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18、異界への旅立ち

「じゃ、何かする時には連絡してな!」

「了解」

良は、交差点の向こうから大声で話す圭太に手を振った。新一は振り返りもせずに自転車を漕いでいった。


「ねえ安西君。友だちを大切に思うのはいいけど、一人で抱え込んではだめよ」

横に立つ蒼が静かに言った。

「夕べ、あなたの波動が町に広がっていくのを感じた。それで長老様と父さんと私は、波動を追いかけて町を走ったわ。するとある場所で、波動は地面に溶け込んでいった。安西君は、幻人まぼろしびとの住む世界への入り口を探していたんでしょう?」

「やっぱり知っていたの」

良は目を見開いて蒼を見つめた。

色白の顔がひきしまった。

「私たちは竜の波動を守る者。波動が動けばすぐに気づくし、後も追いかけるわ」

「隠し事はできないってことだね。僕、君に聞きたいんだ。幻人の世界への入口だけど、市役所の南あたりって見当はついたんだ。けど、はっきりと何処かはわからない。ゴツゴツした石の塊がある所なんだけど…」

「それを教えたら、私も連れていってくれる?あなたの波動に包まれれば、きっと私も幻人の世界に入り込むことができる」

「うーん」

良はしぶしぶ頷いた。出逢ってまだ間もないを、未知の世界に連れていくのは抵抗があった。しかし、蒼とその一族は遥か昔から良が宿している波動を守り続けてきた。幻人の住む世界への入り口は、市役所の近くに行けば一人でも探せるが、彼女の提案を断るわけにはいかなかった。


「これから行く?」

「うん」

蒼の問いに良は頷いた。

「これ以上、人が凍りつくのを見るのは辛すぎるよ」

「そうね。ちょっと待っててね、長老様たちに説明してくるから。とりあえず、安西君は家に帰っていて。すぐに迎えに行くわ」

そう言った蒼は、颯爽と自転車を漕いでいった。


ほどなく良は家に着いた。チャイムに手を伸ばしかけたが、ボタンは押さず、再び自転車に跨った。

『あんな放送が流れた後のこと、母さんは首を長くして帰りを待っている。出かけるなんていったら、どんなことをしても止めようとする。心配をかけることになる。でも、目の前で泣き顔を見るよりはましだ』

そのまま折り返して、蒼の家の門の陰に自転車を置いて待っていた。


やがて蒼が出てきた。後ろには長老と蒼の父が立っている。

すでに良がそこにいたことを知っていたかのように、三人の顔に驚きはなかった。


「お父さんたちも一緒に行ってくれるの?」

良は期待をこめて聞いた。

「それは…」

答えにくそうな蒼に、長老が代わった。

「安西君、先にも話しているが、わしらは波動を守る者。幻人の世界に行った君に、万が一のことが起こったら、波動は君の体を離れることになる。こちらの世界に波動が戻ったら、すぐにその行き先を追いかけなければならない。君の付き添いは蒼に任せ、わしらはこちらから、君の宿す波動の気配…可能ならば、それを追いかける」

「はい…」

良はがっかりした。だが仕方なかった。長老たちの仕事は、事件の解決ではなく、竜の波動を守ること。かえって、はっきり話してくれたことがありがたかった。


良は、三人の後について歩いていった。なぜ、車を使わないのか不思議に思ったが、すぐに理由はわかった。

大通りは車でごったがえしていた。マスクをかけた自衛官らが、一台ずつ車を停めて何かを聞き取って指示している。歩行者にも同じようにしていた。

「ああやって車を停めて、行き先を確認している。本州に渡る橋では、不満をいう人とそれを押さえる自衛官とで、さぞかし賑わっていることじゃろう。それにしても熱心なことじゃ、おそらく彼らは、四国管区の隊員。わしらと同じく、四国に足止めだろうに」

長老は気の毒そうに眉をひそめた。


四人はビジネスホテルのビルの横の小道に入っていった。昔は用水が流れていたところで、今はコンクリートで蓋がされている。車が通らないので、自転車で出かける時の便利な抜け道だった。裏道、裏道を通り、ほどなく市役所の白い建物が見えてきた。

『引っ越してきて間もないのに、こんなに道を知っているなんて』

良は、軽やかに歩く三人の後ろ姿に舌を巻いた。


「さてと、着いたわい」

そこは、市役所から五十メートルほど南にある小道だった。ちょうど市場の裏側にあたる。

「かなり古いが、よく手入れをされている。誰かが大切にお参りしているのじゃろう」

長老は横にたつほこらに手を差し入れ、中の石像の頭をすりすりと撫でた。

『お地蔵さん…』

良ははっと気がついた。

「僕の波動が地面に潜り込む前に巻き込んだ石の塊。そのお地蔵さんだったの」

白髭をしごきながら長老はにんまりと頷いた。蒼が口を開いた。

「そう。私たちも驚いたわ。人々を苦しみから救うための地蔵菩薩像が、幻人の世界への入口だったなんて。地蔵菩薩は人間がさ迷う別世界にも自由に行き来できると言われているから、まさにぴったりとも言えるのだけど」

