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体再生法  作者: 十八番
1/3

第一話

0.


 真っ白な壁がものすごい勢いで迫っていきた。


 いや、それは津波だったかもしれない、山だったかもしれない、空だったかもしれない、嵐だったかもしれない。

あるいはもっと別の何か……。

とにかく俺は真っ白で、でっかい怪物に飲み込まれた。


1.


 布団の中で目を覚ました。

 起き抜けなのに、頭がすっきりしている。これは睡眠時間の過多より、目覚め方によるもの。目覚まし時計に起こされなかったときの目覚め方だ。

 そうか。今日は日曜なのか。

 日曜だとしても、いつまでも寝ているわけにはいかない。

「起きるか……あれ?」

 畳と、木目の天井。和室だった。

 俺の部屋はフローリングの洋室だ。ここは俺の部屋じゃない。

 ここはどこだ?

「えっと、あれ……ああ、そうか。登山の予定があったんだ」

土日の間に一泊してそれなりの高さの山に挑む予定を立ててていた。するとここは山小屋なのか。

「いや……おかしいな。山に登った覚えがないぞ?」

 不思議なことに、仕事から帰ったあとの記憶がすっぽり抜けていた。

 記憶がない。仕事を終えて、その後の記憶がない。そして、ここは見知らぬ部屋。登山の前だったから酒を飲みに行くはずもなく。最初に疑ったのは犯罪に巻き込まれた可能性だった。しかし、拘束されていない。しかも、布団はかなり上質なものだ。拉致られて、監禁されたにしては不自然だ。

 だいたい三十間近の男を埒ってどうする気なのか?

 金?

 荷物はどこに行った?

 財布を探して、自分の体をまさぐってみた。この時点で、初めて自分がスーツを着ていないことに気が付いた。眠っていたのだからスーツでないのは当たり前だが、今来ているのは見慣れないバスローブのようなデザインの服だ。ただし、バスローブにしては生地が薄くて、ごわごわしている。これは入院する時に着るやつだ。

 入院着で、和室。

 ますます状況がわからない。和風の病室を持った病院など聞いたこともない。敷布団では診察の時、もろもろやり辛いように思えるのだが。

「おや~もう起きたんですか?」

 女が襖を空けて部屋に入ってきた。ナース服ではなかった。スーツでもないが、一目見てどこかの企業の制服だとわかるデザイン。どこかのOL,この建物を所有している法人のスタッフなのだろう。

「ども、自分、田中花子っていいます」

「偽名だ」

「ひどっ……まあ、とっくに言われ慣れましたけどね」

 自称田中花子は胸ポケットから免許書を取り出した。いつもそこに入れているのだとしたら、なるほど言われ慣れている。免許書をチェックすると、確かに田中花子とあった。

「悪かったよ……で、ここは一体どこなんだ?」

「市役所っすよ。警備員の宿直室」

「市役所? なんでまた市役所なんかに?」

「それは再生法の管理は地方自治体の仕事ですから」

 再生法? 耳慣れない単語だった。

 自治体の管理だとすると、地方の再開発関連の法案だろうか?

 それでなぜ、俺が市役所に連れてこられる?

