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あの当時、私はひたすら自分を哀れんでいた。
なんて私は不幸なのだろう、まるで悲劇のヒロインではないかと、ただひたすらに自分を哀れんでいた。
治療を終えて復職した私は、長いこと勤めていた会社を辞めることに決めた。
社長や専務には良くして頂いたし、社員の皆さんとも仲良くさせて頂いた。私はこの会社が本当に大好きで、病気をするまでは辞める気なんてこれっぽっちも無かった。
でも私は精神的に不安定になっていて、そのせいか体調も崩しがちだった。そんな私を見かねた夫から、仕事を辞めてはどうかと言われたのだ。しばらく悩んだ私は、結局仕事を辞めることに決めた。
社長は何度も引き留めて下さったし、休職扱いにするとまで言って下さって私は会社を辞めることを本当に申し訳なく思っていた。私は経理をしていたのである程度の期間をかけて引き継ぎをしなければならなかった。だから余計に自分で辞めると決めたはずなのに正直気持ちは揺らいでいた。
引き継ぎも終わった最後の出勤日のことを私は今でもはっきりと覚えている。花束と一緒にいくつか手紙が添えられていた。
皆が泣いてくれた。いつでも帰ってこいよと言ってくれた。今日で辞めるというのに、やっぱり辞めないでくれと涙ながらに言ってくれた。
私は涙を溢すまいと必死だった。
必死に下手くそな笑顔を浮かべていた。
私は自分が本当に恵まれていたのだということに、誇れるほどに素晴らしい出会いを果たしていたのだということに、この日やっと気づいたのだ。
手紙にはたくさんの感謝の言葉と別れを惜しむ言葉、そして心からのエールの言葉が溢れていた。この日貰った手紙は私の宝物で、今でも時々読み返しては元気を貰っている。
仕事を辞めた私はしばらくの間、いわゆる引きこもりになった。家から一切出ることも無く一日中家でぼんやりして過ごしていた。
面倒くさがりの私でもそれなりに綺麗にしてたし整理整頓も心がけていた。そんな家の中は常に散らかり放題になり、料理も明らかに手抜きになった。時々、夫にお弁当を買って帰ってきて貰うこともあった。
病院に行ってなくて正確には分からないけれど、当時の私は間違いなく『うつ状態』だったのだろう。やる気がなにも起きなくて家でただただぼんやり過ごしていた。
そんな私を夫は決して見捨てなかった。
いつも側にいて見守ってくれていた。
私はとことんだらだらと過ごしとことん落ち込んだ。
とことん落ちれば、あとは上がるだけ。
だから私は決めたのだ。新しいことを始めることを。
その手始めが引っ越しだった。
以前から話もあったしいい機会だからと、夫の実家のある町へと引っ越すことになった。
通勤するには少し遠すぎるので夫も仕事を辞めることになったが、ありがたいことに義父の紹介もあって職場はすぐに決まった。ちなみに夫の仕事は今回もトラックの運転手だ。
そうして引っ越してきたのが、今私が住んでいる家だ。
自然の豊かな山沿いの、車がないととても生活出来ないくらいの田舎。コンビニに行くにも車で移動しないといけないくらいの田舎町。
最初は正直、なんて不便な場所に引っ越してしまったのかと後悔していた。
そんな町で、私は以前とは違う職についた。
人見知りの引っ込み思案の私が、飲食店の接客業についたのだ。そして思い知った。
私は壊滅的に笑顔が下手くそだったのだ。
自分では一生懸命笑っているつもりでも、鏡で見る自分は全然笑っているように見えない。何度練習しても上手くできないのだ。
私には接客業は向いていないから辞めてしまおうと何度も思ったけれどそれは何だか悔しかった。だから色んな本を買って、たくさん鏡の前で練習したのだ。
