①
冒険者ギルドのスヴェン支部。流通の中継地点であるこの国には、物も集まるが人も集まる。スヴェン支部は国内にいくつか分所を持つが、スヴェン国内の本部であるここが、一番冒険者の集まりがいい。
さて、その支部がある建物の隣に、幌馬車、というか箱のような場所が三台停まっていた。近くには馬に似た騎獣(※手懐けることが可能な魔物)が三頭おり、のんびりと飼葉を食んでいた。そしてその様子を、満足げに見る黒髪黒目の幼い少女と、黒い仔ブタがいた。
「よし、みんな元気ね」
「ぷぎ」
「ロディ、手伝ってくれてありがとう」
少女が仔ブタを抱き上げて、よしよしと撫で回す。これが街中なら少女も仔ブタも通行人に嫌な絡まれ方をしただろう。しかしギルドの真横、しかもこの馬車の近くとなれば話は別だ。
「レノ、おはよう」
「あ、ギルドマスター! おはようございます」
「ぷぎー」
「あはは、ロディもおはよう。トバリはいるかい?」
「うん、呼んでくるね!」
待っててねと、レノと呼ばれた少女は、ロディと呼ばれた仔ブタを地面におろし、馬車の一つに入っていった。
「レノは元気だねぇ。それにしても、『ナイトウォーカー』は本当に黒い色と縁があるね」
壮年のギルドマスターは、そう呟きながらしゃがみこみ、ロディを撫でた。仔ブタは心地よさげにしている。
『ナイトウォーカー』は十五人の男女からなる冒険者の集まりだ。元々はリーダーのトバリとエリアス、ゼファー達の三人でチームだった。しかし旅芸人一家の生き残りである双子を預かったあたりから、人数が増えていった。トバリ達三人と双子の姉弟、夫を失った商人の母子二人、村を追われた武器職人一家四人、謎の剣士一人、孤児院が焼けて無くなった三人きょうだい。人が良いのもあったし、事情もあって、リーダーのトバリは全員仲間として受け入れた。事情というのは、トバリ達三人をのぞいて、他の全員が持つ共通点だ。髪か目、もしくはその両方が黒いのである。忌色として嫌われることが多いこの色は、地方ほどうとまれ、時に排除の対象となる。冒険者であるトバリ達にとっては親しみのある色だったことが、彼らを受け入れた理由の一つでもあった。
とはいえ、さすがにいつも一緒ではない。商人の母子と職人一家はスヴェン支部近くに借りた家で、活動のサポートや生産系の依頼をこなしている。馬車であちこち行くのは主に実働員扱いのメンバーだ。
「おはようさん、クライン」
「やあ、トバリ。レノ、ありがとう」
「えへへ。おとうさん、わたしロディとギルドの中にいるね」
「ゼファーが飯食ってるはずだ。すぐ合流しろよ」
「はーい! 行こう、ロディ」
「ぷ!」
元気なロディとレノを見送り、ギルドマスターのクラインはトバリを見た。赤い髪に金の目、まだ二十代半ばの働き盛り。獅子のようだと言われるほどに風格があり、剣の腕は凄まじい。ちょっと前までは言い寄ってくる女性も多かったのだが。
「トバリがお義父さんかあ」
「その口、縫い合わせるぞクライン。百歩譲ってレノとレックスは良い。というかそれ以外に認めてたまるか」
「一年前にレティシアちゃん達を連れて帰ってきたときは思いもしなかったよ。お前がその下の弟妹の父親役を引き受けるなんて」
「う・る・せ・え! というか、するならエリアスなんだぞ!? 本来なら!」
「レティシアちゃんとエリアス、婚約したってね。いやあ、めでたい」
「普通なら姉のレティシアとその婚約者が親代りだろうに……」
ややげっそりした様子のトバリを笑い飛ばし、クラインはとどめを刺した。
「レティシアとエリアスは姉と義兄だからな、お義父さん」
「あーもー、うるせぇ。いいんだよ、ほっとけ!! それで、何の用だ」
「仕事の話だよ」
すっと、トバリの目が細くなった。
「植生調査の依頼がきてね。範囲が広いし、依頼元が依頼元だから、君たちに頼みたい。どうかな」
「どこの依頼だ?」
「学院。一ヶ月でできる範囲で良いって言われてるけど、あちらは最上の結果をお求めだよ」
「場所は……ああ、黒の森だな?」
「うん、この時期は魔物が出るからね。戦いと調査、そのどちらも質が良い君らが適任だ」
「……いくらだ?」
「前払いでこれくらい、達成後にこれくらい。成果によっては追加あり」
「詳細は後でくれ」
指で示した数字に納得がいったのか、即答だった。クラインはほっとして微笑む。
「あ、そういえば、あの仔ブタはどうしたんだい? 見事に真っ黒だったけど」
「レックスとレノが拾ってきた。大人しいし、マスコットと子守りにいいだろ」
「本当に、黒に縁があるねえ」