9-1 TS美少女と愛の言葉
「いや、まあ、付き合っては……ない、けどさ」
翌週。
和也とのホームセンターでのデートのことは、なぜかクラス中に知れわたっていた。
まさかストーカーでもいるのか? なんて一瞬怖かったが、まあ近所であれだけ長い時間イチャイチャしていたんだから、普通に誰かに目撃されていたのだろう。
気恥ずかしいという思いもあるけれど、その一方で、和也との関係を周りに主張できているような、妙な満足感もある。
「へー……でもこんなかわいい紬っちにでれでれされて、桜っちのお兄さんも幸せもんだねえ」
クラスメイトのギャルっ子が、私のほっぺたをぷにぷにしながらからかってきてくれる。
しばらく一緒に学校生活を送ってきたことで、周りの女子たちにもちゃんと、私が無害なやつだとは理解してもらえたようだ。
最近はあまり、マウント合戦みたいな圧も感じないし。
和也のことにしか興味を示さず他の男を冷たくあしらい続けたことも、このサバンナのごときメス界では、ライバルから除外される感じでいい方向に作用しているのだろう。
でも、本来はコミュ障の私がこうして楽しく高校生活を過ごせるのも、ちゃんと私の面倒を見てフォローしてくれる桜ちゃんのおかげ。
だけどその桜ちゃんは、机に頬杖をついて私たちの方を見ながら、軽くジト目でため息をつく。
「……いや、結構エグいんだよこれが。毎日毎日、目の前でイチャイチャ見せられてさ。紬ちゃんがいないときも、お兄ちゃんは自慢話ばっかりしてくるし。私も早くこんなかわいい彼女……じゃない、彼氏が欲しいよ」
あ……それは、ごめんなさい。
でもほら、私の方もちょっと我慢とかは難しいからさ。
「ねー、夏休みまでにはやっぱり彼ぴが欲しいよねー。合コンでもやっちゃう? そうだ、つむぎちゃんも……来ないか、うん、知ってた」
一瞬で嫌悪を顔に出した私に、クラスメイトはちゃんと空気を読んで引き下がってくれた。
さすがは陽キャの集まるグループだ。私以外はみんなコミュ力が高い。
付き合いが悪いと思われるのはちょっと癪だが、元は男の私が合コンに混ざってしまったら、実際の男女の人数バランスがはちゃめちゃになるし。
まして、ちゃらい男に言い寄られるなんて虫酸が走るというか、本当に気持ちが悪い。
こっちとしては、和也以外の男とは、友達付き合いすらするつもりはさらさらないのだ。
それに、なにせモテない和也のこと。
私が他の男と合コンなんて聞いたら、パニックになってしまうだろうし?
惚れさせてしまった以上は、こちらも誠意を持って行動しなければ無礼というものだ。
元男である私の考えからすると、相手を変に心配させたりするような駆け引きはクソ。
大切な相手のことはちゃんと大切に扱うべし。
尻軽女ムーヴは厳禁である。
みんなと話しながらぼんやりと窓の外を眺める。
どこかのクラスが体操着で、グラウンドに出ていくのが見えた。
男だったときの感性が残っていれば、女子の体操着姿に興奮もできただろうに。
今は残念ながら、自分たちが体育のときに他の女子たちと一緒に着替えをしていたって、その下着姿にすら全く興奮を覚えない。
だけど、そうして窓から眺めていた体操着の高校生の中に、見慣れた右手が包帯で吊られた状態の男子を見つけ、私の興奮は一気に最高潮となった。
「……ぅあ! あれ和也だ! ほらあそこに和也いた! おーい!! 和也!! おーい!! ……あれ、気づかない? なんだよ……あ、手振ってくれてる! あはっ! おーいおーい!!」
「うわぁ……確かに桜っち、こんなん毎日見せられたら、頭がおかしくなっちゃうかもねぇ」
急にはしゃぎだして窓の外に手を振り続ける私。
クラスメイトたちにちょっと引かれた自覚はあるが、これは仕方ない。
だって、あの和也が体操着だなんて。絶妙な似合わなさがたまらないじゃないか。
「ね、エグいでしょ。かわいい紬ちゃんはまだいい目の保養なんだけどさ、あの馬鹿兄がさ……」
「いや、あれはお兄さんも被害者でしょ……あんなん、嫉妬した男子にぼこぼこにされかねないよ……」
桜ちゃんたちに呆れたように言われながらも、窓の外の和也に必死のアピールを続けることは、どうしてもやめられないのだ。
ちなみに念のためチェックしたが、窓の下から恥ずかしそうにこちらへ手を振ってくれている和也の周りには、とりあえず男子しかいないようだ。
まあ合格か。
あいつの周りに私以外のメスは不要。
よそのメス猫に気をとられたりしたら、容赦しないからな?
そして今度は、自分たちが体育の時間。
本物の女の子たちがキャッキャウフフとお着替えする中に、元は男の私が混じっているのは、かなり罪悪感もあるのだが。
実際、やっぱりなーんにも興奮しない。
ああ、私の心のち○ちんはどこに行ってしまったのだろう。
女の子に対して興奮しなくなったことは、もう諦めもついてきたとはいえ、逆に男を見て見境なく発情したりするわけでもない。
私が興奮する対象は、もうずっと和也に対してだけだ。
男性アイドルやら俳優やら、ましてすけべな動画なんかを見ても、興奮どころかちょっと気持ち悪いとすら感じて。
毎晩毎晩、目をつむっていやらしく下手くそな一人遊びを繰り返しているとき、頭に浮かぶ相手は、最初からずっと和也だけ。
「だからさ、紬ちゃんは少しお兄ちゃん離れしてみるべきじゃない? わたしたちと一回、合コンでも行ってみようよ。お兄ちゃんよりいい男なんて、山ほどいるよ?」
ぽやっとしながらたらたらと着替えをしていると、とっくに準備を済ませた桜ちゃんが、私の机にはしたなく座って、とんでもないことを言ってくる。
「は? いないが? 桜ちゃん、それは嘘だよ、和也よりいい男なんて、嘘は良くないよ。まして合コンに来る男なんて、体狙いの馬鹿ばっかりだからね? 危ないからやめときな?」
あまりにも愚かな桜ちゃんの発言だが、まあ妹だから感覚も麻痺しているだろうし、そんなもんか。
和也の良さをちゃんと理解すれば、あいつがいかに素晴らしい男かわかるだろうに。
例えば首筋のあたりなんて、ヤバいお薬でも塗られてるんじゃないかと思うくらい、クセになる匂いとかするんだぞ。
「……まあ、合コンの男なんて馬鹿ばっかりなのは間違いないけどさ。でもつむぎちゃん、そこまで言うならちゃんと桜のお兄さんと付き合ってあげたら? それで付き合ってないとか、逆に相手がかわいそうだよ?」
「そうだよ紬っち。ヤりたい盛りの童貞は、すぐ他の手頃な女のところに流れていっちゃうよぉ? だってほら、夏だしぃ?」
下着や体操着姿のクラスメイトたちの言葉に、はっとして固まってしまった。
冷や汗。
さすがは本物の女子高生。なかなか真理をついたことを言う。
いかに私が美少女で至高の存在だとはいえ、あいつはしょせん童貞。
もっと手頃な身持ちの軽い女の子にころっといっていまうというのは、あまりにも容易に想像できてしまう話だ。
想像しただけで、めまいがしそう。
これは、早急に手を打たなければ。