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 私はご機嫌だった。ついつい年甲斐もなくスキップしてしまいそうになるくらいご機嫌だった。


「あんまん、久しぶりに買えたぁ!」


 コンビニに到着すれば今日も駐車場は満車で、店内もお客さんでいっぱいだった。今の時代潰れてしまうコンビニも多いと聞くけれど、今の所この店は大丈夫そうだ。むしろこれからもずっとこの場所に存在してもらわないと私が困ってしまう。


 そう、私が足しげく通うこのコンビニはかなりの人気店だ。周辺に他にコンビニが無いのが一番の理由だとは思うけれどそれだけじゃない。このお店は店員さん達の接客が良いからか、お店の雰囲気も明るくて気持ち良いのだ。


 そんな人気店だからだろうか、寒い時期のお楽しみである中華まん。いつも肉まんやピザまんやカレーまんはあるのに何故かいつもあんまんがない。

 ほとんどといっていいくらい、いつも売り切れている。今日はあると思ったら、まだ温まっていないなんてこともよくあったりする。


 今日はそんなあんまんが二個もあったのだ!

 これはもう買わないという選択肢はないだろう。

 もちろん二個ともゲット……決して買い占めではないのだ。


 私は肉まんを買いに来たのだということをすっかり忘れてご満悦だった。

 私は今(何度目か分からない)ダイエット中だけれど、今日はコンビニと家との往復でそれなりのカロリーを消費しているはず。だから、きっと、多分、あんまんを二個食べちゃってもまったく問題無いのだ。


 私はウキウキしながら腹ペコのお腹をかかえて家路を急いでいた。すると行きに見かけたれんげの花が目にとまった。


 周りをキョロキョロと見渡して、誰もいないのを確認してからこっそりとれんげ草を一輪摘んだ。れんげの花を鼻に近づけてみると、ほんのりと甘い柔らかな春の香りがした。懐かしい思い出の香りがした。


 今度はれんげ草を空に掲げてみる。

 春の澄み渡る青い空にれんげの花のピンク色が映えて美しくて、私は少し切なくなった。


 あの頃を思い出して、切なくなった。





 一人暮らしを始めてから私はほとんど実家に寄り付く事はなかった。ただ年に二回、盆と正月には顔を出すようにしていた。文句を言われない為にも最低限の義理は果たしておかなくてはいけない。

 父親と継母に挨拶を済ませてすぐに帰ることも多かったが、時々ご飯を食べて帰ることもあった。二人があまりにもしつこく誘ってくるので根負けしたからではあったが。


 継母は私が一人暮らしを始めたあと思うところでもあったのか、少しずつ穏やかな性格になっていった。それに昔が嘘のようにきちんと家事をこなすようにもなっていた。どのタイミングで実家に帰っても、家の中はいつもピカピカで庭も綺麗に整えられていた。


 継母は私が実家に帰る度にテーブルいっぱいに色んな料理を振る舞ってくれた。実は調理師免許を持っている継母の料理は驚くほどに美味しく、なんて宝の持ち腐れだったのだろうと私は呆れてしまった。


 継母は私が実家に顔を出す時は、毎回必ず食事を準備して待ってくれていた。挨拶だけすませてさっさと帰ろうとすれば料理を重箱に詰めて持たせてくれた。それ以外にも限定の焼き菓子であったりフルーツだったり珍しいお酒だったり、その時々で違ったお土産が準備されていた。更にお小遣いまでくれる事もあった。


 私が帰るときには毎回必ず道路まで出て手をふって見送ってくれた。これは今でも変わらずに続けてくれている。

 優しい笑顔で時に涙を浮かべながら、私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれるのだ。



 私は分からなくなった。


 こんなに優しくするなんて何か裏があるのかもしれない。

 だって継母は私の事が嫌いだったはずだ。憎かったはずだ。そうでなければ、あんなに酷いことはできないはずだ。


 なんで今さら優しくするのか。

 なんで今さら私に笑顔を向けるのか。


 こんなに優しくできるのなら、どうして今の優しさの百分の一でもいいから昔に与えてくれなかったのか。


 今さら優しくされたからって許せる訳がない。

 無理に決まっている。

 今さら無理に決まっているのだ。


 そう思いながらも、私の心は確かに喜びも感じてしまっていた。ずっと欲しくて堪らなかった優しさを与えられて私の心は間違いなく喜んでいたのだ。


 でもそれは私への、私自身への裏切りに他ならない。

 それだけはあってはいけない。


 私はあいつらに何をされたのか忘れたのか?

 殺されそうになったのを忘れたのか?


 あんなに毎日ぼこぼこにされて痛め続けられて、助けを求めたって無視されたじゃないか、見捨てられたじゃないか!

 私に一生消えない傷を残したじゃないか!


 そうだ、許してやるもんか。

 絶対に許してなんかやるもんか……!

 

 

 私は時にコントロール出来ない程のぐちゃぐちゃな感情に心を支配された。それは怒りや憎しみだけではなく色んな感情が複雑に混じり合ったやるせない思い。一度その感情が燃え上がると、自分が自分でなくなってしまうほどその感情に翻弄された。


 そんな時私は誰にも聞かれたくなくて、見られたくなくて人気のない場所へと車を走らせた。

 髪をかきむしり泣き叫びながら自分で自分の体を何度も何度も殴り付けた。時に車のドアやハンドルを拳から出血するまで殴り続ける事もあった。そうしなければ頭がおかしくなりそうだった。でもそこまでしてもこみ上げる感情を押さえる事は出来なかった。ただただ耐えて感情が落ち着くのを待つしかなかった。


 私はこの行動が自傷行為である事に気づいていなかった。指摘されて初めて気がついた。無意識に自傷行為を繰り返してしまうほど、私の心の傷は深かったのだという事に、私自身がまったく気づいていなかったのだ。


 この苦しさをなんとか楽にして貰いたくてカウンセリングに通った事もある。でも実際にあの虐待を体験した訳でもない人の語る言葉が私の心にはまったく響かなかった。

 それどころか私の何が分かるのかとイライラしてしまい、どうしても受け入れる事が出来なかった。実際にあの地獄を体験したのならば、あんな言葉なんて吐けるはずがないからだ。なんて無意味なのかと私は勝手にカウンセリングに通うのをやめてしまった。


 歳を重ねた今ならば、当時先生が治療の為にかけて下さった言葉の重要さが理解できる。今ならば言葉を素直に受け止められると思う。実際に私にかけて下さった言葉は正しく、間違ってはいなかったからだ。

 

 ただあの当時の、苦しみの真っ只中にいた私の心に響かなかった、それだけだ。


 当時の私は良く空を見上げていた。

 見上げる空はどこまでも遮ることなく繋がっていて、私の生まれ故郷へと繋がっている。そんなことを思いながら私は空を見上げていた。

 晴れの日も曇りの日も雨の日もまるで救いを求めるように、私は空を見上げていた。


 そんな頃だった。私は色んな空に出会いたくて、生まれ故郷を思いおこす様な風景に出会いたくて、休みの度に宛もなく車を走らせていた。


 そんな心の傷に苦しめられていた時に私は彼に出会った。赤いバイクの彼に出会ったのだった。


 

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