表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
体再生法  作者: 十八番
3/3

第三話

3.


 目を覚ますと、見覚えのある天井だった。

 見覚えがあっても、見慣れているほどではない。ここは一度しか来たことのない市役所の警備員宿直室だった。

「ここは……うう、頭が痛い」

 悪い夢を見て飛び起きたように気分が悪い。なにかとても嫌なことがあった気がするのだが、痛みで頭がうまく回らない。

 しかし、一つわかること。ここに来たと言うことは、またしても死んでしまったということだ。

 死因は一体なんだ?

「おや? もう起きたんですか?」

 田中花子と同じ服を着た女がいた。やはりここは市役所の一室で、俺は一度死んで生き返った直後の様だ。

「どうも。私、山田花子って言います」

「偽名だ」

「失礼な。本名ですよ。ほら」

 山田花子は写真と国民番号の載った身分証明書を提示してきた。確かに、山田花子と書いてあった。

 デジャブだ。

「ところで、親戚に田中花子っていないか?」

「は? いませんけど。なんでいると思ったんですか? 名字だって全然違うのに」

 言われてみればその通り。顔もまったく似ていないだが、今のやり取りでなんとなく関連付けてしまった。

「それで、俺はまた死んで蘇ったんだな?」

「はい。お察しのとおり」

「生き返ると毎回、市役所スタートなのか?」

「いいえ。普通は自宅です」

 つまり普通ではない事情があるのか。俺にとってはそもそも死んで生き返る時点で普通ではないのだが、この時代の人間にはすっかり普通のことになっている。

「まったく……どうして毎回、山で死ぬんですか?」

「……山?」

 最初に死んだときは登山中に遭難した。それで生き返った後にまた山に行くとは考えづらい。よほどの事情があったはずだが、うまく思い出すことができない。

「そうだ。そんなことより、やらなきゃいけないことが……清美に会いに行かなくちゃ」

「それは無理ですよ」

「どうして?」

「言い辛いのですが、その人はすでに亡くなっています」

「そんなはずが……」

 田中花子は確かに清美は生きていると言っていた。体再生法があれば、すぐには死なないはず。

 その時、よぼよぼの老婆の顔が頭をよぎった。

 そして、一度目に生き返ってから、もう一度死ぬまでのことを思い出した。

 生まれた時代から五十年後に生き返った浦島太郎状態の俺は、そのショックに耐えきれずに最初に死んだのと同じ場所で自殺したんだった。

「くそ……自殺だってわかっていただろうに、どうして生き返らせたりしたんだ?」

「仕方ないです。そういう規則ですから」

 生き返る際には死因は取り除かれると言う話だったが、俺の自殺の原因である孤独感は全く解消されていなかった。

「そこはあくまで肉体的な話ですからね」

「記憶の電子化ができるのなら、記憶の改竄もできるはずだが」

「技術的には。しかし、法的には禁じられていますので」

「それでまた自殺しても、同じように生き返らせるんだろ?」

「もちろん。そういう決まりなので」

 自分たちには生きる権利があるのだと思っていた。体再生法は権利を行使するためのものだと思った。だが、本当は生きる義務を課せられただけだった。

「もう。わかったよ」

「ちょっと、どこに行くんですか?」

「家に帰る。身分証明書に書かれた住所に行けばいいんだろ」

 俺は市役所の出口に向かう。山田花子が慌てた様子で追いかけてきた。

「なにか手続きでもあるのか?」

「いえ。そうではなく……」

 話をする気分ではなかった俺は山田花子を無視して外に出た。


 街を彷徨っているうちに、今が俺が生まれた時代から百年ほど経っているということがわかった。

 その割には人々の生活はあまり変わっていないようだった。

 自動車は電気で動くようになり、とても静かに走る。それでいて、自動制御になっているので事故はほとんどない。あてがわれたアパートにあった光る天井が街中の建物の外壁や道路にも実装されたようで、暗くなる時間になっても昼間のように明るい。店で物を買う時は品物を持って、そのまま店を出るとICかなにかで自動精算される。

