは生まれてから十年も経つが身長も伸びず、体も大きくならない。だから走力も里の中で一番遅い。

 同じ時期に生まれたルルテは三年前に成獣の仲間入りをした。

 みんなと同じように大人になりたいのになれない。そのもどかしさに瞳が潤む。

 ちびはそっと起き上がって、みんなが寝ている穴蔵からそっと抜け出して、とてとてと歩きだす。



 広大な森の夜は闇深い。

 立木の間は墨で塗られたように暗く、月の明りだけが頼りの世界。

 草をかきわける音でさえはっきりと聞こえてしまうほどに静かな立木の中を歩き、ちびが腰を下ろしたのは大樹の根が土からむき出しになっている場所。


(誰もいないよね?)


 きょろきょろして、耳もそばだてて誰もいないことを確認すると、ちびは呪文を唱えた。

 ちびの影から木の実と果物が浮上する。

 その数は一つや二つではない。今まで食べきれなかたもの、影に沈めた全てがちびの目の前に転がっている。袋の中身をぶちまけたようにも見えてしまうくらいの数だった。


(あの林檎いつからかな?)


 目に留まったのは数歩先に転がっている、熟している赤い林檎。

 ちびは木の実を踏まないように慎重に歩いて、赤い林檎を両手で挟むように取ってかじりついた。


(よかった。まだ、大丈夫)


 味が変わっていないことにほっとして、立ったままもぐもぐと食べる。

 木の実は常温で長期保存がきくが、果物は生ものなので腐らないうちに食べてしまわないといけない。

 林檎を食べ終えると、今度は斜め前にあった細い枝にいくつも実についた赤いベリーと葡萄を手に取る。小さい手で一粒とっては食べて、また一粒とっては食べて、を繰り返す。実の中に入っている種は口から出して捨てる。

 大きくなるには食べて寝るのが一番だとルルテが言っていた。

 寝つきが悪い夜はこっそりと穴蔵を抜け出して、少しでも早く大きくなれるように夜食をとるのがちびの日常だった。

 手を休まぜず口の中に入れて咀嚼して飲み込んでいく。


『ちび! どこにいるの?』


 突然、念話で名前を呼ばれたちびの手はぴたりと止まり、体も石のように固まった。

 念話の送り主は黒うさぎの王だった。

 穴蔵にいないから探しているのだとわかった。


『ちび!』


 今度は少し焦ったような声音だった。返事がこないからだろう。

 耳をそばだてたが周囲に足音は聞こえない。

 大樹からそっと顔を出して穴蔵の方角を見たが、黒うさぎの王は見えなかった。

 これ以上心配させたら大騒ぎになってしまうかもしれない。

 黒うさぎの王が、ちびがいないと言って、みんなをたたき起こして大捜索。

 迷惑かけるのは木の実拾いのときだけにしろよ、とルルテが怒鳴る光景が想像できた。


『ここだよ! いつものところ!』


 それは嫌だったので、ちびは漆黒の角を光らせて念話を送る。

 ちびが大樹から顔を出したまま待っていると、黒うさぎの王はほっとした顔で走り寄ってきた。


『いないから心配したよ』

『ごめんなさい』

『いいんだよ。お腹すいたの?』


 黒うさぎの王は心配する母親のようにちびに聞いた。

 ちびはうんと頷いた。

 本当はお腹が空いていたわけじゃない。あのまま横になっていてもずきずきした胸の痛みが消えるわけではないから、気を紛らわす意味も含めて食べていた。


『すごくたくさんあるね』


 黒うさぎの王は散らかったように転がっている木の実や果物を見て驚いた。


『いつも全部食べきれないんだ』


 体が小さいので胃袋も小さい。ちびの漆黒の耳がしゅんと垂れる。


『いいんだよ。食べ過ぎてお腹を壊してしまうよりは。影のポケット、授かれてよかったね』

『うん』


 呪文を唱えて、自分の影にものを沈めて隠すことをみんなは影のポケットという。

 獣人の魔法は、生まれたときに母なる神から授かったのと、里のみんなから教わって覚えるのと二種類ある。

 胃袋が小さいちびにとってはありがたかった。これがなければ、木の実拾いの時だけでなく、食事の時もルルテから色々言われていたかもしれない。


『食べる?』

『いいの?』


 ちびはどうぞと、近くに転がっていた林檎を黒うさぎの王にあげた。


『ありがとう。ちび、影のポケットは万が一の時に隠せる場所だから、あまり教えちゃだめだよ。去年もそうだったけれど今年も実りが少ない。冬の時期、今日と同じくらいの量をみんなが毎日食べられるかどうかわからないから』


 影のポケットは里のみんなが全員授かっているわけではない。

 母なる神が気まぐれで授けるのか、意味があるのかは黒うさぎの王にもわからない。


『うん。わかった』


 素直に聞いてくれたちびにいい子だねと黒うさぎの王は言って、頭を撫でる。

 ちびは嬉しくて笑顔になる。いつもみんなのように動けなくて劣等感を抱えるちびにとっては、褒められるのは幸せを感じる瞬間だ。

 黒うさぎの王の手の温もりがじんわりと伝わって、ちびのずきずきした痛みが和らぐ。

 闇夜に隠れるように潜んで鳴いていた梟が、ばさばさと音をたてて飛び立った。

 黒うさぎの王は不意に森の先を探るように見て、耳を傾ける。


『どうしたの?』

『何か、くる。……うっ!』


 漆黒の角に強い痛みと衝撃が走って、黒うさぎの王は苦痛で顔が歪んだ。

 痛みで体が曲がって、ちびが渡した林檎が手から落ちて転がった。




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