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今年の冬が記録的な暖冬だったせいか、あっという間に春が来た気がする。ここ最近は毎日暖かくて、過ごしやすい日が続いている。
今日は仕事がお休みだから、一日家でゆっくり過ごそうと朝のうちに家事を終わらせておいた。面倒くさがりの私にしては珍しく、庭の草むしりまで済ませておいた。
小春日和の今日は風も穏やかでポカポカと暖かい。我が家の愛すべき猫達は、ホットカーペットの上でお腹を丸出しでお昼寝中だ。あんまり気持ち良さそうに眠っているから、私も猫達の横に寝転がった。しばらく猫達のホワホワの腹毛を堪能した。
ホットカーペットの上は日当たりも良く、電源も入っているからポカポカ、ヌクヌクだ。猫達は可愛いし暖かくて気持ちいいし、ここは間違いなく天国だ。
私は容赦なく襲ってくる睡魔に必死に抗っていた。でもあまりの気持ち良さに、気付かぬうちに寝落ちしてしまっていた。
ふっと目が覚めて時計を見るとお昼をだいぶ過ぎていた。猫達は何処か別の場所に移動したのか、横に居なくてちょっぴり悲しかった。
いけない、昼食を食べそびれてしまった。お腹は空いているけれど、ご飯を食べるにはかなり中途半端な時間になってしまった。今から何か作るのも面倒くさい。
私はほんの少しだけ悩んで、スマホとお財布を持って家を出た。
私は今自然の豊かな山沿いの、車がないととても生活出来ないくらいの田舎に住んでいる。コンビニに行くにも車で移動しないといけない田舎町だ。
そんな町に住む私だけれど、ラッキーな事に近所にコンビニがある。しかも歩いて行けるくらい近くにある。ラッキーだ、本当にラッキーだ。
だからついつい通いすぎて、すっかり常連客になってしまったのは仕方のない事なのだ。
「あっ! レンゲの花が咲いている!」
そんな歩いて十分ほどの場所にあるコンビニにのんびり歩いて向かっていた私は、れんげの花が咲いているのを見かけて思わず駆け寄った。
田んぼの畦道で、ピンクの可愛らしい花を咲かせていたれんげ草は私の一番好きな花だ。まだ少しだけ時期が早いからか、咲いているのはまばらだ。
もう少し暖かくなって、畑一面咲き誇るれんげ草も素敵だけれど、こうして凛と咲くれんげ草もまた、可憐で可愛らしい。
しばらくじっとれんげ草を見つめていた私は、お腹の鳴る音で我に帰ると、肉まんを買う為にコンビニへと急ぐことにした。
れんげの花が咲いていた、ただそれだけの事。
でも何だか妙に嬉しくて、私の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
私の生まれ故郷は自然豊かな、海沿いの小さな町だ。家の窓を開ければ潮の香りが漂ってくる、そんな町で生まれた私はとても活発でお転婆な女の子で、友達と毎日泥んこになって遊んでいた。
春になれば、近所の子供達と毎日れんげ畑へと遊びに行った。
れんげ畑は段々畑になっていて、どの畑も時期になれば一面れんげの花が咲き誇っていた。時々甘い花の蜜に釣られたモンシロチョウが飛んでいるのを見つけては、なんとか捕まえようと追いかけたものだ。
走り疲れたらみんなで輪になって、れんげ草を摘んで首飾りや指輪を作ったりした。そうして出来上がった首飾りをお母さんにプレゼントしたら、大袈裟なくらい喜んでくれた。
夏になれば、近所の小川で水遊びをした。
水の深さは浅くて流れも緩やかな川だったから子供達の絶好の遊び場だった。すばしっこい小魚を誰が一番早く捕まえられるか競争するのだけれど、結局誰も捕まえられない事がほとんどだった。
秋になれば、坂の上の小さな神社の境内で鬼ごっこをした。御神木の大きなイチョウの木は秋になると美しい黄金色に染まって、子供心に感動したのを覚えている。
そういえばお母さんに怒られて家を飛び出した時、無我夢中で走って気づけばこの神社で一人泣いていた。
そうしたらお母さんが私を見つけてくれた。髪も乱れて汗びっしょりで……きっと居なくなった私を探し回ってくれたのだろう。
お母さんはギュッと私を抱き締めてくれた。そして私が居なくなって心配したのだと言って、少しだけ怒られた。
それから私の手を優しく握ってくれた。夕焼けに染まる坂道をゆっくりゆっくり下って二人で帰ったっけ……。
冬になれば、時々降る雪が楽しみで仕方なかった。雪が積もったら皆で雪だるま作りだ。そんなに雪が降る土地じゃなかったから積もる雪も少なかった。だから小さくていびつで、所々土がついて茶色くなった雪だるまに仕上がったけれど、みんな大喜びだった。
そんな生まれ故郷を思い出す時、真っ先に浮かんでくるのが一面のれんげ畑。柔らかな春の光に包まれて、いつも笑顔いっぱいで遊んでいたあの日の記憶。
虐待なんて無縁な、お母さんの愛に包まれて幸せに暮らしていた頃の記憶。
れんげ草は私の大好きな花だ。
大切な大切な、思い出の花だ。
私の大好きな、優しい、優しい、慈愛の花だ。