 いろいろな面で便利にはなっていた。

 しかし、人間のやっていることはほとんど変わっていないように見える。

 そして、突然知らない世界に放り出された人間の孤独も、浦島太郎の時代から変わっていないのだろう。

 この気持ちをなにかで晴らしたかった。

「はあ……っと」

 すれ違った男と肩がぶつかった。男は謝りもしない。ものすごくイライラした。まるで世界中からないがしろにされている気分になった。

「おい。待てよ」

 男を強引に振り向かせた。線の細い、腕力のなさそうなやつだった。

「こっち来いよ」

 男を路地裏にと引っ張り込んだ。そして、表通りからの死角に入り込んだ瞬間、男の顔面に拳を叩きこんでやった。

 スッとした。

 胸の中を支配していた気持ちを忘れられた。だから、俺は男を殴り続けた。血を流しても、立ち上がれなくなっても殴り続けた。

「も、もう止めて……」

 男はかすれがすれの声で命乞いをした。俺はそんな男の顔をさらに蹴り上げた。口から白いものが跳んだ。折れた歯だった。

 男がぼろぼろになっていくのを見るのが快感だった。もっともっと強く痛めつけてやりたかった。

 俺は落ちていたビール瓶を拾い上げた。

「ひっ……止めて、止めて」

 男は必死の形相で後ずさる。しかし、体が痛むのだろう。ほとんど動けていない。

「大丈夫だよ。どうせ生き返るんだからさ」

 ビール瓶を全力で振り下ろした。瓶底の一番固い部分が男の頭頂部に直撃した。


 その後、俺は犯罪で糊口をしのぐようになった。

 適当な奴を人気のないところに引っ張り込んで、さんざんに痛めつけて殺した後に身分証を抜いて、死体が発見されるまではそのカードで買い物する。

 杜撰極まる犯行だ。しかし、この時代の警察はひどく弱体化していた。体再生法により殺人のメリットがほぼ消滅ことと貨幣の電子化により、犯罪の発生率が激減したことが原因らしい。

 そこに百年前の犯罪を知っている俺がやって来た。

 俺の犯行は百年前準拠で見れば、杜撰すぎて三日と経たずに捕まるようなものだった。しかし、この時代の弱体化した警察からは巧妙に見えたらしい。俺は長い間、警察に捕まることなく犯行を重ね続けた。

 そのうちに、裏の界隈でちょっとした有名人になり、犯罪の手口を伝授したりもした。

 当然のように指名手配犯になった。

「ふう。手間取らせやがって」

 顔に付いた返り血をぬぐいながら死体に向かって毒づいてやった。身分証は抜き取り済み。後は死体を隠すだけだ。

 さんざんに騒がれたから誰かに気付かれたかもしれない。

「さて、急ぐか」

 死体を持ち上げた瞬間だった。狭い裏路地に警笛の音が鳴り響いた。

「そこまでだ」

 制服警官が大人数で迫ってきた。狭い路地にたくさんの警官が入り込み、すり抜ける間さえ埋められていた。

 逃げられようもなかった。


「反省の弁はないのですか」

 裁判官に上から目線で問われた。

「け、イイじゃねえか。どうせ生き返るんだろ」

「そうか……では、更正の余地なしとして、被告人を極刑に処す」

 極刑の判決が下った。

 だが、俺の心には一片の恐れもなかった。

 だって、当然だろ。


 その後、何年か刑務所で暮らした。そして、今、十三階段を上っている。本当は十三段じゃないようだが、十三と言った方が状況が伝わりやすいだろう。

 そう。今日はおれの死刑の執行日だった。

 目隠しをして首吊り台への階段を上がっていく。最上段までたどりついて、首に縄をかけられた。

「おい。なにか言い残すことは有るか?」

 その声は図太かった。執行官は死刑囚相手でも多大な罪悪感にさいなまれると聞いたことがあるが、俺くらいの極悪人となると同情の余地もないと言うことだろう。俺自身、何人殺したかも数えてなかったくらいだ。もっとも、そいつらは全員、生き返っているわけだし数える必要があったとも思えないが。

「特にないね」

「そうか。本当にいいんだな」

「ああ。どうせ生き返るんだろ?」

「なにを言っている。死刑なんだから生き返るわけないだろ」

「どうして死刑だと生き返らないだ」

「そりゃ、法律で決まっているからだよ」

「な……ま、待ってくれ。死にたくな……」

 言い終わる前に足元が消えた。首に全体重がかかり、荒い縄が気管を締め付け、頸椎をへし折った。


                      end

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