「体再生法ですよ。忘れちゃったんですか?」

「体再生法……ああ、そういえば、そんな法律が最近できたとか」

「そういえばって……五十年前の人の認識はそんなだったと聞きますが……」

「五十年? おい。何の話だ?」

「順を追って説明しましょう」

 田中花子は体再生法の説明から始めた。知っている話ではあったが、認識のすり合わせとしては役にたった。

 事の始まりは、脳内の情報を完全に電子化することに成功したことだった。

 そして、人体クローニングと、培養液によるクローンの成長の調整が可能になったこと。

 この三つの技術がこの法律を成立させた。

 ある人が死んだとする。そうしたら、予め抽出して置いたその人の記憶を、やはり予め作っておいたクローンをその人が死んだ時点まで成長させて記憶をインストールする。

 そうすることで、死んだ人間を蘇らせる。

 ただし、蘇らせるのは、病死や外傷による死人のみ。老衰など、寿命とされる者の場合は除外される。

 これが体再生法の概要だ。

「平和ボケに思えるだろうけど、正直ピンとこなかった。結局、不死身になるわけではないんだし」

「皆さん、そんな認識だと思いますよ」

 例えば、しばらく会っていない友人が一度死んで蘇ったとしよう。

 一見重大事の様だが、自分の知らないところで死んで、蘇ってきたとして、最後に会った時と変わらない姿を見せてくれるんだ。

『やあ、実は合わない間に一度死んで蘇ったんだよ』

 と言われても―――

『へえ、大変だったね』

 としか、言いようがない。

それでいて、祖父母の葬式なんかは、法案成立前と同じように行われるのだから、ありがたみなど沸きようもないというわけだ。

「話の流れからすると、俺も一回死んで蘇ったのか。まるで実感がない」

 死の間際の記憶がないこともあるが、生きていることは当たり前のことで今日もそれが続いているだけなのだ。

 ありがたみどころか、実感もない。

「あなたの場合いろいろ面倒なことになっているので、すぐに実感できると思いますけど」

「そうだ。五十年前ってのはなんだ? 体再生法ができたのは最近のはずだぞ」

「体再生法における行方不明者の扱いって覚えてます?」

「えっと、とりあえず、再生はされないとか」

 津波だなんだと、明らかに死んでいる状況でも死体が発見されなければ行方不明者扱い。

 そして、行方不明の間は再生が行われない。万が一、生存していた場合に大変なことになるからだ。その絡みで、長期による行方不明者の死亡認定の期間は無期限になった。

「合ってますよ。つまりあなたは長い間、行方不明だったのです」

「そうか。登山に出かけて、遭難したのか……」

 発見されなければ、再生されなかったのだから悪運が強かったわけだ。

「あ、でも、これからどう生活すればいいんだ?」

 家も、仕事も、五十年も放置して、元には戻れない。世間の様子も変わっているだろうし、しばらくは生活苦に違いない。

「それなら大丈夫ですよ。いろいろ特例ですし、普通に生活保護が出ます」

「なら、いいけど……えっと、これからどうしよう……」

「とりあえず、こちらで用意したマンションまでご案内しますよ」

 いつまでも、役場の中では落ち着かないのでありがたい話だった。


 田中花子に連れられて、五十年後の街を歩いている。

 ここは俺が一度死ぬ前に暮らしていたのと同じ町だ。大きな道路などはそのまま残っているが、建物はかなり入れ替わっている。特に、店舗関連はほとんどが入れ替わって、知っている名前がほとんどなかった。

「個人商店が多いように思えるけど」

「ブラック企業を一掃したらこうなりまして」

「不便そうだけど」

「日々の生活にストレスが少なければ、多少の不便は気にならないものです」

「そりゃ、九時五時で買えれるのなら深夜営業は必要ないけど」

 いまいち釈然としないのは、今まで必死で維持してきたものが必要ないと言われたからだろうか。

「さて、着きましたよ」

 案内されたアパートは、建てられたばかりに見えるほど綺麗だった。公営の住宅なんて、無機質な白い部屋がただ並べられているだけだと思っていたが、ここは壁にも玄関にも細かい意匠が施されている。家賃もそれなりに高そうだ。

