3.お尻が痛い今
そしてお尻が痛い今である。
忘れると言われていた記憶も今の自分には何故かある。
おまけをくれたということだと、都合よくあの世界の記憶を受け取ろう。
創造主の長年の愚痴と共に。
リコとしてこの世界で生活して10年。お尻を打ったことで前世の記憶を取り戻し、ここが創造主に送ってもらった魔法の使える異世界だということを認識して一日目。
死ぬ前が28歳ゲーム好き。やはりセオリーとしては情報収集が最初でしょ。情報が多いにこしたことはないのです。だってRPGの主人公たちは酒場や町の人たちから大事な情報もらってゲームクリアしていくでしょ?ふふふ。私だって今日からいっぱい情報集めるぞぉ~。
私の前世の記憶が戻った以上対策を考えておけばきっと大丈夫。
まずは村に帰らなければ。不安定な馬車から荷物が落ちないように、荷物の位置を調整しながらゆっくりと村に帰って行く。
その間にこの10年間で私が持っている今現状の知識を振り返ってみた。
・村では薬草や野菜を育てている
・冒険者なんてめったに来ない
・魔物も見かけない
・魔法を使っている人を見たことがない
・自給自足できているので生きていくうえであまり困ったことがない
・おじさんとおばさんは優しい
要するに平和だ。
うむ情報が少ない。
まぁ10歳の子供にとって必要な情報はこんなもので事足りてしまう。
いろいろな知識(ゲーム・小説・漫画)を活かせば、せっかく魔法が使えるはずなのだからそれこそ冒険者ギルドとかに入って稼ぎまくってこの村でおじさん達に恩返ししつつのんびり優雅にやっていけるのではないかと思ったけど、魔物見たことないんだよなぁ。
いままで冒険者ギルドに興味を示したことがないから、村にギルドがあるかどうかを知らないだけかなぁ。そもそもこの世界に冒険者ギルドあるのかな?
それに魔法が使える世界だとしても自分がどれほどの魔法を使えるのかがわからない。
目立ちすぎてしまうと、力を目当てにした人達に狙われてしまう。
慎重に今の自分は何が出来て何が出来ないかを調べることもしていかなければ。
そうこう考えてるうちに村に帰り着き、馬車の荷を降ろしてから家に帰った。ライルおじさんは馬車を直せる人のところに相談しに行っている。
帰ってきた私にミーシャおばさんが抱きついてきた。
「危ないことはなかった?」
「大丈夫だよ。だけど……馬車が壊れちゃった」
自分のせいで壊れてしまったと私はわかっている。だからこそ心苦しい。今の自分では修理代金を出すことができない。あの馬車はおじさんが仕事で使っているもので、無くなってしまうと仕事に支障がでてくるだろう。この家の家計を圧迫してしまった。裕福ではないこの家に迷惑をかけてしまった。暗い表情になる。
「あらまぁ。ふふ、でも馬車は長いこと使っていたからガタが来たのかもしれないわ。馬車なら修理してもらえばいいの、あなたが無事であれば馬車の故障なんて大したことないわ。」
ミーシャおばさんは私に心配をかけないようになのか、本当に大したことないと思っているのか、けろっとした感じに微笑んでいる。
「汗をかいたでしょ?拭いていらっしゃい。その間にごはんすぐ作るからね。」
桶と布を私に渡すと、おばさんは台所に向かっていった。
私は自分の部屋で汗を拭き新しい服に着替えると今まで着ていた服を、家のそばにある川まで洗濯しに行った。洗剤は無いから正直洗濯というか川の水ですすぐだけだ。
子供の非力な力で懸命に絞ってから、柵にかけておいた。絞り切れずびしゃびしゃだが、自分でやれることをやったので達成感はある。
そんな洗濯物は後でミーシャおばさんが仕上げてくれていた。
おじさんも帰ってきて3人で夕食。いつも通り楽しい何ら変わりない食卓。
隣町までの長距離移動も相まって疲れたのか食事のあとすぐに意識がなくなってしまった。
次の朝、私はいつも通りミーシャおばさんの手伝いから始まった。
ご飯を作る手伝いをして部屋の掃除も手伝った。
普段であればそのあとライルおじさんと畑の薬草の世話をしに行く。
だが、今日はお休みさせてもらった。というか、昨日のお手伝いで疲れているだろうから休んでよいと言われたのだ。
これぞ好機。村を探索して情報収集しなければ。
まずは冒険者ギルドがあるかどうかだ。冒険者ならいろいろ知っているだろう。
そして気づいた。
自分の今までの行動範囲はライルおじさんが許してくれるところまでしか行ったことがない。
畑作業手伝った後だと、疲れてるし遠出したことがないのだ。
子供の歩幅が狭いからなのか?お隣さんの畑が広大だから?建物群は見えるのになかなかたどり着けない。
当たり前だと思っていた畑だらけの景色。
我が家から村の人達がいると思われるところまでが遠いよぉ〜!
今まで買い物もすべてライルおじさんが薬草とかを売りに行った時の帰りに行なってくれていたから気づかなかった。この村のお店があるところまで行くの遠いんじゃなかろうか。
さらに重大な事に気づいた。考えてみたら村の子供と遊んだ記憶がない。
今まで家と畑作業手伝ってただけだ。
前世と変わらないじゃないか!
行動範囲が自分の身近なところしかない!
