4-2 TS美少女と不安定な心
メス塾の講習は毎日行われているし、入院中で曜日の感覚もないからすっかり忘れていたが、今日は週末の土曜日だったらしい。
桜さんはせっかくの休日に、わざわざ和也の様子を見に、お見舞いに来てくれていたのだという。
兄妹仲がよろしいようで、大変けっこうな話だ。
ほんの少しだけ、よく見れば和也に似ていなくもない桜さんのそのかわいらしい顔つきで、さっきから俺は怒涛の質問責めにあっていた。
どうやって知り合ったのか、だとか、毎日二人で何をやっているのか、だとか。
「紬さんは、なんでこの病院に入院してるんですか? 何かご病気が?」
そう聞かれると、本当は答えづらいところなのだが。
一応、国から偽りの戸籍を与えられた際に、今の俺の身寄りのない状態については、色々とそれらしい設定がつけられている。
「……あんまり公言することじゃないんだけどさ、私の両親が、事故で亡くなっちゃって。私もちょっと心が疲れちゃってさ。それで身寄りもないし、保護も兼ねてしばらくここに入院してるんだ」
質問されるがままに、次々とペラペラ嘘を並べる俺を、下手くそに気を遣ってチラチラと横目で見てくる和也。
こいつもあまりこちらの事情には踏み込まないようにしてくれていたけれど、そりゃあ気になっていただろうということは、流石にわかっている。
その和也の視線にチクリと罪悪感が刺激されるが、まあそれは大したことではない。
俺は元々、嘘は良くない、なんて言うような潔癖な人間ではないのだし。
「だから、たまたま知り合った和也と、キャンプの話をしたりしてのんびりさせてもらえるの、けっこう助かってるんだよね」
まあ、この点にだけは一切嘘はないから。
和也とまったり過ごすこの毎日の午後の時間だけが、俺にとっての癒しの時間なのだ。
軽くうつむいた俺に、桜さんは上目遣いでくりくりした瞳を向けて、強く俺の手を握りしめてくれる。
「紬さん、大変だったんですね……。こんなお兄ちゃんで良かったら、いくらでも話相手に使ってやって下さい!」
立ち上がり、俺をぎゅうっと抱きしめてくれる桜さん。
スキンシップが多い女の子のやりとりには慣れないが、柔らかい桜さんの胸の感触を頭に感じても、びっくりするほどエロい気持ちにはなれなかった。
俺も実年齢的にはかなりのおっさんだし、すっかりそういう欲求が枯れてきているのかもしれない。
俺だって和也を馬鹿にしながらも、元々は冴えない素人童貞だったのだから、桜さんくらいかわいらしい女の子に触れるなら、もっとドキドキしても良さそうなものなのに。
いや、そろそろちゃんと認めなければならないのか。
もう自分が、女の人相手には興奮しなくなってきているんだという事実を。
面会の時間が終了に近づいて、そろそろ帰るという桜さんを、せっかくなので俺はロビーまで見送りに行くことにした。
今日は和也とあまりキャンプの話はできなかったけど、まあそれは明日からもいくらでもできるのだし。
キャンプの話はそりゃ楽しいけれど、今はキャンプ云々よりも、和也のところでのんびり過ごすその時間そのものが大事なのだと、ちゃんと理解できている。
「ねえ紬さん?」
病院の廊下を並んで歩きながら、俺の目線の少し下から、桜さんがこちらを横目に見上げてくる。
こうして近くで見ると、目元なんかは和也にある程度似ていて、上手なお化粧の力もあってか、それなりにかわいらしい顔に仕上がっているというのがなんとなくわかる。
「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね? お兄ちゃん、見た目は全然だけど、まあそんなに悪いやつじゃないですから」
それは知ってる。
キャンプ好きに、悪いやつはいないからね。
でもよろしくと言われたって、やっぱり俺はどうしようもなく、かつて男だった人間としての強い抵抗も感じるのだった。
「今日はせっかくお見舞いに来てくれたのに、私がお邪魔しちゃって悪かったね」
返事を濁すように俺が答えると、桜さんはその上手にお化粧された顔でにんまりと笑い、俺の腕にしがみついてくる。
「ねえ紬さん? お兄ちゃんのこと好きなら、遠慮しないで下さいね? こんなかわいい人がお兄ちゃんの彼女になってくれたら、わたしだって嬉しいですから」
その桜さんの言葉に、うまく頭が働かなくなってしまったけれど、俺はロビーに近い中庭のあたりで彼女と別れ、近くにあったベンチに腰をおろした。
館内放送で、今日の面会時間の終了が伝えられる。
中庭にいた人たちも少しずつ減っていき、奥のコーヒーショップが閉店の作業を進めていくのが見えた。
夕暮れで、少しずつ周りが薄暗くなっていき、中庭に通る風も少しだけ冷たい。
俺は、もう、どのくらい女なんだろうか。
たまたま出会っただけの和也に、毎日毎日まとわりついて。
あいつの顔や匂いを思い出しながら自分の体を夜な夜な慰める、頭のおかしい中途半端な女。
ましてそんな自分が、好きだ惚れただなんて、わけのわからないことまで。
変わっていく自分を認めたくない気持ちと、桜さんの言葉が頭をぐるぐる回って、私はしばらくそのベンチから立ち上がることができなかった。