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 それから更に年月がたった。

 私は三十代が目前に迫っていた。


 この頃になると私は達也さんと借家の一軒家で同棲を始めていた。周りからはひっきりなしに「早く籍を入れなさい」と急かされるようになっていた。


 まあ確かにそうだろう。

 私達は付き合いも長く今は同棲中で、どちらもちゃんと定職についている。共通のバイクという趣味もあって二人の仲は皆が呆れるほど良好だ。お互いにのんびりとした性格なので、余程の事がないと喧嘩にならない。


 しかもお互いの両親公認の仲だ。両家の顔合わせもとっくに済ませていて、後は籍を入れるのを待つばかりになっていた。


 私の父親からは「籍を入れて早く孫の顔を見せてくれ」と言われ続けていた。継母は父親の隣で「達也さんなら安心してあなたを任せられる、幸せになるのよ」と穏やかな微笑みを浮かべながら言ってくれた。


 私はそんな、いかにも親じみた言葉をイライラしながら聞いていた。まあ一応、私の両親には違いないのだけれど……。


 既に達也さんからプロポーズされていて私もそのプロポーズを受けていた。そんな状態で何故いつまでたっても籍をいれないのかと周りからは不思議がられていた。


 


 それはいわゆるマリッジブルーみたいなものなのだろうか。私は結婚することへの恐怖感がますます強くなっていた。


 付き合っている期間は私の心はどこか冷めていて、殻があるというかセーブしている部分があった。でも結婚となると分からない。


 彼と結婚するということはなによりも確かな愛の形、ずっと愛を欲していた私にとっては一番の幸せのはずだ。

 でも私はただ怖かった。

 せっかく得た幸せを失うのが、愛を失うのが怖かった。



 私は幸せや愛というものが無条件に与えられるものではないことを、けっして当たり前なことではないことを嫌というほど知っている。それくらい愛というものは特別なものなのだ。


 それに私は愛を失う辛さも、どれだけ必死に愛を乞うても与えられることのない辛さも知っている。 

 そんな私がやっと得ることの出来た愛や幸せを再び失うような事になってしまえば、私はきっとおかしくなってしまうだろう。


 それに結婚すれば子供を産むことになる。

 無条件に愛される我が子に私は暴力を振るうようになってしまうかもしれない。私はあんなに毎日毎日ぼこぼこに殴られ続けて苦しみ続けていたというのに……そう嫉妬して虐待の連鎖を起こしてしまうかもしれない。


 そもそも私は愛し方がよく分からない。

 どうやって愛すればいいのかよく分からない。


 全部『もしも』の話だ。

 そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。

 でも私はそんな『もしも』に心を支配されていた。


 私は自分自身を信じることが出来なかった。

 どうしても自信が持てなかった。


 私は以前のカウンセリングに通っていた病院の先生以外、誰にも虐待の過去を誰にも打ち明けられないでいた。


 だって私が虐待を受けていたということは絶対に知られたくない恥ずかしい過去だ。思い出したくもない辛く苦しい過去だ。そんな過去をどうして話そうと思うだろうか。


 だから私は心の奥底に閉じ込めて鍵をかけて必死に隠していたのだ。


 でもここまで過去に囚われて苦しみ続けるのなら、いっそ達也さんに虐待の過去を打ち明ければ良かったのだ。

 泣いてすがって、彼に頼ってみれば良かったのだ。だって私達は結婚するのだから。元気の無い私を心配する彼に「何でもない」と言っては無理に笑ったりなんてしなければ良かったのだ。


 でももしも彼に私の過去を知られたら、私の両親が子供を虐待するような人間だと知られたら結婚そのものが無くなってしまうかもしれない……。


 そうやってずっと一人で葛藤し、苦しみ続けていた。

 もっと楽に生きればいいのに、私は不器用だった。自分の心の傷をいつまでも抉るような、こんな生き方しか出来なかったのだ。



 そんな葛藤に苦しみながらも、周りからの猛プッシュと達也さんから再プロポーズされた私は入籍した。


 彼のご両親は私の理想の父親、母親そのもので本当に優しくて素敵なご両親だ。入籍してからは私のことを本当の娘のように可愛がってくれて、それはずいぶんたった今だって変わらない。


 ――私は幸せになってもいいのかな?


 物語ならばこれでハッピーエンド。でも現実は非情だった。




 結婚して少したった頃、私は不正出血が続いていた為に病院に行った。前回検診を受けてから何年もたってしまっていて、私は嫌な予感がしていた。

 残念なことにその予感は現実のものとなる。こちらでは一番大きい病院の紹介状を貰うことになったのだ。


 私はその大病院で、更に精密検査を受けた。

 結果はもちろん思った通りだった。むしろもっと悪かった。


 先生から私は子宮頸癌の腺癌であること、腺癌は悪性度が高く再発や転移をしやすいこと、全摘手術のあと抗がん剤の治療に入ることなどの説明を受けた。私はショックのあまり身体が震えていた。


 そんな私はこの日付き添って貰っていた夫の「癌は大変だけど手術が出来る段階で見つかって本当に良かった」の言葉に本当に救われた。


 入院までの間はあっという間に過ぎて行った。何しろやらなければいけない事が山ほどありすぎて、憂鬱になる時間がほとんど無かったのだ。そうして私は入院した。


 夫は私の入院中、ほとんど毎日病室にきてくれた。

 彼は何故か分からないけれど、いつもはまったく飲まないメロンソーダを持ってきては飲んでいた。もしかしたら、彼なりの願掛けみたいなものだったのかもしれない。


 達也さんは治療で苦しむ私をいつも励まして勇気づけてくれた。子宮を永遠に失った私に「二人で生きていこう」「俺には秋がいなければ駄目だ」そう言ってくれた。


 そんな優しい彼に私は取り返しのつかないことをしてしまった。私が過去に囚われて何年も無駄に悩んだばかりに、最悪の結果になってしまった。


 私は本当に救いようのない馬鹿だ。

 どうしようもない馬鹿な女だ。

 もっと早く結婚していれば、もっと早い段階で癌に気づけたはずだ。彼の子供を産んであげられたかもしれない。


 全部、全部、私のせいなのだ。


 当時の私は涙を流さない女だった。泣いたら負けなんだとひたすら自分を奮い立たせていた。

 涙を流さないことは私の誓い。私のプライドだったから……。


 私は入院中の病室で、自分のあまりの情けなさと彼と彼の両親への申し訳なさに泣いた。

 声を押し殺して、泣きじゃくったのだった。




 再発などはなくこの年まで元気に生きてこられた事に対して、私は感謝の気持ちしかない。

 そして現在も苦しい闘病を続けていらっしゃる方々に対して、私は共感と共に強い尊敬の気持ちを持っている。

 

 私が病を患って、失ったものは大きかった。

 でも得たものもまた、大きかった。

 

 それは私が虐待による心の傷を本当の意味で乗り越える、一つのきっかけともなった。


 あの当時の私はまだその事に気づいてはいない。

 それに気づくのは、もっとずっと先のこと……。


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