2-2 TS美少女とキャラメルラテ
「おらよー、こっちがキャラメルラテな。勝手に暖かいやつにしたけど、文句は禁止だぞ」
和也はいじっていたスマホをしまい、俺から暖かい飲み物の容器を受け止った。
横のベンチに改めて腰を降ろし、俺も自分の分のコーヒーの匂いを楽しむ。
病院の広い中庭には春の日差しが差し込んできていて、なんだか眠くなってしまいそうだ。
TSしてからこれまで、変わってしまった自分の体やメス塾の講義なんかのことで、毎日精神的にいっぱいいっぱいだったが、久しぶりに心からのんびり過ごせている気がする。
本当だったら今ごろ、会社でバタバタとつらい仕事に振り回されていたはずなのだから、その点だけは本当にラッキーだと言えなくもない。
またいつかは就職だとか、将来のことも考えなければならないが、とりあえず今は目先のことだけ考えてのんびりやっていこう。
「あー、いい感じに甘いわ……ありがとう。でも悪いな、男のオレがちゃっかりおごらせちゃって」
和也は自分のキャラメルラテに口をつけながら、控えめに礼を言ってくる。
下手にカッコつけずに甘い飲み物を頼むところなんかも含めて、やっぱりまあまあ好感が持てるやつだ。
やはりキャンプ好きには悪いやつはいない。
「いやあしかし、こうもいい天気なのにキャンプができないのはお互いつらいねえ」
言いながら自分のコーヒーに口をつける。
むわっと、口の中に不快感。
がく然とした。
コーヒーって、こんな感じの味だったっけ?
一瞬、腐ってるんじゃないかとコーヒーショップに目を向けたが、まあチェーン店だし、さすがにそれはないか。
口にじわりと広がる強い苦味と酸味で、言葉を失ってしまう。
味は、たぶんいつも通りのブラックコーヒー。
認めたくはないけれど、俺の舌が変わっているだけだ。
俺の味覚がTSの影響で大きく変わって、強い苦味を受け付けられなくなってしまったんだろう。
「ど、どうした紬。……あ、もしかしてカッコつけてブラックにしたん? はは、だっせえ! なんだよその顔! ははっ!」
口に広がった嫌な苦味と、見た目に続いてどんどん変わっていってしまう自分自身への戸惑いに、ほとんど頭の中がパニックみたいになっていたが、和也の無邪気な笑い声のおかげで、すぐ自分を取り戻すことはできた。
和也のこちらを小馬鹿にしたような笑い顔に、どこか安心感を覚えている自分がいる。
自分一人だったら、また少し落ち込んでしまっていたかもしれない。
実際にはかなり年下の相手とはいえ、こういう友達がいる、ということは本当にありがたく思える。
とはいえ。
この小僧の舐めた発言を許すわけにはいかない。
俺は素早く和也の手からキャラメルラテを奪いとり、自分のブラックコーヒーとすり替えた。
「やっぱり私がキャラメルラテにするから。チェンジチェンジ!」
奪いとったカップをあおると、口の中の苦味を塗り替えるみたいに、キャラメルの暴力的なまでの甘さが広がってくる。
すごい。元々は俺、甘いものはあんまり好きじゃなかったんだけどな。
これは、めちゃくちゃ美味しく感じてる。
「あ、おい紬、それほら、ほら、口のとこ、ほら、口つけたとこが……」
和也がなにやらモゴモゴ言ってくるが、もうこの飲み物は俺が接収したから返却はなしだ。
美少女というものは童貞に対し、戦時中の軍隊並みの強権で自分勝手に振る舞うことが許されている。
「いいから和也はそれ飲んでろ。な? かわいい女のワガママは許してやるもんだろ?」
俺に強引に促され、やけに戸惑いながら、交換されたコーヒーにゆっくり口を近づけていく和也。
その顔がえらく真っ赤なのに気づいたとき、俺もようやく事態が理解できた。
「あっ! てめえこら! 間接キスってことか! ははっ、なに気にしてんだよ、思春期丸出しじゃんか! うははっ!」
言われながらさらに顔を赤らめる和也を見て、申し訳ないが軽く馬鹿にしたような気持ちと、こいつが本当に純粋というか、かわいく見えるというか、とにかく腹の底から愉快な気分になれた。
「紬だって歳は同じくらいだろうがよ……」
ツボにはまってしまった俺を憮然とした表情とジト目で見てくる和也。
実のところ、年齢はかなり違うわけだが。
でもほんと、お前がいてくれて助かったよ。
一瞬気分が落ちかけていたところが、お前のおかげで何だか一気に楽になったから。
「ありがとな、和也。お礼にそのカップは持ち帰りOKにしてやるから、自由に使っていいぞ」
「ば、馬鹿かお前……。そんな見た目しといて、男みたいな下品なことばっかり言いやがって……」
美少女の口からこんな下ネタを聞けるなんて、感謝してもらいたいくらいだが。
自分のキャラメルラテの飲み口に、こいつの唇がついていたなんて、なるべく意識しないように気をつけながら、また俺はゆっくりとそれを味わった。
男みたい、という言葉には一瞬ドキリとしたが、まあ間違いなくTSのことはバレてはいない。
じゃなければ、こいつがこんな照れくさそうな顔をするわけがないからな。