と、友達がいない。
…いろいろ考えた結果、今日はギルド探すのやめよう。
人の目に付きにくいところを探して魔法を試そう。
別に友達のいないボッチだからとかそんなことは考えてないから……。
うちの土地の中で畑の土を休ませている一画にて魔法の練習を始めた。お隣さんまでの距離はだいぶあるから、人に見られる心配はないな、たぶん。
おじさんも畑作業していてこちらを見ていない。
まずは、簡単そうなそれでいて迷惑をかけなさそうな・・・水系の魔法を試そう。水なら畑にも影響でないでしょ。
火系とか使ったら目立ちそうだし、風系使って間違って土埃起こしても目立つ。まずい。
カモフラージュに水を溜めた桶を用意しておこう。
どの程度のイメージでどんなことができるのか実験だぁー!
まずは、手を器状にして水を溜めることができるかどうか。
目を閉じて集中する。
イメージ、手のひらの上にすくい上げたような水の集まり……。
…あ、できた。
え、こんな簡単にできるの?
そういえばアドバイスも、「雨を降らせる~」的なイメージすればとか言ってたっけ。
じゃぁ、野球ボールぐらいの水の玉……。
できちゃった。
なんだ簡単じゃん、ってかこれが使えるなら。
シャワーのように水が降りそそぐイメージ……。
手から適量の水がシャワーのように溢れてくる。
おおおお!これ畑に水まくとき楽じゃない?便利じゃない?
画期的だ!!魔法すごいこれだよこれ!これでおじさんたち少し楽になるんじゃ、そこまで考えて気が付いた。この村に魔法使う人いるのか?
これ私が使っているところ見られたらまずいとかないのかな?
ご飯の時におじさんとおばさんに聞いてみなきゃ。
周囲を見渡し、もう一度人がいないことを確認してから、この要領ならと蝋燭の火のようなサイズを指先から出すこと、そよ風を出すことに成功。いっそ土魔法とかで畑耕せるんじゃない?って思ったら出来てしまった。
うむ、農業向いてるかもしれない。
さすがにゲームで言う上級魔法を今イメージしてしまったら出来てしまいそうだし、絶対目立つだろうからやらない。
家に帰り、手を洗いご飯の時間まで自分の部屋で休むことにした。
きっとMP的なものは消費されているはず。魔法使い過ぎて倒れてしまったら、おじさんもおばさんもきっと心配する。
自分のMP的なものの最大値がわからないのは不便だな。
ステータス画面をイメージしてみよう・・・うん、何も表示されない。
ステータスはだめかぁ。なんでだろう?ゲームじゃないからかな?
そんなことを考えていたはずなのに、気が付いたら寝ていた。
そして寝すぎた。夕食じゃないか。昼ご飯食べ損ねた。
どうやら、お昼におばさんは起こしに来てくれたらしいが、私が起きなかったのでそのままにしたそうだ。
なんだ?魔法使うとやっぱり気が付かなかったけど疲れてしまっていたのかな。
夕食をもりもり食べ、ひと段落ついたのでおじさんとおばさんに質問してみた。
「あのね、寝てるときに不思議な夢をみたの、私が魔法使えるようになる夢。私いつか魔法使えるようになるかな?」
唐突に魔法使える村人ここにいるのかを聞いたら怪しまれるだろうから、さっきまで爆睡してたし、夢ということで話を振ってみることにしたのだ。
「どうだろうねぇ、基本は生まれたときに神官様が計ってくれるのだが、リコを引き取る時には魔力は少ないと言われているんだ。だが、成長することで使える人もいるからリコは大きくなったら使えるかもしれないね」
ライルおじさんが答えてくれた。
そうか、私は周りからほぼ魔力がないと認識されているのか。ふぅむ。
そうなると今日できた魔法はしばらく披露しないほうがいいな。
そんな考えをしていたら、小声でライルおじさんが話してきた。
「リコ、村の人たちには内緒だぞ、ミーシャは魔法が使えるのだよ。珍しい光の魔法なんだ。」
「どうして村の人たちには内緒なの?光魔法って?」
「光魔法は癒しの魔法なんだ、出来る人が少ないんだ。だから特別だとされている。光の魔法を持つものは、教会に入らなければならない決まりなんだ。そうなってしまったら、ミーシャと離れ離れになってしまう。私は嫌だから、ミーシャには使わないでもらっているのだ。」
「リコ誰にも言わない。ミーシャおばさんと一緒にいたい。」
「うむ。家族の秘密だぞ。」
「うん、秘密!あ、ライルおじちゃんは?何か魔法使えるの?」
「私は……使えない。」
ライルおじさんは少し寂しそうな顔をしていた。使えないことはよくないことなのだろうか。
私も使えないと認識されているのに。
この世界の一般常識がわからないから、使えないことが何を意味するのかが分からない。
ただ、いつも笑顔のおじさんに寂しい顔をさせてしまったことに罪悪感を覚えた。
「魔法は使えたらラッキーと思っておけばいいのよ。使えなくたって困ることはないわ」
ミーシャおばさんは優しく私を抱きしめた。
そのぬくもりはとても安心させてくれる。知りたいことはたくさんある。
けれど、今日はこのぐらいで終わりにしておこう。
将来的に二人を支えたい意思は伝えたい、今すぐは無理でもいつか。
「私魔法の練習する、それでお水を出せるようになったら、畑仕事楽になるよね。」
にこにこと無邪気に言ってみた。
二人を見ると目を見開きそして、二人して私を抱きしめてきた。
「「ありがとうリコ。その気持ちだけで嬉しいぞ(わ)。」」
二人はしばらく私から離れずにいた。優しくそして力強く私を抱きしめている。
私は短い両腕で二人を抱き返した。