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13、竜の波動を守る一族

ピーン… …ポロン

遠慮がちな、少し間抜けた音を立ててチャイムが鳴った。

「お客さんじゃ。おそらく、安西君の救った魂がここに導いたのじゃろう。下に降りよう」

良と圭太は、手招く老人の後について階段を降りていった。蒼とその父は、割れた鏡を片付けるために部屋に残った。


居間のソファーにぎこちなく座った二人の前に、老人に案内された新一が、目玉をキョロキョロさせながら現れた。

「あれっ、良ちゃんに圭太君、なんでここに?」

不思議そうに首を傾げている。

「おまえこそ、なんで来たんだよ」

「さては犬神さんがお目当てだろう」

「違うって。白い車が急に目の前に迫ってきてね。それから何か分からないけど、無理やりに救急車で病院に運ばれて、母さんが飛んでやってきて、お医者さんが診たんだけど、なんもなくて…そんで家に帰って、ぼんやりしてたんだけど。急に自転車に乗りたくなって、そしたら自転車がなくてね。そんで母さんの自転車を借りて…気がついたら、この家の玄関の前に立っていたんだ」

新一は赤い顔をしてべらべらと話した。

「言い訳するなって」

突っ込む圭太の横に、鼻を膨らませた新一がどっかと座った。

ソファーの中の空気が移動して、反対側に座る良の体が十センチばかり跳ね上がった。いつもなら、このままトランポリン遊びがはじまっただろうが、そんな場面ではない。


「仲よし三人組がそろったの」

昔ながらのストーブの上にヤカンを置いた謎の老人が、三人の前に座った。

新一が先日のおじいさんだよねとばかりに、膝の上で小さく老人を指さし、そうだとばかりに圭太が頷いた。

「どうしちゃったの。三人とも借りてきた猫みたい」

二階から降りてきた蒼が、笑いながら老人の横に座った。蒼の父は向かいにあるテーブルの椅子を引いて腰掛けた。

「さて、安西君。どこから話をはじめたらよいかの?」

老人が質問を投げてきた。

「えーと」

良は困った。

『たった今、二階であったこともインパクトがありすぎたし…この人達は僕の後をつけるみたいに引っ越してきたし…』

天井に鈍く光る蛍光灯を見ながら、あれこれ考えた。

と、

「もしかして、おじいさんも、そっちのおじさんもトレイルラン大会の時にお祈りしていた?」

新一がいきなり口を開いた。

「おう、そうじゃ。まずは竜の波動のあたりからじゃな。蒼、説明してあげておくれ」

老人はすっかり汗のひいた蒼に顔を向けた。


「私たちは、竜の波動を守る一族なの」

おもむろに話を始めた蒼の口から、いきなり、すっ飛びそうな言葉が発せられた。しかし三人は驚きはしなかった。不思議なことを説明するのだから、非常識なことが語られるのはむしろ当たり前のことだ。

「うんうん」と三人は透き通った声に耳を傾けた。


「あのトレイルラン大会のコースの地面の下には、普通の人が知ることのない洞窟が広がっているの。そしてそこに、自然が何万年もかけて作り上げた竜の形をした岩があるの」

「竜…えーと、あの牙を剥き出した怪物みたいな形の?」

良は思わず身を乗り出した。

蒼は頷きながら続けた。

「ええ、鍾乳石でできたその岩は、地上から洞窟の天井に伸びた水晶が導いた光を、はるか昔から受け続けていたの。さっき青白く光る石を見たでしょう。あの石が、その水晶のかけらよ。その光で竜の形をした岩自体も光を宿し、周囲に光輪のような波動を広げていたの。やがて、その波動は強大な力をもつようになった。そしてあの日、洞窟に落ちた安西君に、波動が宿ってしまったのよ」

「確かに僕は洞窟の中で光を見た。けど竜の波動といっても、ただの鍾乳石の周りのボワッとした光でしょう。なんで、力など持つことができるの」


「あの洞窟の真上には、祭壇の遺跡があるの。古代、人々はそこで、日の光が途絶えることのないように祭祀を行い、祈りを捧げていたのよ」

「太陽信仰だね。生命や自然現象の全ての根源には、太陽のエネルギーが宿っていると信じるやつだ」

新一がつぶやいた。

学校の成績は悪いのに、妙なことはよく知っている。それもきっと百科事典に載っていたことだろう。


「そう。それでここが重要なのだけど。ねえ、光というものを求めてお祈りする時に、一緒にあるものってなんだかわかる?」

「そりゃ、暗い気持ちを吹き飛ばしてほしいとか、好きな女子とうまくいきますようにとか、光を求めながら一緒にあることって、いろんな気持ちがあるよ」

圭太が答えた。

「まあ、それはそうだけど…」

「それこそ、光の源の周りにある光輪っていうか、犬神さんが今言った波動みたいなものだよ。光を求めている時って、その源以上に、光の広がりとか、輪郭みたいなものを意識している。光そのものだけが溢れていたら、光があることさえ、わからなくなってしまう」

