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結晶の大樹  作者: 十那由他
1/5

#0 誰も知らないプロローグ

 暗い森の中。薄雲に隠れる月と、連なる木々の葉枝がその弱く冷たい光を遮り、足元は全くと言っていい程の暗闇であった。


「はぁっ……はぁっ……っ」


 一つの小さな影が駆けてゆく。何者かに追われているのか、度々背後を確認している。


「あっ⁉︎」


 背に気を取られすぎたせいか、或いはこの闇の所為か。足元に張った木の根に躓き彼は顔を地面に叩きつけてしまった。

 溢れそうな涙をこらえ、零れそうな嗚咽を飲み込み、少年は再び立ち走り出す。


 『対象は森へ逃走した模様。発見次第速やかに拘束せよ』


 刺すようなライトと共に、くぐもった機械音のような声が聞こえてくる。鋭い灯に刺されないよう森の樹を陰にして慎重に、しかし速度は緩めずひたすら駆けていく。


 しばらく走り続けた少年の耳に波が砕ける音が僅かに届く。

 瞬間、彼の顔には希望が宿りそしてすぐに絶望へと塗り変わった。

 その目に映るのは、微かな月明かりに照らされた機械的なフルフェイスヘルメットと、それと同じく機械的な黒いスーツを着込んだ人物が6人。そして彼らが一列に組んだ隊列だった。


「(前からも⁉︎ どうして、先回りされ――)」


 森の出口から放たれた強烈な光が、真っ直ぐに少年へと向かいその姿を照らし出す。

 そこには、8歳ほどの小さな少年が右手で光を遮るように足を止めていた。明るめの茶髪を短く刈り上げており、見た目から活発そうな印象を受ける。


 彼が再び思考を開始しようとしたその刹那、ライフルを構えたと思しき音とくぐもった声によって再び思考が遮られ、同時に体に赤い小さな光が当たっていることに気づく。


 『虹彩、顔面骨格、右手首識別バーコード一致。対象:赤松太陽を確認。麻酔弾による鎮圧行動に入る』


 咄嗟の行動だった。

 恐怖も忘れ、灯を持った不気味なフルフェイスヘルメットの集団に向かい喉を震わせ全力で声を吐き出す。


「ああああぁっ炎ッ‼︎」


 赤松太陽と呼称された小さな少年が叫ぶと同時に、彼の周囲に赤々とした炎が幾つもの火柱を挙げ、強力な上昇気流によって火災旋風、即ち炎の竜巻へと成長し少年の姿を完全に隠した。


 その膨大な熱を前に、集団は多少なりとも驚きはすれど怯んだ様子はなく、ライフルを構えたまま少年が見えるまで照準を合わせ続ける。

 そうしながらも左手をヘルメットの耳の辺りにある円盤状のパーツに当て、再びくぐもった声を発した。


『対象の能力に未確認の特性が発現。エリアD-3へ応援を要……』


 言い終わらないうちに炎をかき分け小さい身体が姿を現し、勢いそのままにフルフェイス集団に向かって猛然と駆け抜ける。

 服は所々燃え焦げ、灰となっている箇所もあるが太陽自身には火傷の後は一切見受けられない。


 フルフェイスの集団が引き金に掛けた指に再び力を込め、赤いレーザーサイトに示された通りの道を弾が進む。しかし少年に到達した弾は一つとして無かった。

 壁だ。太陽の周りを囲み、勢いを増す炎が指向性を持って彼の前方へ集まり、まるで壁のように厚く広がり、飛んでくる弾を溶かしたのだ。

 だがフルフェイスの集団はこれにも動揺した素振りは見せず、依然銃口を少年に向け続ける。


「ジャマっ‼︎‼︎」


 叫び、大きく踏み込んだ左足から上半身を大きく捻り、右手を下から弧を描いて上方へと集団に対して振り抜く。それと同時に彼を守る炎が新たに指向性を与えられ、集団へと襲い掛かるように地を這い、連続した大きな火柱を上げる。