「でも、お地蔵さんなら、他にもいっぱいあるんじゃないかな」

「確かにそうじゃが、これは別格じゃ。大地にしっかりと根づき、常に祈りを捧げられている。君は実際、地蔵菩薩を見たことがあるんじゃろうか」

長老の問いかけに、良はしげしげと小さな石像を見つめた。

左手に数珠を持ち、右手に杖を持ったその姿は、旅に出た僧侶のようだった。顔は小さく微笑み、見ているとこちらまで優しい気持ちになってくるようだ。


「地蔵菩薩…。お地蔵さんでしょ。いろんな所で見かけているんだけど、あれ、どこにあるんだっけ」

良は首を傾げた。

長老の顔が少し険しくなった。

「有史以前から、人々は大地の各所に心をとめる場所があることに気づき、様々な祈りを捧げてきた。地蔵菩薩への信仰が広まると、当の場所に大地の神様として石像を置き、さらに熱心に祈り、感謝の言葉を唱えるようになった。

じゃが、今、それが忘れられている。中には我が子を亡くした親が置いた個人的な地蔵菩薩もあるが、本来の祈りのために歴史を刻んできた地蔵菩薩が町にはたくさんある。だのに殆どの人の目は素通りしている。人々は自然への信仰を失い、大地への感謝の気持ちも失ってしまっておるんじゃ」

「たしかに…」

「じゃがな安西くん、今の世の中とて捨てたものじゃないぞ」

うなだれがちに頷いた良に、長老が語調を明るく切り替えていった。隣に立つ蒼が微笑みながら頷いている。


「長老、彼らが追いつきました」

蒼の父が口を開いた。市場につながる曲がり角に目を向けている。

「やはり、友情とはよいものよ。二人とも隠れていないで出ておいで」

長老が顔をほころばせていった。

魚屋の看板の後ろから、罰が悪そうに二人の若者が顔を出した。

「圭太、新一、おまえら!」

良はどなった。

その拍子に涙がどっとこぼれた。二人は良の横に駆け寄り、さんざん頭や肩を小突いた。

「おまえの考えていることなんて、すべてお見通しだよ」

「良ちゃん、もっと遅く歩けんの。もうくたくた」

二人はいったん良を睨みつけて、にたりと笑った。二人は、良と別れてからすぐに引き返し、自転車を置いて後をつけていたのだ。良は、蒼たちについていくので精一杯、まったく気づいていなかった。


「見知らぬ世界への旅は、仲間が多い方がよいに決まっとる。竜の波動がどんなに強大な力をもっていても、それを宿す者を支える友情の力にはかなうまい」

長老の声に、良は改めて圭太と新一に手を伸ばした。

「だましてごめん。一緒に来てくれるか?」

「そんなの答える必要なーし」

二人は差し出された手を思い切り叩いた。


「ならば出発じゃ。かつて人は、神隠しという偶然で幻人の世界を訪問したが、今回は竜の波動の力で、その世界の扉をくぐる。きっとできるはず。さあ、皆で手を繋いでほこらを囲むのじゃ」

言われたとおり、四人は手を繋いで輪になった。

「長老さんたちは行かないの?」

「二人にはやらなくてはならない別の仕事があるんだ」

不安そうな新一に良は答え、新一と圭太と繋いだ手に力を込めた。


『幻人の世界への扉を開く…可能性のある方法は一つ。僕の、そして三人の体が竜の波動を放つように、それぞれの体の輪郭に波動を重ねるんだ』


良は、首を回して新一と圭太の首に掛かっている水晶の石をちらりと見て目を閉じ、あの洞窟の中の青白い光を思い浮かべた。

自分の周囲に、竜の波動が薄く滲みだしたのを感じた。

『まだ弱い』

ぐっと神経を集中した。

「安西君、私の目を見て」

穏やかな蒼の声が正面から投げられた。

目を開けた良は、祠をはさんで立つ蒼の目を見つめた。その大きな黒い瞳が青白く光りはじめた。瞳の輝きは徐々に強くなっていく。急に体が軽くなったような気がした。淡い虹色の波動が、輝きを強めて体の周囲を包んだ。


『波動よ、もう少し広く』

良は強く念じた。

二人の友人は、怖さのためか皺くちゃになるほどに硬く目をつぶっている。しかし、繋いだ手を振り解くことはなかった。

波動は四人の体をしっかりとおおった。まるで、アニメに登場する光の戦士が円陣を組んでいるよう…。すぐにも、輝きを強めた波動は一体化し、ほこらの周囲を濃い霧のように包みこんだ。

と、祠の中の石像が消え、井戸のような黒い穴がぱっくりと開いた。その中に波動は吸い込まれていく。体も強い力で引かれているが、足が地面から離れまいと抵抗している。


「前に進むんだ!」

消えそうな意識のなかで良は叫んだ。



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