今度は良が答えた。

先日、一日じゅう太陽に当たっていて、そのことは十分に実感していた。日なたで目を瞑っていたら、いつの間にか光の輪郭を意識することを忘れて、まぶたの後ろに、のっぺりした明るさだけが広がっていた。光があるということさえ忘れそうになっていた。


「その通りよ。人々が光を強く求めれば、むしろその分、光の周囲の光輪を強く意識することになるの。それで竜の岩の光輪、つまり竜の岩の波動に、人々の厚い信仰心、つまり心のエネルギーが注がれていったの」

「竜の形をした岩の光輪に祈りの力が溜まっていった?」

圭太がまだわからんと唇を歪ませた。


「ええ、神秘的な一致なのだけど、祭壇の遺跡には、太陽の現れとして、竜の姿を刻んだ石碑があるの。そしてその石碑は大きな水晶の台座の上に置かれているの。光を崇拝する人々は、竜の姿と、光の広がりを現す水晶にも祈りを捧げていたのよ」

「それで、その水晶の台座の根っこは、洞窟の天井にある竜の形をした岩とつながっていて、光を放っていたと?」

目を見開いて聞く圭太に蒼は頷いた。

「そう。鍾乳石の竜は、祭壇の台座から導かれた光を吸収しながら、同時に光の波動をまとった。そしてその波動は、地上での祈りと強く同調して力を蓄えていったの。波動が力を持っているからには、鍾乳石でできた石像も単なる岩とは言えないわ。それで私たちは、竜と呼んでいるの」

圭太は「うーむ」とそれなりに納得したように息を漏らした。新一はあれこれ想像するように、空中に絵を描くように指を動かしている。

一方、良の口からは、今にも言葉が飛び出さんとしていた。


『僕は、その竜と言葉を交わしたんだ。確かにあれは単なる鍾乳石などではない』

自信はあった。しかし、内容は覚えていなかった。


「それで、えーと、トレイルラン大会の時、犬神さんたちは、穴の周りで何をしていたの」

良はグッと言葉を飲み、かすみがかった頭を切り換えて聞いた。


「そう、私たちは祭壇の前に開いてしまった穴を囲んで立っていたわ。あの日、トレイルラン大会が始まる少し前に地震があって、洞窟の天井に穴が開いてしまった。私たちはすぐに現場に駆けつけて穴を塞ごうとしていたの。でも、トレイルラン大会が始まってしまった。私たちは結界を張り、人の目には見えないようにしていたの」

「けど、頭がフラフラの新一と僕には見えたんだね。で、僕は穴に落ちた。でも、おかしいよ。気づいた時には、穴なんて開いてなかったよ」


「その話は蒼には荷が重い。わしが話そう」

話しにくそうに口をつぐんだ蒼に代わって老人が答えた。

「わしらは、安西君が落ち込んでから、へたりこんでいた友だちを道路に担ぎ出した。それから、近くにあった岩を移動して応急処置で穴を塞き、祭壇を枯れ枝で隠し、洞窟の奥に戻った。

そこには、陽の光を浴びて活性化した竜の波動を宿した安西君が横たわっていた。波動は、岩に頭を打ちつけて重傷を負ったはずの安西君を、すでに治していた。

そんな強大な力をもつ波動を宿した者が、この世界に現れたら。どんなことが起こるかわからない。わしらは洞窟の中で安西君が命を落とし、波動が離れるのを待つことにした。それで入口も塞いだ」


「それはひでえ話だ」

圭太が顔をしかめた。

「もちろん、蒼は反対したんじゃが」

「でも、僕は脱出した」

「わしらは見落としていた。祭壇の遺跡の周囲に火打ち石が落ちていたことを。たぶん安西君は無意識のうちにそれを使って、竜の波動を刺激して力を使ったのじゃろう。誠に怖ろしい力じゃ。山に縞模様をつけるような、炎の柱を吐き出すなぞな」

「じゃあ、あの山火事の犯人は、僕だったってわけ」

良は身震いした。

『そんなことは覚えてもいない。ただ、ジャージの襟が焦げ付いていただけ…』


老人は良の目をじっと見つめた。

「竜の波動の力が使えるようになった君じゃが、同時に自分の波動の力も使えるようになった。洞窟を出てから今まで、君が使っていたのは、君自身が元々持っている波動の力じゃ。

