8-2 TS美少女と休日のデート
「ほら和也! ねえこれ見てこれ! めちゃかわいいじゃん! 欲しいなマジで! 買うか? これ買っちゃってもいいかな!?」
男だったころにはあんまり興味もなかったような、見た目重視なかわいい系のキャンプ道具も、なんだか今は好ましく見える。
軽量コンパクトで色合いがめちゃくちゃかわいいランタンに興味を引かれているのだが、ちょっと和也の反応はいまいちだ。
「……どうした和也? お前はこういうの嫌い?」
繋いだ手の指をからめ、にぎにぎしながら聞いてみると、和也ははっとしたようにこちらを見て、そしてすぐに顔を赤らめる。
「あっ! いやいや、いいと思ういいと思う! ……悪い、紬の手が嬉しすぎて、脳が死んでたわ……」
なるほど。
わかるよ、わかる。
私もおんなじだもん。
繋いだ手の感触を意識しちゃうと、クーラーがガンガン効いたホームセンターの店内だというのに、体が暑くてたまらなくなるし。
でもこうやって、カッコつけずにちゃんと、嬉しいって言葉にしてもらえると、もう私だって意識せずにはいられなくなってしまう。
だけど私はやっぱりひねくれているから、和也をからかってやりたい気持ちにどうしても勝てない。
「ふふん。童貞にはこの私のおてては刺激が強すぎたかな?」
「童貞推しマジでやめろよ、オレだってそのうち傷つくからな? 絶対なんとか卒業してやっから。……おっ! この椅子のカラーって新作じゃね? いいなあ」
ど、童貞卒業ってお前!
やめろ真っ昼間から! まだ、まだ私の処女とトレードしてやるなんて、一度も言ってないぞ! そういうのはちゃんと段階を踏まないとさあ!
まずはきちんとお付き合いからだろ?
キスも当然先に済ますべきだし。
ムードとかも考えてからにしたほうがよくないか? 最低でも暗くなってからがいいしな!
「ん? どうかしたか?」
「えっ……な、なんでもないが!?」
ちょっと正気を失いかけたが、なんとか踏みとどまってデートを再開する。
和也は片腕が使えないから、私と手を繋いでいると自分では何も商品に触れなくて不便なはずなのに、自分からは絶対にこの手を離そうとしてこない。
「うまうま。ねえ和也、それ一口くれ。こっちも一口やるからさ」
キャンプ道具のお買い物デートのあと。
もちろんまだまだ帰りたくなくて、ホームセンターの入り口のあたりに併設されているファーストフードのお店で、私たちはアイスクリームを食べている。
私が自分のアイスをスプーンに乗せ、和也の口の前に付き出してやると、和也はもう明らかに嬉しそうな表情になってくれた。
「お、おう。まあ、お前がいいならもちろんいいけど」
和也の口が私の持つスプーンを咥えてくれた。
そのスプーンから伝わってくる振動に、また何だか頭がふわふわしてきてしまう。
「ま、また間接キス狙いかよ、もう、参っちゃうなぁ、えへ、へへへ」
「やめろ紬。こっちまで照れるわ」
代わりに和也からも差し出されたスプーンに、私は迷わず飛び付いていく。
和也の口や舌がさっきまで触れていたスプーンだと思うと、ひんやりしているはずのアイスがあつあつに感じるほどだ。
アイスを食べ終わっても、やっぱりまだまだ帰りたくない。
流行っていないファーストフード店の、人が少ないテーブルの一つを占領したまま、私はずっと和也とおしゃべりを続けている。
和也の無事な方の左手を、自分の両手でマッサージするようににぎにぎしてあげながら、さっき私が買ったランタンの品評なんかを延々と。
「ねえ和也、その腕がちゃんと治ったら、私とキャンプ行ってくれるよね?」
デートの終わりはなんだか寂しい。
だから次の約束も、絶対に欠かすわけにはいかない。
今日は、本当に楽しかった。
和也と一緒ならたぶん何だって最高に楽しいはずだけど、そう自分から言うのもしゃくだから、誘い文句はやっぱりキャンプのことになってしまう。
「……当たり前だろ。夏休みにはこの腕も使えるようになる予定だし。行こうぜ、リハビリがてらに何回でもさ」
あー……やばい、めちゃくちゃ嬉しい。
何回でも行こう、だってさ。
もう、私だってそんなに暇じゃないかもしれないのにさ。勝手なやつ。
でもまあ、行くよ一緒に。もちろん。
私だって、今の自分のこの和也への気持ちがどういうものなのか、もうちゃんと、自分ではっきりわかっているから。
「なあ和也」
「あー?」
今日はなんだか、私好みのデートで楽しませてくれたことだし。
手を繋ぐだけじゃなくて、もう少しは私の方も、リップサービスくらいはしてあげなきゃいけないかな。
だから一回だけ。
ちゃんと息を吸って、正直に、今の自分の気持ちをしっかり込めて。
「……好き」
その言葉を口にした瞬間、すっと胸が軽くなるみたいに、感情が自分の体に馴染んでいくのがわかった。
「……は? え!? 紬? ……おい、もう一回言え! いま、もしかして」
「は? 何も言ってないが? ……ふふ、ばーか」
いつも通り情けない顔で慌てる和也。
私の緩みきったこの笑い顔は、お前にしか向けないんだって、ちゃんとそのありがたみをわかってもらえてるのかな?