8-1 TS美少女と休日のデート
日曜日。
私は暑い中和也に呼び出され、近所の大型ホームセンターの前に集合させられていた。
週末は和也のお母さんも家にいるわけなので、気遣いできる系の美少女でもある私は、家族団欒を邪魔しないよう、遊びに行くのを我慢しておいたのだが。
だけど今日は和也からのお誘いだから、これはしょうがない。
正直、週末の二日間、ずっと和也に会えないというのもつらすぎるし。
スマホでメッセージのやりとりをしている程度で満足できるほど、私は安い女ではない。
そういうわけで私は、ホームセンターの入口の自販機で買ったコーラをがぶ飲みしながら、夏の日差しに耐えつつ和也を待ち続けている。
今日はまず、定義をはっきりさせておきたいところだ。
和也は、私が好き。
本人が言っていたのだから、これは間違いない。
何度も頭の中でリピートさせてきたから、間違いであるはずがない。
いつも私にメロメロっぽいし。確実だ。そう信じたい。
とはいえ私たちは、今のところ恋人同士というわけでもない。
それも向こうがはっきりそう希望してくるのなら、私としてもやぶさかではないのだけれど、とりあえず今は友人の延長線上というか、まあなんというか微妙な関係だ。
そんな私たちが二人で休日にお出かけ。
……これはつまり、デートじゃね?
一応こちらも、デートである可能性を考えて、おしゃれはバッチリきめてきている。
男が好きそうなファッションの雰囲気については、当然熟知している。だって元々私は男だし。
まあ私は美少女ゆえにどんな服でも髪型でも似合うわけだが、今日はそれでも早起きして、何を着るか、どんなお化粧でいくか、なんてことをひたすらに悩んできたのだ。
もちろん日々のメンテナンスによりお肌の調子も上々。美少女は一日にしてならず。
しかし、デートか。
元男として、理解はできる。
そりゃデートしたいたろうさ。かわいいもん私。
普通に考えたら、デートだろうね。
でもそれならなんで、こんなホームセンターに誘われたのだろうか?
元素人童貞の私の感覚としては、デートなら、まず食事とか、映画とか遊園地とか水族館とかが鉄板。
攻めたパターンなら、夜景のきれいな場所に誘って、その後は雰囲気次第で怪しいネオンのホテルにご宿泊とか。
カラオケとか漫画喫茶のカップル席なんかの、二人っきりになれる場所に行けたなら、ワンチャンあればキスくらいまではいけるんじゃないかとか。
そんな私の感覚からすると、これはおかしい。
ホームセンターなんて、デート向きでもないし二人っきりにもなれやしない。
和也の考えが読みきれず、残り少なくなったコーラを飲み干す。
男だったころの感覚で、空き缶を片手で潰そうとしたけれど、小さく力も弱くなった私の手のひらでは、その缶をペコッとへこませることしかできなかった。
日差しが耐え難くなってきて、日陰の濃い場所を探して辺りを見回す。
休日のホームセンターには、家族連れの姿なんかも多く、なかなかにぎやかだ。
例えば右手を包帯で吊ったような人も……って! やった和也キタ!! あのとぼとぼ歩いてきてるの、絶対和也じゃん!! 松葉杖はようやく取れたみたいだけど、未だに右手が治ってなくて吊ったままだし、間違いないな!!
やっときたか。
待たせやがってこの野郎、焦らすんじゃないよ!
駐車場をこちらに歩いてくる和也の姿に気づき、私がダッシュで一直線に駆け寄ろうとしたせいで、ちょうど通りかけた乗用車が急ブレーキをかけた。
あぶね……。すいませんでした。
「おう紬、もう来てたのかよ、びっくりしたわ。早すぎだろ。そんなに楽しみだったんか?」
1日ぶりの和也の冴えない顔に、どうしたって頬がゆるんでしまう。
はー会いたかった。
でもね、その聞き方はちょっと、乙女に対してのマナーというものが欠けている。
あと最初は私のファッションとか誉めるべきじゃないの? これだから童貞は困るよね。
「は、はあ? たまたまだし? コーラが飲みたくて早く来ただけだし? ていうか、こんな美少女を外で待たせんな童貞め。30分前には集合してよね」
「はいはいすいませんね。……じゃ、行くか」
半笑いの表情がなんとも腹ただしいが、とりあえずまあ、わざわざこんなホームセンターに呼び出した、そのお手前を拝見させてもらおうじゃないか。
なにせ私は、30分前よりずっと長く、お前の到着を待っていたんだからな!
「わ、わかってるじゃん和也! だからお前のことが大好……ん、んん! まあ、うん、なかなかいいところに連れてきてくれたな! 合格!」
連れてこられた大型ホームセンターの一角には、なかなか広いスペースに、たくさんのキャンプ用品が並べられていた。
テントやら椅子やら、よりどりみどり。
確かに、最近はこういうキャンプ推しなホームセンターが増えていると聞いたような気も。
もしかして、私のためにわざわざリサーチしてくれてたとか?
「まあ、映画とかカッコつけるより、お前ならこういうところの方が喜ぶと思ってな。で、合格のご褒美はあるんか?」
こいつ、童貞のくせにイケメンムーヴかましてくるのやめろよ。
お前の声で言われたら、なんか胸のあたりがぽわっとして変な気分になるし。
ご褒美とかさ、あげないわけにもいかなくなる
じゃん。
「……ほら!」
男の気持ちがわかる系の美少女でもある私は、仕方なく和也の方へ、自分のすべすべなおててを伸ばしてやる。
デートなら、まあ、仕方ないし!
一瞬驚いたような表情になった和也に、急に恥ずかしさが押し寄せてきて、目をあわせていられない。
「い、嫌ならいいけど!? あと三秒以内だぞ! いーち、に……う、うん。よし、よしよし、うん……」
あわてて私の手に重ねられた和也の大きな手の感触に、ああ今日は来てよかったな、と改めて思えた。