ほれ、今にも死にそうな人は、影が薄くなっているというじゃろう。ただのたとえと思われとるが、実際に命ある者がもつ生体エネルギーが弱くなり、外に放射されるエネルギー、つまり、波動も薄くなっておるんじゃ。

安西君は、病人たちや友人に、自分の波動のエネルギーを重ねて力を与えた。強い波動を得た彼らは生体のエネルギーを充足させて元気になった」


『病人…病院でのあの実験…僕はこの人たちにずっと見張られていたってこと?』

良は驚いたが、そのことよりも、より大きな疑問が口をついて出た。

「僕はこれまで、消費した自分の波動のエネルギーを取り戻すために、たくさん食べたり、光が体に充満するように祈っていた。じゃあ、たった今、僕が元気になったのはどうして?光に祈ったわけでもなく、小さな星のような水晶の光を見ただけなのに」

「良ちゃん、今、具合が悪かったの?」

新一が初耳とばかりに首を伸ばした。

「こいつ何者だよ。良が具合悪かったかときたもんだ。おまえ、なんで病院に担ぎ込まれたんだよ」

圭太が肩をいからせて言った。

「だから、それがわからないんだって。白い自動車が飛び込んできて、あとはさっぱりわからないんだ」

「本当に何も覚えていないのか」

「うん」

「良は交通事故にあったおまえの命を救って、代わりに自分が死にかけたんだぞ。その思いは伝わっていないのか」

「そんなことないわ。安西君の思いは、しっかり三田君の魂に刻まれたのよ。だからこそ、こうやって訪ねてきたのよ」

憤慨した様子の圭太に、蒼がなだめるように話した。


「それでな…」

老人が咳払いをして話を続けた。

「安西君が先ほど活力を取り戻したのは、他でもないその体に宿している竜の波動の力を使ったからじゃ。わしらの呼びかけと、自分を作り出した光の源に竜の波動ははっきりと目を覚まして力を発揮した。

友だちを救いたい一心で、元々の自分の波動の力をほとんど使ってしまった安西君は、外に現れた竜の波動と体を重ねて十分な力を取り戻したんじゃ」

「ほんと、さっきはびっくりした。良があのまま怪物になってしまうんじゃないかと思った」

新一への憤慨がおさまった圭太がつくづくと言った。


みなぎる力に圧倒され、竜の波動の現れに変化へんげし、人としての心を忘れてしまうギリギリのところだったが、鏡の中の波動の映し身を壊され、元の肉体に戻ったんじゃ。

一度、いや洞窟からの脱出も含めると、おそらくは二度目の経験。これからは、もっと楽に元に戻るかもしれん」

「これからはって」

『それは、また変なものに変身してしまうかもしれないということ?』

良は全身に鳥肌が立ったように感じた。

「大丈夫よ、安西君。私たちがいるわ」

蒼が優しく話した。その手には血が流れた跡が残っていた。化け物の姿を映した鏡を壊してくれたのは、蒼だった。

「ありがとう、君のおかげだったね」

良は丁寧に頭を下げた。

「竜の波動を守る。それは、その力の使い方を宿り主に教えることでもあるわ。それが私たちの仕事よ」

蒼の言葉に大人たちは静かに頷いた。



少しして良は尋ねた。

「僕、学校で、犬神さんの顔が一瞬、狼に見えたんだ。さっき圭太も言っていたけど、僕の周りを走っていた獣って、犬神さんたちだよね。それが波動を守る仕事と関係しているの?」

蒼はにっこりと眉をあげた。

「私たちには、波動を守る狼の精霊が宿っているの。必要があれば、その力を借りて変身するわ。波動の力をもつあなたには、その姿が見えてしまったのかもしれない」


「狼だって…」

新一が背中を引いた。蒼のかわいらしい外見に惹かれていたので、ショックを受けたらしい。


老人が遠い目をして話した。

「はるか昔のことじゃよ。わしらの先祖の一人が、あの洞窟の前で一匹の雌狼に矢を射た。ところが彼は二つの命を奪ってしまった。狼の腹の中にいた赤子まで殺してしまったのじゃ。狩人として犯してはならないことをした先祖は、自分の命を絶とうと洞窟に入り込んだ。だがそこで彼は、この世に生まれ出ようとしていた赤子の精霊に宿られてしまったんじゃ。

精霊は言った。

…光を見ようとしていた私の命を奪った者。おまえは生きなければならぬ。そして、光と共にある大いなる波動を守り続けるのだ…と。

それからじゃわい。先祖の血を受け継いだ我ら一族が、竜の波動の存在を知り、またそれを守るようになったのは」


「どう、わかってもらえたかしら」

良は頷いた。隣に座る二人もこくりと頭を下げた。

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