 それも軽く回避した集団だが、しかし隊列が左右に分断されてしまう。

 燃え上がる火柱によって火がついた森の木に構うことも無く、再び太陽へと照準を合わせる。

 ━━が、太陽の動きの方が早かった。


 炎に向かって突き出した両の手、それを引き戸を開くように左右に大きく広げる。するとそれに炎が従い、火柱を二つの壁として移動し、フルフェイス集団をさらに左右へと押しやった。


 さすがにこの芸当もとい奇襲には集団も動揺を隠せず、急速に回避行動をとる。


 そうしてできた炎の壁と焼けた地面からなる灼熱の道を、少年は何も躊躇うことなく駆け抜け、森と隊列が崩れた集団を後にした。


 ━━━━


 時を同じくして森の中ほどでは、また別のフルフェイス集団が白衣を纏った一人の青年を先頭に、先程噴き上がった火柱の方へと歩みを進めていた。


「なあルーク、さっきの火柱は……」


 白衣の青年の隣を歩く男は、他のフルフェイスと同様に首から下はスーツに包まれていたが、ヘルメットは被らずに顔を出していた。


「まあ、太陽なんだろうけど。いやいや、それにしても火柱って……マッチでも持ってたのか?」


 青年の名はルーク。葡萄色の髪を短く切り揃え、スラリとした体躯に白衣がよく似合っている。

 彼は隣を歩く男に軽く返事をすると、歩みの速度を僅かに上げる。

 向かう先にはつい先程までの薄暗い森とは打って変わって、赤々とした光と肌がひりつくような熱を放つ樹々が見えていた。


『ルークさん! 申し訳ありません、あの子を取り逃しました』


 火災の現場に着くや否や、その場にいたフルフェイスの一人が駆け寄りルークへと報告をした。


「みたいだな。あのチビ助め、マッチかガスバーナーでも持ってたのか?」

『いえ、それが、先程も無線で報告した通り、太陽の能力に未確認の特性が発現しまして……』

「ああ、言ってたな。で、その特性ってのは?」


 依然として燃え拡がる炎を気にも留めずに、白と黒の二人が会話を続ける。


「なるほど……何も無い状態からの炎の発生か……」


 太陽が作った炎の壁、その燃え焦げた跡を眺めながら呟く。片膝をつき、摘んだ真っ黒に焦げた土を指先で弄んでいたルークが立ち上がった。


『はい。我々が知るあの子の能力は“炎に指向性を与える”というもの。無からの発生は今までの実験でも記録にありません』

「俺も初めて聞いたし、たぶん“所長”もそうだろう。で、太陽がここを離れてからどれくらい経った?」

『およそ二分です。太陽が森を抜けるのとちょうど入れ替わりでルークさんが到着しました。現在、私達のチームの内二人が彼を追っています』


 その報告を受け、ルークが先程まで隣を歩いていた男の方へ顔を向ける。


「ともあれ、まずは消火だ。おい、おっさん! ちゃんとヘルメット被っとけよ?」

「分かってらぁ! こんな近くで大声出すんじゃねぇよ、うるせぇな!」


 声を張りつつ、脇に抱えていたヘルメットを被る。

 それは後頭部と、耳から顎にかけての部分だけを守っているかのように見えた。しかし、男がヘルメットの耳に当たる円盤状の部位に手をかざすと、後頭部のブロックから黒いバイザーが現れ、露出していた顔の全てを隠した。

 そして円盤を前方に少し回転させれば、バイザーとヘルメットの各ブロックの隙間、そしてヘルメット本体と首回りのスーツとの隙間から余分な空気が排出され体に密着し、一切の隙間が無くなったスーツは完全に外気を遮断する。


 それを確認したルークは軽く開いた右の手の平を頭の高さへと掲げ、そして……


 ゆらりと、拳を握り込んだ。

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