「出会い」 (第3話)
一人で外に出たのは何日ぶりだろうか。今しがた、ジョギングに家を出た所なのだが、自宅警備員という職業柄、家を出るのは週に2回位だ。まあ、本音を言うとインドアなだけだが、その2回も殆どが家族と一緒だ。
そんなことより、自分の体力の無さに驚いている。まともな運動を半年以上してない事を考えれば自然ではあるが、中々受け入れ難い。
「こんにちは」
知らないお爺ちゃんが話し掛けて来た。第一村人発見だ。
「こんにちは」
息が上がってきた。家を出て20分も経ってないと思うのだが。気付いたら、ジョギングからウォーキングになっていた。いつからだろうか。
「こんにちは」
今度はお婆ちゃんだ。
「おはようございます」
お年寄りって言うのは、道行く人全員に挨拶しているのだろうか。
「にゃ~」
「!」
「どこだ!?」
大の猫好きであるこの天野 翔太、見つけない訳にはいかない。後方から聞こえた気がしたので、来た道を少し戻った所にある十字路に当たりを付けると、どんどん鳴き声が近くなってきた。
十字路に付き左を向くと、段ボールらしき物がある。右方には特に何もない、多分左だ。最近何かと文句を付けてくる輩が多い、保険でらしき物なんて言ったが、近付いてみると案の定段ボールだった。
更に近付くと、その段ボールはおあつらえ向きに「拾ってください」と書かれていて、中には猫が寝転んでいた。これ又おあつらえ向きに、だじゃれみたいになってしまったが、故意ではない。
拾ってやりたいが、自分の一存では決められない。話は、家族に許可を取ってからだ。取り敢えず餌をやる為に、目的地をコンビニに設定した。
が、財布を持ってない事に気付き一度家に帰った。言ってしまうと、家に帰る間特にイベントが起こった訳でもないので、物語の進行上要らない情報ではあった。だが、最近何かと文句を付けてくる輩が多い。何食わぬ顔でキャットフードを買えば「何でジョギングに財布持ってきてるんだ」そう思われる。
因みに、この話も物語の進行上必要ない。Japanese詫び寂び、ってやつだ。そう言っておけば大丈夫な筈。
その後、問題なくキャットフードを買い猫の所へ向かった。
「こんにちは」
さっきとは別のお爺ちゃんが挨拶してきた。
「こんにちはー」
そう言えば、一般的な中学生はもう学校に着いている筈。外を歩いてる時間ではない、不登校だと思われただろうか。実際そうなのだが。それを言えば制服を着ていないので、第一村人の時点から不自然な存在だったかもしれない。
そろそろ、猫の所だ。
例の十字路に着いた。そこを曲がれば猫がいる。「猫を愛でるヤンキー」なんて言う、漫画のような展開を期待しながら、十字路を曲がる。
すると、同い年位の女の子が猫を愛でていた。正直、ヤンキーがいても怖いので安心した。女の子が着てる制服は、確か僕の中学校の制服だ。見つかると都合が悪い、女の子が立ち去るまで隠れていよう。
「あっ!遅刻してるんだった!」
女の子が走っていった。「遅刻を忘れて猫に夢中な女の子」猫を愛でるヤンキー程ではないが、漫画でしか見ない光景だった。
女の子が居なくなって、猫に餌をあげた。猫は大好きだが、飼ったことは無かった。ちゃんと食べてくれるか心配してたが、杞憂だったみたい。相当お腹が空いてそうな食べっぷりだ。
数分猫を見つめた後、家に帰った。直ぐにでも、猫を飼いたいと両親へ打診したかったが、生憎二人とも家に居ない。色々あってどっと疲れた。
気付いたらソファーで寝ていた。10時位に帰ってきた筈が、17時。母さんが帰ってきていた。
「捨て猫拾いたいんだけど、ダメ?」
「捨て猫?何処にいるのよ」
「ジョギングしてたらあっちの方で見つけた」
「ジョギング!?」
不登校で引きこもりの息子が、一人で外に出たんだ。相当嬉しそうだ。
「で?ダメかな?」
「拾ってあげたいけど......」
この反応は、想定済みだ。僕には、こういう時の為に温存しておいた切り札がある。
「1日授業に出るって言ったら?」
「本当に!?」
「うん」
「本当に行くなら良いけど、私はお世話しないからね」
「よしっ」
思わずガッツポーズが出た。危ない危ない、剣道だったら、反則負けだ。
そうとなったら、早速拾いに行こう。帰りを考えて自転車で行くべきかも知れないが、自転車なんて一年以上乗ってない。歩きで行くことにした。
猫の所へ向かう途中「もう誰かが拾ってるかも」と、不安だった。いざ猫の所へ着くと、件の女の子が居た。今は中学生が外に居ても問題ない筈、声を掛けよう。
「拾うんですか?」
「わっ!」
「すみません、驚かせてしまって」
「ううん、家じゃ飼えないってお母さんが......。もしかして、拾ってくれるんですか!?」
「そのつもりで来たんですけど、本当に良いんですか?」
「大丈夫、どうせ飼えないから」
「責任持って飼います。心配しないで下さいね」
「ありがとうございます。じゃあ」
彼女は、名残惜しそうに言った。
「あっ!今度、家に猫見に来てください」
「良いんですか!?」
「はい。名前、何て言うんですか?」
「私の?」
「はい」
「土舘 細花です」
「天野 翔太です。じゃ」
「え!?どうやって見に行けば?」
「心配しないで下さい」とだけ言って家に帰った。
猫の名前は、天野から取って「てん」に決まった。




