第二話
2.
田中花子と駅で合流した。そのまま彼女についていくと、着いた先は大きな病院だった。
「再生法とかあっても、病院ってあるんですね」
「病気、怪我=死ではないですからね。痛いものは痛いですよ。生き返るから病気したら治すより死んだ方が速い、なんて言うわけにはいきませんよ」
「そりゃそうだ」
入院用の部屋がある病棟を目指して歩いた。病院の様子は五十年前と全く変わらないように見えたが、医学の進歩など素人目にはわからないから気付かないだけかもしれないが。
何度か入院患者とすれ違った。病気で入院しているにも関わらず、誰からも明るい雰囲気を感じた。偏見かもしれないが、明るい雰囲気の病院と言うのはやはり違和感がある。これも体再生法の効能だろうか。
「やっぱり変に見えますか?」
「まあね。病人ならそれらしくしてろ、とは言わないけどさ」
「死なないと思えば、余裕も出ますよ」
入院患者とすれ違った。げっそりと痩せている。顔色が素人目にも怪しい。彼はかなり重病なのだろう。
「うう。痛え、痛えよ」
「お、おい。大丈夫か」
「もう嫌だ。早く死にたいよ」
「そんなこと言うな。きっと治るから、希望を持って生きるんだ」
「はあ? お前何言ってるんだ。希望を持って早く死ぬの間違いだろ」
「バカ。命と言うものはな……」
「あ~。その人のほうが正しいですよ」
俺と入院患者のやり取りを横で聞いていた田中花子が口を挟んできた。
「だって、ほら、死ねば、死因となったものを取り除いて再生されるわけですから、死ぬと病気が治るんですよ」
「そうなの?」
「そうですよ」
「じゃあ、この末期患者だらけの病棟はなにしてるの?」
「ええっと、終末医療と言うか、治すことを諦めて、痛みを取り除くだけの医療と言うものがありまして」
専門的な話は田中花子もわからないようだったが、事情は理解できた。もちろん納得はできないわけだが。
「はあ」
気を晴らそうと窓から空を見上げたら、上から人が降ってきた。その人はそのまま地面に激突した。
「うわあああ。人が、人がああああ」
「あわわ。落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられるか」
「大丈夫ですよ。生き返りますから」
「あ……そ、そうか」
落ち着いてみると、慌てて大騒ぎしているのは俺だけだった。周囲からの視線を集めている。
「く……恥ずかしい。しかし、生き返るのならなぜ自殺を?」
「闘病生活から逃れるためですよ」
「なるほど。でも、それだと全員自殺するのでは?」
「はい。それだと全員自殺するので、体再生法では死因となったことだけが取り除かれるという決まりがあります」
「つまり、さっきの人は病気ごと再生されると」
「はい。でも、その辺、よくわかってない人もちょくちょくいるんですよ」
作業服の男が自殺者を死体袋に入れて運んで行った。引き続き、別の作業員が現場の清掃を開始する。通りがかる人たちは自殺現場を、工事現場を見た程度にしか、気にしていない。警察すら呼ばれなかった。
こういう世の中らしい。
急に胸が苦しくなった。早く清美に会いたい。
「こっちですよ」
田中花子に連れられて、病室の扉の前に立った。ここは個室の病室のエリアらしくて、周囲に人影は見えない。
「では、行きますよ」
田中花子が扉を開けてくれた。後で考えれば、この丁寧すぎる対応は俺を気遣った結果だと気付けたがその時は清美に会いたい一心で気が付かなかった。
「清美」
病室に飛び込んで、名前を呼んだ。だが、返事がない。
部屋の中にあるベッドに見知らぬ老婆が眠っていた。
「えっと、部屋を間違えたんじゃ」
「いいえ。ここで会ってますよ。五十年たってますから」
「あ……」
そうだった。どうして清美は俺の知っている姿で待っていてくれるなんて期待したのだろう。
ベッドに寝かされている清美はたくさんの管と呼吸器に繋がれていた。手足はやせ細り、皮と骨しか残っていない。髪は真っ白になり、かなり薄くなっている。美しかった顔は皺だらけの、痘痕だらけ。
当時の面影はなかった。
「ああ、清美。どこか悪いのか?」
「いえ、病気ではないです。加齢のため衰弱しているだけです」
「それじゃあ、死んでもよくはならない」
自分でもおかしな日本語だと思った。
清美はずっとこのままで死を待つのみ。両親はすでに死んでいる。他の友人たちも似たり寄ったりな状況だろう。
心の中に冷たい風が吹き込んできた。その風は雪山に吹くものによく似ていた。
「あの……あまり気を落とさないで」
「わかってるよ」
田中花子とは病院を出たところで別れた。
心配しているようで何度も振り返っていたが『どうせ生き返る』の殺し文句で追い払うことができた。
「さて、行くところに行こう」
俺は登山計画を立てていた山に向かった。
あの山は今の季節でも雪が降り積もっているはずだ。