すると練習の成果が現れて少しずつ笑顔に見えるようになっていった。
調子に乗った私は、せっかくだから仕事の時だけじゃなくいつも笑顔でいようそう思った。
病気を患ってとことん落ち込んでしまった私は、たくさんの方に心配をかけたし迷惑もかけてしまった。だからこそ感謝の気持ちを笑顔に替えて返したい、そう思ったのだ。
最初は下手くそな作り笑顔。でも作り笑顔だって笑顔だ。
下手くそな作り笑顔だって何万回も繰り返していればちゃんと本物になるのだ。
それに心が込もっていれば、それはもう作り笑顔なんかじゃないのだ。
笑顔は笑顔を呼んで、そんな笑顔につられてまた笑顔が生まれるのだ。そう『笑う門には福来る』だ。
今では自分で言うのも何だけれど、なかなかの『笑顔マスター』だと自負している。
近所の桜の並木道を毎年必ず夫婦二人で並んで歩き。
澄んだ川辺には時期がくればホタルが飛んで、時には庭に迷い込んだホタルを見て微笑んだ。
秋には山々が美しく色付いてゆく様に心を奪われ、冬がくれば義両親達と一緒にあたたかいお鍋をつついた。
こんな風に四季の移ろいを感じながら私は、一年、また一年と年を重ねていった。
そうして私は一つ目の転機ともいえるあの日を迎えた。
私は仕事が終わり家へと車を走らせていた。
ふと窓を見ると晩秋の空を夕日が美しく染め上げていた。そのあまりの美しさに私は思わず道路脇の少し開けた場所に車を停めた。
急いで運転席のドアを開けて外にでると、空気はキンと冷たく澄んでいてどこまでも透明だった。
私はじっと空を見つめた。
夕日はオレンジ色の美しい光となりゆっくりと沈んで行く。
その光はやがて藍色の空へと少しずつ滲んでは消えてゆく。
その時に『あぁ、夜の闇は漆黒ではないのかもしれない、空の青が濃く深く染まった色が夜の闇の色なのだ』そんな風に思った。
だから何だと人は言うかも知れない。
私だって、きっとそうだろう。
空の青が深く染まった色が夜の闇の色だなんて、意味が分からない。
でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。
私は『明けない夜はない』という言葉が大嫌いだった。
希望も何もないあの虐待に苦しんでいたあの日々は私にとっての『夜』だ。そんないつ明けるかの分からない夜にいたあの時の私にとって、朝を待つのは辛すぎたのだ。
いつまでこの夜を耐え続ければいいのか、私には分からなかったから。
それならば少しでも『夜』の虐待そのものの苦しさを楽にして欲しかった。助けて欲しかった。私はいつか明けるのかもわからない朝なんてどうでも良かった。今が苦しいのだから。
そう『夜』は私にとって恐怖であり苦しみそのものだった。
何故だろう。私は訳もなく胸が熱くなりこみ上げるものを押さえられなかった。
その瞬間、私にとってはただ辛く苦しかっただけの『夜』に『過去』に確かな意味を『答え』を見いだしたのだ。
忘れようと心の奥底に閉じ込めていた、虐待の過去そのものに。
とても美しく優しい一時だった。
涙が溢れて止まらなかった。
見方一つ変わるだけで、心一つ変わるだけでこんなにも世界は違って見える。
ただ虐待に耐えただけじゃない。
ただ涙を流せなかっただけじゃない。
そうじゃない、違うんだ!
頑張った、本当に私は頑張ったのだ!!
あの地獄を私は耐えきったのだ。
それは決して恥ずかしい過去なんかじゃない。
私は誇っていいのだ。
私自身が過去の自分を認めてあげないでどうする。
私自身が、私を愛さなくてどうする。
きっと、今私が流している涙は過去に流せなかった涙なんだ。
あの日の私が流したかった涙なんだ。
私は泣いた。
ただただ、こみ上げる思いのままに泣いた。
あの涙に耐えた幼い頃の私がやっと泣けたように思った。
やっと報われたように、私は思った。