「今はどこもこんなものです。人口が減ったので、その分住宅事情がよくなりまして」

「再生法ができたときは、人口爆発が再来するって言われてたはずだけど」

「少子化ですね。増えなくて、維持するだけの世の中は長く見れば右肩下がりですよ」

 田中花子がアパートのカギを渡してきた。201号室と書いてあった。建物は二階建て、一号室なら角部屋。いい部屋だ。

 早速、鍵を空けて部屋に入ってみる。最低限の家具は揃っている。有り難いことにテレビとパソコンもある。タンスを開けてみると、服も一通り揃えられていた。

「サイズは体を作った時に測らせてもらいました。あと、これを渡しておきます。なくしたり他人に預けたりしないでくださいね」

 渡されたのは、俺の顔写真と名前が入ったカードだった。ICカードには大抵は言っている金色のマークが入っている。

「身分証です。銀行口座とも直結してるので取扱いにはくれぐれもお気を付けを。暗証番号は初期設定では誕生日なので、自分で変更しておいてください」

 保険証も兼ねてますよ、と付け加えた。

 今時は国民番号で一括管理と言うことらしい。

 仕事が決まったときや、なにか困ったことがあったときはこの身分証に書かれている番号を通達する。そうすれば、支援の継続や打ち切りの判断や保険や年金の切り替えを自動でしてもらえるとのこと。

「では、私はこの辺で」

 田中花子は市役所に戻っていった。

 一人で残された俺は新しい自室で棒立ちになった。不便がないとはいえ、することもない。死んで、五十年たって、生き返って、その日から職探しと言うのも気が進まない。

 とりあえず、情報収集をしよう。

 俺はパソコンを立ち上げた。インターネットの設定は完了していた。ブラウザを立ち上げるとスタートページは先生と呼ばれる検索フォームだった。

「さすがにここは健在か……」

 しかし、ここまで来て、手が止まった。

 検索する単語が思いつかない。全く新しい場所に来て、なにを調べればいいのかもわからない。

「こういう時はテレビだ」

 ザッピングしてみる。

 テレビ番組を流し見ている限りでは世間はあまり変わらないように見えた。経済事情の変化や、技術の進歩は探せばいくらでもあるのだろうが、一般人の生活はあまり変わっていないようだ。

 軌道エレベーターやリニアモーターカーみたいに夢のあるものがバンバン実現しているのかと思いきや、五十年の進歩は思いのほか地味だった。

「……はあ」

 テレビのリモコンを放りだして、床に体を投げ出した。天井が淡い光を放っていた。天井の板そのものが照明器具になっている。それでいて、天井を見つめても目が痛くならない。

『では、次のニュースです。行方不明者の認定死亡が事実上の廃止になったことにより、休眠状態になった銀行口座に残された財産を行方不明者の家族が……』

 つけっぱなしのテレビがニュースを垂れ流していた。

「行方不明者の遺産ね……確かにやっかい……」

 思いついたことがあった。それは真っ先に考えなければならなかったのに、状況が呑み込めずに混乱していて思いつかなかった。

 家族はどうしている?

 登山に出かける時点では、父も母も健在だった。しかし、五十年後だ。死んでいる可能性のほうが高いが、病死しないなら生きている可能性も十分にある。

「田中花子に電話を……あ、携帯がない」

 どうしたものかと思案しながら部屋の中をうろついていると、固定電話を発見した。

「固定電話なんて、存在自体忘れていた」

 世間的にも似たようなもののはずだが、役所の支給品としてはやはり伝統的なものが出てくるのだろう。

 ホームページに載っていた番号にかけると、自動音声で国民番号を入力するように求められた。

 入力が終わると、再びコール音。

「お待たせしました」

 田中花子の声がした。

 なるほど。世の中便利になったものだ。

「あの、俺の家族って今どうなってますか?」

「家族ですか……そうですよね。気になりますよね」

 田中花子は黙り込んだ。この時点で返答を察することができた。

「両親はお亡くなりです。ただ……」

「ただ?」

「婚約者さん、ご存命ですよ。会いたいですか?」

「婚約者。清美が生きているんですか。会いたい。会いたいです」

 咄嗟にそう答えていた。

 清美。俺の婚約者。彼女ならきっとこの状況で、俺の行動の指針になってくれるはずだ。

「わかりました。案内しますので、駅で待ち合わせしましょう。最寄駅わかりますか?」

 それくらいなら、調べればすぐわかる。

 俺ははやる気持ちを抑えられず、電話を切るとすぐに玄関を飛び出した。

 だから、今、清美に会うことの意味を考えていなかった。

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